婚約破棄した伯爵令嬢と再婚約することになりました

亜逸

婚約破棄した伯爵令嬢と再婚約することになりました

「わたくしと、もう一度婚約を結んでいただけませんか。グレッド様」


 瞳を潤ませながら懇願してくる伯爵家令嬢レナ・ウォルトに、男爵家長男のグレッド・リトナーはただただ困惑していた。

 なぜなら目の前にいる平凡な顔立ちをした女は、一年ほど前にグレッドが一方的に婚約を破棄した相手だったからだ。


「な、なぜだ……僕は君を捨てたんだぞ? なのになぜ、また僕との婚約を望む?」

「そんなの決まってるじゃありませんか。わたくしが、貴方様のことを心の底から愛しているからです」


 もう堪えきれないとばかりに、レナの目尻から涙が伝っていく。

 泣くほどにまで慕ってくれている相手を捨てた罪悪感のせいか、グレッドは思わず顔を逸らしてしまう。


 婚約を結んでいた頃から、彼女が自分のことを心の底から慕ってくれていたことはわかっていた。

 わかっていてなお、グレッドはレナとの婚約を一方的に破棄した。


 言い寄られたのだ。

 爵位の最高位にあたる公爵家の令嬢エリィ・モルワナに、わたくしと婚約してほしいと。


 当時子爵家だったリトナー家は、当主は勿論、その長男であるグレッドも爵位を上げることに躍起になっていた。

 そんな家に公爵家令嬢との婚約が転がり込んできたのだ。

 受けない理由がなかった。


 おまけに容姿が平凡なレナとは違い、エリィは頭に「絶世」がつくほどの美女ときている。

 だからグレッドは少しの躊躇もなくレナとの婚約を破棄し、エリィと婚約を結んだ。

 その決断が、転落人生の始まりになるとも知らずに。


 エリィは、一言で言えば悪女だった。

 爵位が上なのをいいことに、散々グレッドを小馬鹿にし、あまつさえ使用人のように扱い、挙句の果てに一方的に婚約を破棄した。

 グレッドがレナにした時と、同じように。

 一度こういうことがやってみたかったからという、最低すぎる理由で。


 グレッドの不幸は、その後も続いた。

 父が社交界で下手を打ったことが原因で、爵位が子爵から男爵に落ちてしまったのだ。

 上げるはずだった爵位が、最低位まで落ちてしまったのだ。

 グレッドを失意のどん底に突き落とすには、充分すぎる出来事だった。


 そんなグレッドに、もう一度婚約を結びたいと手を差し伸べてきたのが、レナだった。


「もう耐えられないのです。これ以上、グレッド様が苦しんでいるところを見ているのは……。だから、もう一度、わたくしと婚約を結んでいただけませんか? 幸せだったあの頃に、もう一度戻りませんか?」

「幸せだった……あの頃に……」


 うわごとのように呟く。

 確かに、レナと婚約を結んでいた頃は幸せだった。


 今この時と同じように、レナは心の底から自分のことを愛してくれた。

 そんなレナのことを、自分は心の底から愛していた。


 なのに……


「僕は……僕はぁ……」


 思わず、泣き崩れてしまう。

 そんなグレッドを、レナは優しく抱き締めた。



 こうしてグレッドは、レナと再婚約することになった。



 必然、両家の当主に挨拶する流れになったわけだが。

 落ちぶれに落ちぶれたグレッドの父――リトナー男爵への挨拶はともかく、レナの父――ウォルト伯爵に挨拶することは、一方的にレナとの婚約を破棄したグレッドにとっては胃の痛い事案だった。


