授業6

 


「みなさん、突然ですがここでクイズです。これはなんでしょうか」


 始業のチャイムの音が消えるのと同時に男が取り出した物体に、生徒たちは揃って首を傾げた。


 カラビナにぶら下がった正方形の黒い箱。


 男の手のひらと変わらない、箱として少し小さめでアクセサリーには大きすぎるサイズ感が余計にその正体を掴みづらくしている。



「……誰も分からないですか? 仕方ありません、では正解を発表するとしましょう」


 生徒たちの様子を見ながら少し時間を置いた男は、残念そうにカラビナを掴み吊り下げるように箱を持ち上げた。

 そして教室中の視線が黒い物体に集まる中、男は箱の上面を軽く押し込んだ。




「ひゅっ!」



 次の瞬間、生徒の一部から強い拒否反応が音になって漏れた。


 男の手元では、黒一色だった箱の横四辺から同時に血走った目玉が浮かび上がり、直視すれば眩しく感じる弱めな光を放っている。


「と言うことで、正解は皆さんも入学時にもらっているランタンでした」


 周囲を照らす用途からかけ離れたおどろおどろしい見た目に生徒たちが一斉にツッコミを入れるが、全て心の声なので教室内は静まりきったままだ。


「そんなわけあるか! とか思ってますか? なぜか毎年引かれちゃうんですよね……カッコいいのに……」



 今度はあからさまに生徒たちが首を傾げてしまうが、想定済みの反応だったため男は若干不満そうだがそれ以上文句を言うことはない。


「まあ仕方ないので授業を続けますね。今回は道具、特に今見せたような学校からの配布物の説明をしていきたいと思います。入学当初に一応説明があったとは思いますが、少しは現代の考古学に詳しくなった今だからこそ理解できることもあるはずです」


 いや、もうすでに理解できないんだけど……。

 そんな声が聞こえそうな雰囲気の中、生徒たちの傾げた首はまだ戻らない。


「最初は今お見せしたランタンから」


 そこで下を向いた男はいまだに怪しく輝き続ける不気味ランタンに気づいて点けたのと同じスイッチで明かりを切った。


「遺跡探索における明かりの役割として一番に大事にされるのは周囲を照らすことができることです。自分が進む数歩先の地面と壁、天井を確認するのが主たる目的であり、それ以外は真っ暗で構わないので光量は少なめに作られています。強すぎる光は遺跡を傷めるという理由もありますが」


 ただし、と一つ区切りを入れた男は黒ランタンの底面を黒板に向けたかと思うと、先程よりも明らかに強い光が黒板を照らした。


「全く光の届かない遺跡内では当然遠くを照らす必要も出てきます。発見した遺物の調査作業や罠の先を確認するなどが定番でしょうか。そのため、皆さんの明かりにも遠くを照らす懐中電灯の機能も付いていますので、まだ使ったことのない人はぜひ試してみてください」


 明かりを止め、黒い箱を教卓に置く。もう光は止まっているはずなのになぜか血走った眼は開きっぱなしだ。


 それに見られ続ける生徒たちの「気味悪いからしまってくれ」という願いはもちろん届かない。


「次も探索に必須な道具、探知機について話をしましょう。主に罠の確認と遺物が埋まっていないかの確認に使用されます。熱探知に金属探知機、X線と複数種の探知機能を備えた小型の簡易機器ですが、あくまでそこに何かがあると確認するための道具であることは理解しておいてください。本格的な調査は本格的な機械と専門家を集めて行います」


 考古学者が持ち歩く探知機の基本的な形は、一般的にスピードガンや非接触の検温器に近い形をしている。

 にも関わらず、説明に続けて男が取り出したのは手のひらサイズの骸骨。しかもバキバキと聞いていると鳥肌の立つ音をたてながら九十度に顎が開くことで、従来の探知機の持ち方ができてしまうという、ブラックボックスに続いて説明がなければ理解の及ばない物だった。


「えー、これが探知機です。ただ、これも評判悪いんですよね……」


 まあそうだろうね……。と早くも疲れてきた生徒たちが受け流す。


「それはさておき探知機の使い方ですが……切り替えてトリガーを引くだけなのでいまさら説明も必要ないでしょう。なにより学校からとても丁寧な説明書をつけているので分からない人はいないはずですし」


 男は髑髏の下顎を掴んで持ち上げ、頭の天辺を生徒に向けておそらくトリガーであろう一本の奥歯を押し込んで見せた。ドヤ顔で。


「う〜ん……みなさんの体温が高くないところを見ると、私の探知機を見て興奮している人はいないと言うことですか……」


 なに勝手に測ってるんだ、やら、まだ諦めてなかったのかよ、ともう心の中でもツッコむ生徒はいない。


「仕方がないので次の道具について……といきたいところだったんですが、残念ながら時間もなさそうなので最後にオマケとして探知機の使い所について教えて終わりとします」


 生徒たちに再び探知機を向けた結果、時計をチラチラと気にする生徒が多いことに気づいた男がその期待に応えるべく締めに入る。


「少しでも疑わしいと思ったら探知機を向けてください。小さな違和感も見逃すことなく捉えるのが考古学者の使命ですが、その小さな違和感を見つける一番の方法は結局のところ勘ですからね」


 そう言って男は無邪気に笑顔を浮かべる。


 一見して真に迫った様子はないが、実体験としてそれに助けられていたからこその発言であることに気づいている生徒は少ない。


「では、本日の私の授業は以上とします。次回も続けて道具についてい話していこうと思いますので……少しばかり味気のない内容になりますが命にも関わる内容なので寝落ちしないように」

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