第69話 石の庭

 僕たち『融けない六華』は、決意も新たに城門をくぐり、ついに『万魔の巨城』へと足を踏み入れた。城門の先は黒の石畳の敷かれた石の庭園になっていた。そこかしこに奇怪な姿の石像がオブジェのように飾られている。


 魚に手足が生えた石像や、人間大のドラゴンのような石像。海に居ると云われる8本足のタコのような石像もあれば、鋭く尖ったイカのような石像もある。他にもコウモリの翼が生えた巨大な眼球や、腕が6本に脚4本生えた首無し、苦悶の表情を浮かべた人間を幾人も圧し潰して丸めた巨大なボールのような見る者の生理的嫌悪感を催すような石像も多々ある。どの石像も今にも動き出しそうなほど精巧な造りをしていた。


「きもちわるっ!」

「きんもー!」

「悪趣味ね」

「………」


 女子メンバーには大不評だった。リリーに至っては無言である。さすがのラインハルトも苦い顔をしていた。まぁうん、当然だね。僕だって気持ち悪いと思う。無駄にリアルな造りをしているから尚更だね。


「クルト、一応確認ですが、この先しばらくはモンスターは居ないのですよね?」

「うーん……」


 僕はラインハルトの問いかけに答えが詰まる。


「とりあえず、この庭園の先にある内壁。その城門まで戦闘は無いよ」


 レベル7ダンジョン『万魔の巨城』は、少し特殊なダンジョンだ。高レベルのダンジョンと聞けば、モンスターがうじゃうじゃと居る光景を想像するかもしれないけど、『万魔の巨城』はダンジョンに入ってしばらくは戦闘が無い。まぁモンスターが居ないわけじゃないんだけどね……。


「うへー、マジきんもー! なにこれキショい」


 そう言いながらも、怖いもの見たさなのか、石像へと近づいていくマルギットを見て僕は慌てる。


「待って待って待って! それモンスターだから! 危ないから!」

「ひえっ!?」

「敵!?」


 僕の言葉を聞いて、マルギットが即座にバックステップで石像から距離をとった。ルイーゼも腰のヴァージンスノーを抜いて臨戦態勢だ。


「………? 動かないけど?」

「ほんとにモンスター?」


 こちらが戦闘態勢をとっても石像は動く様子が無い。そんな石像にルイーゼとマルギットが疑問の声を上げた。


「絶対に攻撃しちゃダメだよ? 動き出すから」


 僕の言葉に、ルイーゼが剣を石像に突き付けながら疑問の声を上げる。


「でも、敵なんでしょ?」

「敵だけど、こっちからなにもしなければ、無害だから」

「なるほど。この石像がお話にあったガーゴイルですか?」

「そうだよ」


 僕はラインハルトに頷いて応えた。この庭園に飾られている石像は、全てガーゴイルという動く石像の悪魔のモンスターだ。ガーゴイルたちは石像に化けて、僕たちの油断を誘っているのである。


「予想よりも数が多いですね……。これらが全てモンスターとは……」

「まぁ、行きは気にしなくてもいいんだけどね」


 このガーゴイルたちは、行きではなぜかどんなに隙をさらしても襲ってこない。このガーゴイルたちが襲ってくるのは帰り。ダンジョンから出る時だ。ダンジョンで消耗し、精も根も尽き果てたところに、行きでは全くの無害だった、この大量のガーゴイルたちが襲いかかってくるのである。いわば、このガーゴイルたちは、このレベル7ダンジョン『万魔の巨城』の最後のトラップみたいなものだ。


「先に倒しておいたほうがいいんじゃない?」

「そーそー。帰りの疲れた体にこの数はだるいっしょ?」

「今なら先手をとれるのだから、一考の価値はあるわね」

「ふんすっ…!」


 『融けない六華』の女の子たちって、わりと肉食系というか、好戦的だよね。


「ふむ……。レベル7ダンジョンのモンスターの強さを早いうちに体験しておくのもありですね……」


 ラインハルトまで乗り気みたいだ。戦わずに済むなら、それに越したことはないと思うんだけど……。時間も体力も有限なんだから、なるべく温存すべきだ。


「今倒しても、帰りにはまたリポップしてるよ。無駄なことは止めて先に進もう」

「なるほど……。たしかにそうですね。私としたことが、少し逸っていたようです」


 ラインハルトが恥ずかしそうに背中の大剣から手を離した。そんなラインハルトを見て、皆も戦闘態勢を解いていく。


「そうね! 先に進めるなら進んじゃいましょう!」

「でも、私たちの力が本当にレベル7ダンジョンで通じるのかどうか、早いうちに確認したほうが良いのではなくて?」


 たしかに、イザベルの言うことはもっともだけど、心配しなくても、その機会は間もなく嫌でもやってくる。


「ここは先に進んじゃおう。試すのはそれからでも遅くないよ」

「でも、帰りはこのガーゴイルたちと戦わなくてはいけないのでしょう? 私たちの力が通じるのならいいけど、通じなかった場合、この数のガーゴイルを相手にするのは無理よ?」


 イザベルの懸念はもっともだと思う。だけど、1つ勘違いしている。


「帰りっていうのは、中ボスを倒した帰りだよ。このガーゴイルたちが敵対するトリガーは、中ボスを倒すことなんだ。その前にモンスターと戦う機会があるから大丈夫……」

「あれ!?」


 僕の話の途中に、マルギットが素っ頓狂な声を上げる。どうしたんだろう?


「ねーねー。アイツだけ色違わない?」


 マルギットが指す方向を見ると、普通の黒色の石像に中に、1体だけ真っ赤な石像が紛れていた。


「まさか……色違い……?」

「色違い?」

「あれがそうですか……」


 疑問の顔を浮かべる女の子たちとは対称に、ラインハルトは険しい表情を浮かべる。どうやらラインハルトは知っているようだ。


「あれはたぶん色違いモンスターだよ。聞いたことない?」


 けっこう有名な話なんだけど……。


「倒すと宝具をドロップするレアモンスターのことかしら?」


 さすがイザベルは知っていたらしい。


「「宝具!?」」

「ふんすっ…!」


 イザベルの口から出た宝具という言葉に一気に色めき立つルイーゼとマルギット。リリーも腰のナックルダスターを装備して早くも戦闘態勢だ。リリーって誰よりも大人しそうな外見だけど、わりと戦闘狂なところがあるね。


「レアモンスターっていうのは本当だよ」


 どれぐらいの確率かは知らないけど、通常モンスターに紛れて稀にポップすることがあるらしい。2年以上冒険者をしている僕でも出会ったのはこれで2回目だ。


「倒すと宝具をドロップする“かもしれない”のも本当」

「かもしれない?」

「絶対ドロップするわけじゃないんだ」

「そんなー……」


 マルギットがオーバーな動作でしょんぼり嘆いてみせる。そのコミカルな動作に、場の空気が明るくなるのを感じた。


「でも、それ以上に気を付けないといけないことがあるんだ」

「それって?」


 僕は、疑問の声を上げたルイーゼの瞳を見つめて真摯に答える。おそらく、一番大変なのはパーティの盾である彼女だろうから……。


「色違いモンスターは、通常のモンスターの倍は強いって言われてるんだ。ダンジョンのボスより強い色違いなんかも居るって聞くし、油断はできないよ」

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