「大丈夫ですか、グレッド様?」


 リトナー家の館に到着してすぐに、レナが心配そうに声をかけてくる。

 どうにも自分で思っている以上、顔色が悪くなっているらしい。。

 そうとわかっていてなお、グレッドはレナに強がりを返した。


「大丈夫だ。さすがに、泣き言は言っていられないからな」

「ですが……」


 なおも心配してくる彼女に、もう一度だけ「大丈夫だ」と返し、ウォルト伯爵の執務室へ向かう。


 爵位が下の分際で、大事な娘との婚約を一方的に破棄した憎き存在――そうウォルト伯爵に思われていてもおかしくはない。

 一発殴られる程度では済まないと思っていた方がいいかもしれない。

 などと諸々の覚悟を決め、執務室に辿り着いたグレッドを、


「よく来てくれた! グレッド君!」


 ウォルト伯爵は両手を拡げて歓待してくれた。

 これにはグレッドも、目を白黒させるばかりだった。


「ど、どういうことですか? 僕は貴方のご息女との婚約を一方的に破棄した、忌むべき相手なのですよ? なのになぜ……」


 ウォルト伯爵は、仕方ないなと言わんばかりに小さく息をつき、グレッドに言い聞かせるように語り始める。


「正直に言うと、少し前まで君のことを憎んでいたさ。けれど、他ならぬレナが君を許し、今もなお君のことを愛している。レナはもう立派な淑女レディだからね。そのレナが君との再婚約を望んでいる以上、親としてはその意に沿うしかあるまい」


 そういうものなのだろうか?――と思ってしまうも、今の自分にそんな疑問を抱く権利はないので、そういうものなのだと無理矢理にでも納得する。


「そうだ、グレッド君。ついでだからレナの部屋を見ていくといい」

「お、お父様!」


 慌てて制止を求めるレナに、ウォルト伯爵は諭すように言う。


「これはお前のためでもあるのだよ、レナ。グレッド君に婚約を破棄された後も、お前がどれだけグレッド君のことを想っていたか、見せておやりなさい」


 レナは頬を朱に染めながらも「う~……」と呻く。が、他ならぬ父の言葉だからか、諦めたように首肯を返した。


「……わかりました」


 そして、ウォルト伯爵に言われたとおりに、レナと一緒に彼女の部屋へ向かう。

 実のところ、婚約を破棄する以前も彼女の部屋を訪れたことはなかったので、グレッドは妙に緊張をしている自覚しながらも、彼女の部屋に足を踏み入れる。


 中に入ると、伯爵家令嬢にしては少々質素な調度品に彩られた部屋がグレッドを出迎えた。

 そんな中、質素な戸棚に後生大事に飾られているティーカップの数々を見て、思わず目を見開いてしまう。


「レナ……これは……」

「はい。わたくしが趣味でティーカップを集めていると聞いて、グレッド様が贈ってくれた物は、全てここに飾っています」


 レナは照れくさそうにはにかみながら答える。

 グレッドは、今にも目尻から零れそうな涙を堪えるために、数瞬の間、きつくきつく瞼を閉じた。


 いくらティーカップ蒐集しゅうしゅうが趣味だとはいっても、自分を捨てた相手のプレゼントをこうも大事に飾っていられるだろうか?

 少なくとも、自分にはできないと断言できる。

 事実、自分との婚約を破棄した公爵家令嬢エリィからのプレゼントは、全て手ずから砕いて捨てていた。


(レナは、どこまでも僕のことを想って……。なのに……なのに僕は……!)


 罪悪感が押し寄せる中、心の中で誓う。

 今度こそ、最後まで、レナを愛そうと。

 何が起ころうと変わらない彼女の愛に報いようと。


「……レナ」

「はい?」

「本当に……すまなかった」


 もう何度目になるかもわからない謝罪に対し、レナは優しく微笑む。


「いいのですよ。グレッド様」




 ◇ ◇ ◇




 グレッドの胃を締めつける事案は、何もウォルト伯爵への挨拶だけに限った話ではない。

 貴族である以上、グレッドもレナも社交界に顔を出さないわけにはいかず、二人が再婚約したという噂は、貴族たちの間ではもうすっかり拡がりきっていた。


「見てあれ。ウォルト伯爵とリトナー男爵の……」


「噂は本当だったの?」


「自分で婚約を破棄していながら再婚約を結ぶなど……」


「少なくとも、紳士のやることではないな」


 社交パーティの会場で二人を遠巻きにしながらも、貴族たちがこちらに聞こえる声量で言いたい放題に言ってくる。


 レナと婚約を破棄する以前、彼女の容姿が平凡なこともあって、社交パーティでは連れ立って行動することに恥ずかしさにも似た感情を覚えていたものだが……今の状態は、恥ずかしいどうこうを通り越して、ただただ苦痛だった。


