第14話 辞表
武内が国会議員の黒山氏に呼ばれて精神科医の教授と黒山の事務所に行ったのは、正人が自殺して数日経った頃だった。
事務所の応接室に案内されると黒岩氏と弁護士が座っていた。
座るように促されて座ると弁護士が話し始めた。
「忙しい処を来て頂き有難うございます。捜査調書は読ませて頂きましたが、問題になる処があります。精神科医の先生の精神鑑定で別人格が出て来て殺人を認めた。そこまでは良いのですが、その後に先生は何をしましたか? 正人君、つまり黒山○君の専任の精神科の先生の話ではそこまでの尋問では正人君は自殺しないはずだと話しておりました」
「催眠を掛けました」
「どのような催眠ですか?」
「別人格の黒山○君にミクさんが殺害された写真を見せて、十日後に正人さんに自分が殺したと言い写真を頭の中に写せと指示しました」
「それが正人君の自殺をする原因になったのではありませんか?」弁護士は確信したように言った。
武内が急に立ち上がり「先生にお願いしたのは私です。精神鑑定で刑法上は責任能力がないとして判断され、正人君は精神病院に入り、旨く立ち回れば世間に出てくる、本人は人を殺した自覚もなく、また同じ様なことを起こすと思った。義父はともかく、ミクさんは哀れです。せめて自分が殺したと自覚して欲しいから何とかして欲しいと先生に頼みました。まさか自殺するとは思えませんでした」
「分かりましたが、精神科の先生と刑事の武内さんを自殺教唆で起訴します。上司の方にも多少影響は出ると思います。何か反論はありますか?」
「じゃ何故、正人さんを世間に出したのですか? 病院に隔離するとか、家に籠らせるとか出来なかったのですか? それで何の罪のないミクさんが酷い殺され方をした。精神病で済む話じゃありません!」と武内は立ち上がり言い返した。
「家に閉じ込めて置けば良かったが、少し良くなったので少しずつ世間に慣れさせようと思った。一生閉じ込めているのは親として余りにも可哀そうだと思った。でも息子の最後は余りにも悲惨だった。悪いがそれで起訴させて貰う事になった」と黒山氏は悔しそうに話した。
暫くして刑事の武内と精神科医の教授は起訴されたが、検察官は正人が妄想でミクを恋人と思い込み自殺したので起訴は却下された。
妄想で現実性がなく自殺の原因にはならないとの判断だった。
妄想でなく現実だったら起訴されていたと話していた。
警察署は黒山氏の手前から武内に辞表を出すように依頼した。
武内も定年が近かったので辞表を提出した。
武内は妻に五年前に先立たれ、娘も嫁に行き一人暮らしだった。
家に帰って来て玄関を開けると下駄箱の上に置いてある鉢植えのシクラメンの白い花が満開だった。
この花は正人のアパートに枯れそうに放置されているのを武内が持って来て世話をして花が咲くまでになった。
この花は正人が妄想で用意したものか分からないが? ミクとの妄想を死ぬまで本当と思い込んでいたことが正人にとって救いだと思えた。
今咲いているシクラメンの白い花が妄想でない事は確かだった。
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