第13話 愛を見てしまった

日記を紐解いていくと、橙史がどれだけ緑子を愛していたのか、緑子の死が、どれだけ橙史にダメージを与えたか…やっとわかった気がした。


しかし、自分が緑子の命と引き換えに、橙史にあんなに痛めつけられたのかと思うと、母、自分を残して死んでしまった緑子にも、『愛しい。会いたい…たまらなく会いたい…』とともに、『勝手に死んじゃて…私の事、1人にして…酷いよ…』の感情が溢れてくる。


この日の日記を読んで、朱羽子は何を感じればいいのか…。

自分自身にも解らなかった。



その先に、真実はあるのだろうか?

その真実とは、どんなものだろう?

自分に受け止められる真実で、受け止められる本当の橙史なのか。


朱羽子は、その後の読む勇気がなかった。

急に怖くなった。


だけど…だけど…読んでしまった。

読んでしまったんだ。



【2020年9月8日。俺は…朱羽子を殴りたいんじゃない。蹴り飛ばしたりしたくない。家から締め出したいんじゃない…抱きしめたいんだ…。なのに、なんで出来ないんだ…。どうして泣かせるようなことばかりしてしまうんだ…。緑子に…なんて詫びれば良いんだ…?なんて言ったら朱羽子を笑顔に出来るんだ?緑子、お前だって…こんな俺を見たくないよな?あんなに傷だらけに、朱羽子を虐待する俺を…。ごめんな。緑子。…ごめんな、朱羽子…。ごめん…。ごめん…。】


読み終わって…まるで、パンドラの箱の蓋を開けてしまったようだ…。


朱羽子は、その日記で初めて橙史の苦悩を知った。

緑子を本気で愛してたこと。

そして、緑子といた時とは比べる事すらできず、現実は緑子の笑顔がそっこらじゅうで幻を見ては、消える。

お腹を蹴った朱羽子を眠っている時、橙史は朱羽子の頭を撫でていた。

その記憶を、幼かったけれど、少し、頭のちょっと隅で動いた。

怖くて、目を開けないでいると、温かく、大きな手で起こさないように、そっとそっと、橙史は撫でてくれていた。


その記憶を日記で思い出して、あれが、緑子を失くした橙史の精いっぱいの愛情だったのかも知れない。


 一生憎みながら生きていけると思った。

 一生殺した後悔しないで生きていけると思った。

 一生自分だけが被害者でいられると思った。


しかし、この日記を読み、父、橙史への想いは、頑なに恨み続けてきた想いは…、と言う自分が必死で自分を守る為にした選択肢は、間違いだったんじゃないか…と、橙史を殺して10数年と言う長い年月かけて、重い罪として、朱羽子に圧し掛かった。



「私…間違えた?本当に殺さなきゃいけなかったの?私は本当に裁かれなくて良かったの?私…私…」




何処へ身を置いても、バイトも転々としていたため、お金がなく、薄汚い、壁の薄いアパートしか借りられなかった朱羽子は、大声で泣く事も出来なかった。



その夜は、声を殺して、泣いた。

一晩中、泣き続けた。

心の中で大きな悲鳴をあげて…、泣いて、泣いて、泣いた。




そして、ようやく思い出した。橙史が死ぬ直前、その唇が…。

「ごめんな」


と…、動いたことを…。

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