「グレッド様」


 傍にいたレナが、毅然とした声音で名前を呼んでくる。


「胸を張ってください。わたくしたちの関係に、やましいものは何もないのですから」

「! ああ……そうだな。そのとおりだ!」


 言われたとおりに胸を張る。

 エリィというろくでもない悪女に虐げられていたせいか、言葉でも態度でもこちらのことを支えてくれるレナの献身がいやに心に染みた。


 などと、考えていたせいか。

 噂をすればと言いたくなるようなタイミングで、モルワナ公爵家の令嬢エリィが、二人の前に姿を現した。


「あらあら? そこにいるのはグレッドじゃない」


 妖艶な笑みを浮かべながら近づいてくる美女を前に、グレッドは胃が締めつけられるような痛みを覚える。


「ちょうど良かったわ。さっき床の汚れを見つけたの。グレッド……あなた、今すぐ綺麗に拭き取ってきてくれないかしら? 得意でしょ、そういうの」


 エリィと婚約していた間、使用人のような扱いを受けていた記憶を蘇らせるには、充分すぎる言葉だった。

 自然、額から脂汗が滲み始める。


「ほらほら、さっさとやりなさいよ。あなたの取り柄なんて、それくらいしかな――」



「いい加減にしてくださいっ!!」



 グレッドも初めて聞くレナの怒声に、エリィはおろか、パーティ会場にいた貴族たち全員が静まり返る。


「エリィ様。貴方様はもうグレッド様の婚約者でも何でもないはず。爵位が上だからといって、わたくしの大切な婚約者にとやかく言う権利は、貴方様にはありません」


 毅然としたレナの視線に耐えられなかったのか、エリィは露骨に目を逸らす。


「こ、こんなのが大切だなんて、あなた……趣味が悪いわね」


 負け惜しみじみた捨て台詞を吐くと、逃げるようにグレッドたちの目の前から去っていった。

 グレッドはおろか、周囲の貴族たちも唖然とする中、レナは言う。


「グレッド様も。いつまでも前の婚約者の言うとおりにする必要なんて、ありませんからね」

「あ、ああ……」


 生返事をかえしながらも、グレッドは思い知る。

 こんな素敵な淑女レディとの婚約を破棄した、己の愚かしさを。


 同時に、思う。

 今度こそ彼女を、僕の手で幸せにしてあげようと。




 ◇ ◇ ◇




 レナと再婚約してから一ヶ月が過ぎた頃。

 グレッドはレナの想いに報いるために、とあるプレゼントを彼女に渡した。


「グレッド様は……これは?」


 掌大の小さな箱を受け取りながら、レナが恐る恐る訊ねてくる。

 箱の大きさや形状からして以外にあり得ないことは、彼女もわかっているはず。

 それでもなお訊ねてきたのは、今手渡した小さなプレゼントが、それだけ彼女にとって大きかったせいかもしれないとグレッドは思う。


「開けてみてくれ」

「は、はい……!」


 裏返った声で返事をかえし、恐る恐る箱を開ける。


 そして、露わになる。


 箱の中に鎮座する、婚約指輪が。


「あ、あの……これ……」


 今にも泣きそうな目で見つめてくるレナの表情は、やはり美しいとは言い難いけれど。

 そんな彼女を心底愛おしいと思ったグレッドは、優しい笑みを浮かべながら答えた。


「嵌めてくれないか。レナ」


 コクコクと首肯を返してから、手に取った指輪を左手の薬指に嵌める。

 途端、もう堪えきれないとばかりに、レナの双眸から涙が溢れ出した。


「ピッタリです……ピッタリですぅ……」


 嬉しそうに泣き崩れる彼女がますます愛おしくなり、感情に任せるがままに抱き締める。


