第22話 願い
鷹也と一緒にいる時、怖いくらいの幸せを感じつつ、それでも胸の真ん中にはいつも何かが詰まっていた。
追い出したくて、鷹也いないところで何度も胸を、心の中を、殴って、蹴って、踏みつぶした。
それは、時に嗚咽に変わった。
罪を犯す前に、鷹也に出逢えていたら…十数年前に、出会っていても子供は子供。
それでも、もっと早く出会いたかった…。そう考えずにいられなかった。
そんな事、今更願ったところで、どうしようもない事は解っていた。
それでも、この真っ赤に染まった掌を見るたび、どうしようもない罪悪感をと、後悔の念に今も苦しんでいた。
加害障害は、消えなかった。
洗っても洗っても消えない血は、朱羽子を何処までも追いかけて来た。
逃げて、違う道へ走り出し、そこで迷っても敵ばかり。
世界中、どこにも行けない気がしていた。
街歩く人と同じ方向へ進んでいたはずが、急に肩と肩がぶつかって、自分が逆方向に歩いているのに気づく。
そんな事を想像していると、その過去から連れ出してくれた、あの人の声が聴こえた。
*
「朱羽ちゃん?」
「…」
「どした?」
「…」
「朱羽ちゃん!」
朱羽子はハッとしたように鷹也を探した。
傍にいるのに…。
「もう、5分くらいて、洗ってるけど、手、冷たくない?」
2人で訪れた公園の手洗い場で、朱羽子は鷹也の事を忘れ、必死で手を洗っていた。
「あ…そうだね。ごめん」
そう言って、朱羽子はハンカチで自分の手を、まるで傷つけるみたいに、ギシギシと音を立てて拭いた。
朱羽子は、思っていた。
このまま、何も話さず、自分の罪を告白せずにいたら、もしかしてこのまま、鷹也の温かい心の中で、生きていけるんじゃないかと…。
逆に、もしも、自分から、あるいは誰かから、朱羽子の過去の罪を知られたら、…きっと鷹也は朱羽子から離れていく…。
そんな想像は容易かった。
初めて出会った幸せ。
初めて感じた愛。
それを失うのが怖かった。
それなのに、無愛想な自分を採用してくれたマスター。
そんな優しいマスターのもと、初めてこんなに長く働かせてもらった職場も初めてだった。
こんな、幸せ尽くしの生活を、どうか…どうか…このまま…。
そう…朱羽子は、願ってやまなかった。
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