罠と選択
探索開始から二時間が経過。
探索成功ペアが出ると遺跡内のアナウンスがかかるらしいのだが、今の段階で石壁に囲まれた遺跡内に響く校内放送を聞けてはいない。
道中、担架に人を乗せながらヘッドライトの明かりだけで暗い遺跡の中を爆走していく教師たちと何度かすれ違っているので脱落者はいるみたいだけど。
「次の分かれ道は正面です。隠し扉は……ないですね」
増えたり減ったり、登ったり下ったりと複雑になっていく道程にすっかり手軽な占いに頼り切りになっていた。
そして、その瞬間は唐突に訪れた……。
「! みなさん! 来ましたよ!」
アプリの骨のひび割れを見ていた伊佐与さんがここまでになかった大きな声を出した瞬間、三人が一斉に身構えた。
伊佐与さんの「来た」という言葉でまず思い浮かぶのは他のペアとの遭遇。そして全員が考古学者であり盗掘者であるペアマッチにおいて遭遇はそのまま戦闘に直結する。
さらに高まる緊張感。二手に分かれた道の右か左どちらから来るのか、どう進めば回避することができるのか、すぐそこに迫る未来への対処にそれぞれ頭を回す。
「……いのり、どつちから何が来るんだ?」
警戒と共に一番先頭に躍り出た漢太が続きを話さない伊佐与さんに問いかけた。
「どっち? 来る? いいえ、どっちの道も罠があって進めないと出てきただけですよ。どうしましょうか、少し戻って他の罠のない道を進みますか?」
「「「………………はぁ〜〜〜」」」
学校のイベントとはいえ、初めての実戦に向けて極度に緊張していた三人がその構えを解くと同時に特大のため息を共鳴させた。
いくら戦闘技術を習っていても、(そういう奴もいるけど)基本的に考古学者は戦いを好き好んでするわけではない。
だからいざその瞬間が来るかもしれないという状況でとびっきりに気を張っていたっていうのに……。
「あのないのり、そういうことなら何が来たのか先に言ってくれないと無駄に身構えちまうだろ……」
被害者代表として、もとい恋人として渋い顔をした漢太が苦言を呈してくれた。
「…………あ、そうでしたね」
が、当の本人は悪びれた様子もなく余裕の笑顔さえ見える始末。
美人の少し気の抜けた笑顔を見れてほんのちょっぴり得した気分もあるけど、かなり気を張ったことを考えると総じてマイナスかな……。
「これは私に限った話ではないのですが、巫女の呪いを持った人にとって少し先の出来事は分かっていて当たり前くらいのことなのでつい主語のない話し方をしてしまうんです。私も気をつけてはいるつもりなのですが、もしまた同じようなことがあったら遠慮なく指摘してくださいね」
「うん、まあ、分かった……けど、それこそ先に言っといてくくれよな……」
全くもってその通りな漢太のツッコミに、「そうでしたね、すみません」とまた悪びれる様子もない伊佐与さんが小さく頭を下げた。
「……まあ、いいか。蓮陽、気を取り直して先のこと考えるぞ」
天性の人タラシをもってして制御不能らしい彼女に辟易する漢太だったが、気を取り直したいのは本当みたいなので素直に応じる。
「分かった。伊佐与さん、罠の内容は見えたの?」
「いえ、その先が罠だと分かったのもたまたまでしょうし……すみません」
今度こそ本当に申し訳なさそうに伊佐与さんが顔を落とす。
その場ごとにバラツキはあるものの、巫女の呪いで視ることができるのはこの程度のものだ。ここまでも進んだ先の反応が見えただけで、その内容に従って安全そうな道を選んできたに過ぎない。
とは言え、ほんの僅かでも先が分かるだけでも十分なアドバンテージなのだからそれ以上を求めるのは明らかに彼女に頼りすぎと言うものだろう。
「いや、こっちこそ無理言ってごめん。ひとまず焦る必要はなさそうだし、どうするべきかじっくり考えてこう」
「……ありがとうございます。漢太ちゃんよりも優しいんですね、蓮陽くん」
マッチポンプ感があって素直に受け止めづらい褒め言葉に若干戸惑っていると、スッと漢太が俺と伊佐与さんの間に入ってきていた。
「おい蓮陽、なに人の彼女口説いてるんだよ。というか彼氏の俺よりも好感度高いとかおかしくないか?」
剥き出しの嫉妬心? をぶつけるように俺の体をつつく漢太……は無視でいいか。
「…………」
そんな三人を「なんで漢太と伊佐与さんが付き合ってるのか?」と聞きたげな風香が無言で見つめていた。
