第71話 決
「よし! 決まりね! それじゃあ、さっさと片付けちゃいましょう!」
僕の迷いを断ち切るように、ルイーゼが明るく宣言する。その顔には、どこか強気な挑戦的な笑みがあった。これから自分の命を賭けて罠に飛び込むというのに、自信に満ちた笑顔だった。悲壮感などまるで無い。その顔は、言外に「心配いらない」と僕に伝えているようだった。
僕にはそれがすごくありがたかった。ルイーゼに対する後ろめたさ、罪悪感を薄れさせてくれる。それどころか、ルイーゼの笑顔に、僕は勇気付けられるような心地さえした。
「守護結界! 庇う! ホーリーサークル!」
ルイーゼがスキルと魔法を発動する。僕たちの体に淡い緑の小さな光や赤い魔法陣が溶けるように沁み込んでいった。ルイーゼのギフトは【城塞】だ。自身の防御力を上げるパッシブスキルや、自身と味方の防御力を上げるアクティブスキルなど、主に防御力を上げるスキルが揃っている。
ルイーゼが、僕たちに背を向けて城門へと歩き出す。小さくて細い背中なのに、なんだかとても頼もしく感じた。
「ルイーゼ、無事に戻ってきてね!」
僕は祈るような気持ちでルイーゼに声援を送る。ルイーゼは歩みを止めず、こちらを振り返ることもなく、後ろ手に緩く手を振ってみせた。
「まぁ任せておきなさいって!」
ルイーゼを信じる気持ちは無論ある。でも、僕の中の心配や不安はしつこく消えてくれない。それは、僕が決定を下した張本人だからだろう。ルイーゼに命の危険がある作戦を任せてしまった。僕がルイーゼを死地に追いやったのだ。
僕は、ルイーゼが無事にやり遂げてくれることを信じている。でも、同じくらい僕は僕のことを信じ切れないでいた。本当にこれで良かったのだろうか? もっと良い方法があるのではないだろうか? 悩みは、後悔は尽きない。
それでも、もう時間の針を戻すことはできない。僕にはもうルイーゼの無事を祈ることしかできないのだ。そして、僕には後悔の時間も祈りの時間も満足に与えられない。今回、僕はリーダーだ。次の指示を出さなくちゃいけない。
「もう話したけど、一応確認ね。敵リビングアーマーは2体。1体はハルトとリリーでできるだけ早く倒してほしい」
僕は、勇者化しているラインハルトとリリーで、敵リビングアーマー1体を速攻で潰すことに決めた。
「了解しました」
「んっ……!」
僕の言葉に、ラインハルトとリリーが頷いて応える。
「残る1体は、僕とイザベル、マルギット、ルイーゼで倒そう。ハルトとリリーは手出し無用で」
「分かったわ」
「あーしもやってやるし!」
敢えてラインハルトとリリーに手出しさせないのは、勇者ではない僕、イザベル、マルギットの攻撃がレベル7ダンジョンのモンスターに通用するか確かめるためだ。そして、ルイーゼの耐久力が通用するか確かめるためでもある。
これで指示に不足はないだろうか? 僕は心配になって、ついラインハルトの顔を見上げてしまう。
ラインハルトは僕の視線に気が付くと、力強く頷いてみせた。そのことに安堵して、溜息を漏らしそうになって、はたと気が付く。自分の戦闘準備をしていなかった。僕は急いで腰のマジックバッグからヘヴィークロスボウを取り出すのだった。
◇
「もういいかしらー?」
「もういいよー!」
大きな内壁の城門の前に居るルイーゼの問いかけに僕は答える。まるで子どもの遊びのようなやり取りだけど、場の空気に緩みは無い。むしろ、下手に動いたら切れてしまうのではないかと思うほど鋭く張り詰めていた。それも当然。これから始まるのは命を賭けた戦闘だ。そして、僕たち『融けない六華』の実力が、レベル7のダンジョンで通用するかどうかのテストでもある。
いまだに自分の判断に欠片も自信なんて持てないけど、もう引き返せないところまで来てしまった。心配や不安、恐怖は、晴れるどころかどんどん厚くなっていく。吐き気までしてきた。これがパーティリーダーの、皆の命の懸かった決定を下す者の苦しみなのだろう。
ルイーゼはすごいな。こんな重圧と今まで戦ってきたなんて……。僕なんて、今にも吐いてしまいそうなほど緊張しているのに……。
石の庭園の石畳の上に伏せている僕の隣で、伏せてへヴィークロスボウを構えるマルギットが武者震いのようにビクビクと大きく体を震わせた。マルギットも緊張しているらしい。その顔にいつもの明るい笑みは無く、真剣そのものだった。
「………」
声をかけるのも躊躇うほど真剣なマルギットの前には、へヴィークロスボウが4本並べて置かれている。マルギットにはへヴィークロスボウによる4連射を頼んでいる。マルギットは僕よりも射撃の腕が良いからね。彼女に全弾撃ってもらうつもりだ。僕は彼女のサポートと全体の指揮を執る予定になっている。
隣に居るマルギットから視線を外して前を見ると、戦闘準備を整えたラインハルトとリリーの向こう、大きな禍々しい黒い城門へと向かう金髪の戦乙女の姿が見えた。まるで大きく咢を開いた悪魔の口に自ら入るような無謀な行為に見える。
ルイーゼ……どうか無事に帰ってきてくれ……!
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