「再婚約してからの期間としては短いけど、それまで君を待たせた期間が、あまりにも長すぎたからな」


 そう前置きし、一呼吸することで意を決してから言葉をつぐ。


「結婚しよう、レナ」

「はい……はい……!」




 ◇ ◇ ◇




 グレッドとレナ、二人の父であるリトナー男爵とウォルト伯爵の四人で話し合った結果、レナとウォルト伯爵の熱烈な希望により、建国記念日に行なわれる祝賀パーティで、二人の結婚を発表することとなった。

 いまだグレッドのことや、今回の再婚約のことを悪く言う貴族たちを黙らせたい――そんな思惑があっての決断だった。


 祝賀パーティ当日。


 会場には、先日の社交パーティとは比較にならないほどに大勢の貴族が出席していた。

 その中にはエリィ・モルワナ公爵令嬢の姿もあったが、レナとの結婚が決まった今となっては、気にするほどの価値もない女だった。


 ……いや。

 見せつけることができるという意味では、多少なりとも気にする価値はあるのかもしれないと、グレッドは思う。


 それからしばらくの間はパーティを楽しみ……宴もたけなわになったところで、レナがクイクイと袖を引っ張ってくる。


「グレッド様。そろそろ……」

「ああ。わかっている」


 グレッドはレナとともに、すでに根回しを済ませている、パーティの進行を務める侯爵のもとへ向かう。

 二人を見ただけで察してくれた侯爵は、耳を圧するほどの会場にいる全員に向かって声おを張り上げた。


「皆様ッ!! どうか静粛にッ!! 静粛にッ!!」


 まだ少し話し声は聞こえてくるものの、おおむね静かになったので、侯爵は「これくらいでいいだろう」と小さな声で言ってから、グレッドとレナに前に出るよう促す。


 二人は顔を見合わせ、頷き合うと、皆の視線を集めている侯爵の前に並び立った。


「これより、リトナー男爵家が長子グレッドと!」


「わたくし、ウォルト伯爵家が長女レナから!」


「「皆様にご報告したいことがありますッ!!」」


 レナと一緒に声を張り上げる中、グレッドは内心眉をひそめる。

 これほど多くの貴族が出席している祝賀パーティで、決して爵位が高いとは言えない二人が出しゃばってきたというのに、どよめきが思いのほか小さいのだ。

 それどころか、何人かは口元を隠してクスクスと笑いながら、こちらを見ている始末だった。


 場の空気がおかしいことにはレナも気づいているらしく、小声で話しかけてくる。


「グレッド様。少々皆様の反応がおかしいので、ここはわたくしが」


 グレッドには皆目見当もつかないが、どうやらレナはこのおかしな空気をどうにかできる手立てがあるらしい。

 さすがにクスクス笑われながら結婚の発表をするのは嫌なので、グレッドは素直に首肯を返した。


「では……」


 レナは一歩前に出て、声を張り上げる。


「皆様! どうか聞いてください!」


 何の捻りもない懇願。

 だが不思議なことにこの一言だけで、クスクス笑いはおろか、わずかながらあったどよめきまでもが完全に消え失せる。


 これなら気兼ねなく結婚の発表ができる――そう思ったグレッドが、今一度レナの隣に並び立とうとした、その時だった。

 レナの口から、耳を疑うような言葉が飛び出したのは。



「わたくし、レナ・ウォルトは! 今、この瞬間をもって! グレッド・リトナーとの婚約を破棄することを宣言しますっ!!」



「……………へ?」



 ひどく、間の抜けた声が口から漏れる。


 今、レナはなんて言った?


 婚約?


 破棄?


 誰との?


 僕との?