もちろんこっちも無視で。
「ほら、それよりも今はどの道を選ぶかだろ」
それぞれ言いたいことはあるのだろうけど、有無を言わさず話を本筋に引き戻す。
「先に言っておくけど、僕の意見は罠を確かめた方がいいと思ってる。一度は伊佐与さんに諌められたけど、どっちに進んでも罠があるって言うなら隠し扉どころか遺物を見つけるチャンスだと思う」
罠の先にお宝が! なんて物語みたいな展開だけど、大切なものを隠すならとても理に適った手段だ。
絶対にとまではいかないが、そういう例だって過去幾つも挙げられている。
「そうは言うけどさ、いのりも言ってたがオレたちは罠を乗り越える装備を持ってないんだぞ。いくら考校の教師が揃って性格が悪いとは言えさすがに行けない場所に宝を置くってことはないだろ」
「私も漢太ちゃんと同じ意見です。リタイアになるリスクを負ってまで罠に突っ込んでいく必要はないかと」
「……私は蓮陽に賛成。教師の性格が悪いならなおさらリスクは避けて通れない」
さっきまでの微妙な空気はなんだったのかと思うほどすぐにスイッチの入った三人が続け様に意見を述べていく。
「まあ、石川さんの言うことも分からなくはないけど……」
「そうですね。ただ、落とし穴に対応できない状況であることに変わりはありませんし、私の意見は反対のままですよ」
「? ……あ、そうか。ごめん、僕が落とし穴の話題しか出してないからそれしかないって思わせたみたいだけど、多分この遺跡ならそれ以外もあるぞ」
「それ以外って、生罠のことか? この死罠しかなさそうなそれっぽい入り口から入ったのに?」
生きている罠。といちいち呼ぶには少し長いこともあり、学生に限らず考古学者は罠を略称で呼ぶことが多い。生きている罠は漢太の言った通り生罠、死ぬことのない罠は死罠と、略したせいで意味が変わっている気もしなくはない。
ちなみに生罠の読み方も個人によりけりなので、俺は「いきわな」、漢太は「なまわな」と呼んでいる。……「なま」ってなんだよ。
「ああ。他にも入り口があって、おそらく中で全部のルートが繋がっていると考えれば罠だって生き死に揃ってても不思議じゃないだろ。というか、そもそもこの遺跡自体が学校が作った新しくて管理された遺跡だしな」
僕たちの選んでいない、屏風戸と白い扉。この二つの意図まではわからないけど、無理に部類わけするなら生きている遺跡の入り口ととるべきだろう。
「蓮陽くんの言いたいことは理解しました。でも、三つの入り口が繋がっているという根拠はなんですか?」
未来なんて根拠もなにもぶっ飛ばしたものが視えるくせに……。
そんな文句を言ってやりたい衝動に駆られつつも、持ち合わせていない質問の答えと一緒に押し黙る。
「……先生が言ってた」
ここはもう諦めて素直に「勘!」と言い切ってやろうとした直後、救いの手を差し伸べてくれたのは僕の相方だった。
「先生……ボンドさんですか?」
「ん」
たった一音で返事を返した風香がまた口を閉ざしてしまい、説明のほしい二人が一斉にこっちに目で訴えかけてくるが、残念だが今回は僕も知らん。
「……風香、どこでそんなこと言ってたんだ?」
「ペアマッチの説明の時。百人入っても鉢合わせないくらい広いって」
「「あぁ……」」
その場面でも思い出したのか漢太と伊佐与さんが同時に声を上げた。
あの先生のことを個人として信用しているわけではないけど、学校からの説明としてわざわざ広さを強調したのなら中が繋がっている根拠にするのに十分だろう。
「助かったよ風香」
「ん、ペアだから」
そんな会話が当たり前にできることを嬉しく思いながらも、漢太がちょっかいをかけてくる前にすぐに前を向き直った。
「なんだ、すっかり仲良——」
「それじゃあ根拠も示せたことだし道を決めよう。右か左か、ここはあえて占いで悪い結果の出た方を推すよ」
「私も蓮陽と同じで」
「……まあ、二人がそういうならそれでいいんじゃないか」
「あえて危険に飛び込むのはどうかと思いますけど、多数決で負けているので素直に従いますね」
せっかくのからかいチャンスを遮られてちょっと拗ねてしまった漢太の頭を撫でながら伊佐与さんがスマホの画面を見直した。
「…………占いによると、こっちの道の方が大きな悲鳴がします」
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