始業前


「お〜い蓮陽。例の噂、聞いたか?」



 希望と期待に満ち溢れ、キラキラ、ギラギラと目を輝かせる新入生たちが集まる入学式が終わってから一週間。


 新入生……とはなんら関係のない僕たち二年生は早くも始まった授業に若干辟易しながらも新しいクラスを日常に感じ始めていた。


「おはよう、漢太。噂ってあれだろ、校内の遺物が壊されてるっていう……」


 まだ始業前の朝一番だというのにトレードマークの八重歯を覗かせながら元気いっぱいに話しかけてきたのは僕、羽沢蓮陽の友人で幼馴染の剛田漢太。


 少し低めの背に程よく凹凸のある身体、愛嬌のある見た目と性格で男女共にとても人気のある文句なしのオレっ子美少女だ。


 ちなみに「遺物」というのは書いて字の如く遺跡から出土した遺品のことで、一般的に知られている土器や装飾品、金銀財宝、ミイラなどがこれに該当する。


「そう、昨日もやられたらしくてさ、学校が始まってからまだ一週間だっていうのにもうこれで十件目だぞ」

「十件か……確かに多いよな。で、今回はどっちだったんだ?」

「今回は『全壊』だよ。全力で復元はするけど八割戻せたらいい方だろうって。ったく、貴重な遺物をなんだと思ってんだか。犯人を見つけたら誰に止められようがオレが全力でぶん殴ってやる!」


 憤ったように拳を握って見せた漢太だったが、実際はアクションだけで表情には笑顔が浮かんだままだ。


「それはやめておいた方がいいと思うぞ。漢太に殴ってもらうためだけに模倣犯が現れそうだからな」

「蓮陽お前、そんな性癖が!」

「いや僕のことじゃないから」


 わざとらしく身を守る仕草をした漢太を慣れた調子で受け流す。


「ま、そんな冗談は置いといてだ、蓮陽は犯人は何が狙いだと思う? 今回も含め十件中三件が『全壊』、残りの七件は『軽損』で今のところ犯人にまつわる共通点もないっていうし、オレにはさっぱりだよ」


 遺物の「全壊」と「軽損」。これもまた考古学界の専門用語で、「全壊」は専門家の力を集結させてなお元の状態への完全な修復は不可能なほど壊されてしまった状態を、「軽損」は考校の授業の一環として生徒が修理しても完璧に元の状態へ戻すことができる程度の損傷のことを指す。


 ちなみ発生頻度として国内に限定して「軽損」なら月に一度は発生するが、一年に一度発生するだけで考古学界から厳しい批判を浴びることになるのが「全壊」であり、わずか十日で全壊が三件も発生したという事実は学校内に留まらず考古学界にとっても大問題なのだ。


「ということは今回の全壊は邪馬台国関連の遺物じゃなかったのか?」


「いや、邪馬台国だよ。まあ厳密に言えば邪馬台国の陶器と言われている遺物、だけどな。でも軽損の方にも邪馬台国関連の遺物が二件あったし、すぐに関連づけるのは軽率だろ」

「けど、それが犯人の狙いって可能性もあるだろ?」

「それを言うならそうやって深読みさせるのが狙いの可能性だってあるよな?」


 そして、考古学界にとっての大事件となれば考校の生徒たちにとっても大問題……と言うより面白い話題として事件の犯人探しが絶賛流行中で、校内で起きた最新情報を集めては推理合戦が繰り広げられている。


「…………」

「…………」


 議論が白熱した結果、生徒同士がギクシャクしてしまうことがあるのが玉に瑕だったりはするのだけど。



「……なんか、深読みし出したらキリがないしもうやめとくか」

「そう、だな。そもそもオレたちは考古学をやりたいのであって探偵ごっこをしたいわけじゃないもんな。仕方ない、犯人探しはその道のプロに任せるとするか」


 若干の気まずさを払拭するため、二人でぎこちなく笑顔を浮かべる。


 すると、そんな俺たちの空気を察するかのようなタイミングでホームルームのチャイムが学校中に響いた。


「お、チャイムが鳴ったな。それじゃあ俺は席に戻るから……ペア講習頑張れよ、ボッチの蓮陽くん」



「あ、忘れてた……」



 相手が漢太じゃなければドキッとしてしまいそうなイジワルで可愛らしい笑顔を残した漢太の背中を見ながら、一気に憂鬱な気分になるのだった……。

 

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