ペア講習
六年制の考古学学校では一年生は一般教養。二年生、三年生は一般教養と専門を混ぜながら、四年生以降は実地を混じえながら本格的に専門知識を学ぶことになる。
そんな考古学学校二年生から行われるカリキュラムの一つがペア講習、別名「ボッチ殺し(仮称)」
「考古学者はその性質上、危険だと分かっていながらつい目の前の遺物に熱中してしまい周りが疎かになりやすい」
そんな誰が言い出したのか、しかし実際に命懸けのくせに致命的な考古学者の弱点から生まれたのが「複数人行動の原理」、遺跡探索時には最低二人以上で行動することを定めた考古学界のルールの一つを基に、最低単位である二人での行動に慣らすため行われる独り身には大変厳しい制度の一つである。
「さて、ホームルームも終わったことだし早速ペア講習を始めようと思ったんだが……」
特別話す内容がなかったのか始まって数分でつつがなくホームルームが終わり、そこで言葉を切った担任教師と目が合う。
ロイ・ボンド。去年の夏、海外の考古学学校から来た臨時教師で金髪イケメンだが、不意にイケメンと目があっても嬉しくもなんともない。
「なんと去年の冬から散々『ペアを探せ』と言ってきたにも関わらず、まだ! ペアが決まっていない不良がいるんだな……しかも二人も」
これでもかというくらい嫌みたらしく話すイケメンに釣られてか教室の中がクスクスと小さな笑いでざわめき立つ。
ペア講習を受けるためのペアは一年生の三学期から組むことができるため、春休みを跨いでボッチにならないよう、普段全く他人と関わりのないような生徒でもペアを作るために他の生徒にアプローチをかけるほど。
そんな中で、ペアを作ることができなかったにも関わらず堂々とペア講習初日のこの日を迎えた生徒を「不良」だと言うのはあながち間違っていないのだろう。
「と、言うことでだ。都合よく余り物が二人もいることだし、余った二人にはペアになってもらうとしようか。もちろん分かっているとは思うが、拒否権はないからな」
考校におけるペアという制度はあくまでカリキュラム専用のもので、実はペア結成から一ヶ月を過ぎれば解消するのは本人たちの自由。専門系の授業に参加するためにはペアという最低単位が必要にはなるが、ペアが変わること自体はそう珍しいことではない。
そういう気軽さもあってか、最初のペア決めも大体その場のノリで行われ、おかげで人付き合いが苦手な人でも最初のペアを見つけるだけなら比較的簡単だったりする。
中には学校で作ったペアのままずっと活動を続けるようなパターンもあるのだが、そんなものレア中のレア、我が強すぎる考古学者同士長く付き合っていけるなんて例は数えるほどしか存在しない。
現場に出れば考古学者はその場その状況に合わせて見つけた即席のペアやグループで遺跡に潜ることになるのが一般的だ。
「聞いてるのか、羽沢、石川。お前たちのためにわざわざ時間をとってるんぞ、返事くらいしたらどうだ!」
「……はい」
なんてまるで他人事のようにペア講習について語ってきたわけだが、先生の言う「不良」の一人は悲しいかな僕だったりする。
ちなみに、僕にとって一番の、そして唯一のペア候補だった漢太はと言うと……。
「あ、オレ彼女とペア組むことにしたから」
なんて無茶なことを最近になって言い出してあっさりと幼馴染を見捨てやがった。
元々モテる奴だったけど、去年の夏を過ぎてから特に彼女を取っ替え引っ替えしてお楽しみでいらっしゃるご様子。
何を楽しむのかって? そりゃ……ナニでしょうよ。
「聞いてます」
一人リア充を満喫する漢太が下心満載の笑顔を浮かべながら離れていくイメージが頭の中を通り過ぎていく中、僕の不良仲間である少女、石川風香が冷たく単調に答えた。
一切の汚れを許さない透き通るように銀色の長髪……のテッペンあたりだけしか同じ目線の高さでは映らない小学生顔負けの低身長。少し大人びた雰囲気はあるが疑う余地のない童顔は、ここが数えで十六歳以上でなければ入学できない学校であるという事実がなければ彼女が同い年だと信じ得ない可愛らしさを有していた。
「せんせ〜。うちの学年の問題児ツートップを組ませて大丈夫なんですか〜?」
覇気を感じない問題児二人の返事が気に入らなかったのか、先生よりも早く一人の男子生徒が茶化すように声を上げた。
「もちろん大丈夫さ。一応、二人とも身の程を弁えて普段は大人しいからね」
僕は、そして石川さんもだが、普段の素行は問題児どころかむしろ優良児と言っていいほど大人しい。それどころかしっかりと身の程を弁えていて実際に校内で問題行動を起こしたことすらない。
それでもなお「不良」なんて言葉を使われてしまうのはつまり、言動以外の要因をもって問題児というレッテルを貼られてしまっているからであり、反撃してこないと理解しているからこそイケメンさんにも、その他クラスメイトにまでもナメられてしまっているのが現状だ。
正直今の先生の態度を含めムカっとくる時もあるけど……それでも僕が現状にそこまで不満を抱いていないのは、漢太という理解者がいたからだ。
というか、現に漢太のイライラがそろそろ限界そうなので早く話を進めてほしい。
「! さ、さて、問題児たちが問題を起こしてしまう前にペア講習を始めようか」
そんな思いで先生のことを見ていると、何と勘違いしたのか慌てて話を本筋に戻した。
「え〜……講習と言っても今回は初回。大体は知り合い同士で組んでいるとは思うが、まずは実践的なペアでの行動ではなくお互いについて改めて知ってもらうことが目的だ。そこで、お互いに命を預け合う相手を知り、信頼するために最も手っ取り早い手段をとってもらう」
まるで台本でも読んでいるかのような棒読みで先生が説明を進めていく。
わざわざ説明してもらってなんだが、実のところペア講習の初回は学校創立から伝統的に同じ内容を行なっているため僕に限らず言われなくてもみんなが知っている。
内容が毎年同じで、それを生徒も知っているとなれば、説明の時間がマニュアル対応になるのも無理はない。
「各ペア、練武室を借りること。終わり次第今日の授業は終わり、帰っていいからな」
命を失うのが当たり前な考古学者という仕事で、ペアを組む相手が自らの命を預けるにふさわしいか見極める最も簡単な方法。それは……。
「では発表する。考古学者への第一歩、記念すべき初めてのペア講習は……殺し合いだ」
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