「あはははははっ! いい顔してるわねぇグレッド!」


 エリィが、心底愉快そうに笑いながら指さしてくる。

 それを契機に、会場にいた貴族たちがもう堪えきれないとばかりに笑い出す。

 パーティの進行を務める侯爵はおろか、グレッドの隣にいたレナさえも。

 当然、彼女の父親であるウォルト伯爵も大笑いしていた。

 この場において笑っていないのは、グレッドと、父のリトナー男爵の二人だけだった。


「レ、レナ……これは一体……」

「これは何も、貴方様との婚約を破棄すると宣言しているのですよ。グレッド様」


 いつもの優しげな笑みをそのままに、優しさの欠片もない言葉を返してくる。


「なぜだ……なぜ君がそんなことをするんだ!? 僕のことを愛しているんじゃなかったのか!?」


「あらあら。レナはちゃんとあなたのことをわよ。その愛を裏切ったのはあなたなのに、何を言っているのかしら?」


 エリィが、背後からレナに抱きつきながら会話に混ざってくる。

 かつては怒声を浴びせた相手に抱きつかれたにもかかわらず、レナは嫌そうな顔をするどころか、


「もう、エリィったら。すぐ抱きついてくるんだから」

「別にいいじゃない。こうした方が、察しの悪いグレッドにも伝わりやすいでしょ?」


 仲睦まじげな様を見せつけられ、グレッドはいよいよ混乱する。

 レナが他人に対して敬語を使わないところなんて初めて見たから、余計に混乱は大きかった。


「あらあら? ここまで見せつけてもわからないなんて、私が思っていた以上に察しが悪かったみたいね」

「どうやら、そうみたいね」


 レナは出来の悪い子供を見るような目をこちらに向けながら、いつもどおりの、今にして思えば他人行儀な敬語で訊ねてくる。


「グレッド様。一年ほど前……どうして公爵令嬢であるエリィが、突然グレッド様に婚約を申し込んできたのか、わかりますか?」

「そ、それは……エリィが、一度婚約破棄というものをやってみたかったからであって……」

「ふふ。、グレッド様は本当に純粋な方ですね」


 どこか憐れみにも似た笑みを浮かべると、レナは耳を疑うような言葉を口走った。


「わたくしがエリィにお願いしたのですよ。グレッド様に婚約を迫ってくれって」

「…………へ?」


 再び、グレッドの口から「へ?」と間の抜けた声が漏れる。

 言っている言葉の意味が、一欠片も理解できなかった。


「あなた、本当に察しが悪いわねぇ……」


 エリィは心底うんざりとしたため息をつき、レナの言葉の真意を説明する。


「レナはね、本当にあなたのことを愛していたのよ? だからレナは確かめたかったのよ。グレッド……あなたが本当にレナのことを愛しているのかどうかを」

「ま、まさか僕のことを試したのか!?」


 微塵の躊躇もなく首肯を返してくるレナに、目眩を覚えそうになる。


「グレッド様……わたくしは、本当に、心の底から貴方様のことを愛していました。なのに貴方様は、エリィとの婚約の話が来たら、少しも躊躇せずにわたくしとの婚約を破棄し、エリィとの婚約を結んだ。そんなこと……到底許されるものではないですよね?」


 笑顔をそのままに訊ねてくる。

 優しさの欠片もない、威圧感すら覚える笑顔で。


「だから……なのか……? だから……僕と再婚約して……僕が本当に、心の底から君を愛するのを待った上で……」

「ええ。そのとおりです。さすがに大変でしたよ。もう少しも愛していない貴方様を相手に、今日に至るまで愛しているフリを続けるのは」


 耳を塞ぎたくなるような言葉を吐きながらも、吐息すら届くほどに顔を近づけ、お強請ねだりしてくる。


「ねぇ、グレッド様。聞かせてくださいよ。心の底から愛していた人に裏切られ、婚約を破棄を宣言された気持ちを。今すぐわたくし聞かせてくださいよ」


 その言葉は、グレッドの心を壊すには充分すぎるものだった。


 次の瞬間。


 およそ正気が感じられない絶叫と、品の悪い笑い声が、パーティ会場の外まで響き渡った。

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