第31話 コボルト洞窟
レベル3ダンジョン『コボルト洞窟』は、王都にほど近いところにあるオーソドックスな洞窟型ダンジョンだ。大きく3つの階層に分かれていて、上層はダンジョンレベル1相当、中層はダンジョンレベル2相当、下層はダンジョンレベル3相当になっているのが特徴だ。
その特徴から、冒険者ギルドの認定レベル3への登竜門として挑む冒険者の多いダンジョンとなっている。
「いやいやいや、多いって言っても限度があるでしょ!? なによこれ!? 行く先々に冒険者が居るんですけど!?」
ルイーゼの言う通り、もうダンジョンに潜ってけっこう経つのに、空いているスペースが見つからないほど冒険者が点在していた。彼らのほとんどは、僕たちと同じく、新品の装備を身に着けた新人冒険者だ。日帰りできるほど王都に近いレベル1ダンジョンなので、新人冒険者に人気のダンジョンなのだ。
「ドロップアイテムも悪くないからね。新人冒険者は、コボルトより始めよなんて言葉があるくらいだし」
ここ『コボルト洞窟』のモンスター、コボルトのドロップアイテムは、鉱石だ。錫や鉛、亜鉛や銅、滅多にないが銀までドロップする。
王都に近いという立地の良さだけならば、他にも多くのレベル1ダンジョンは存在する。しかし、その中でも稼げるダンジョンとなると一気にその数を減らす。ここ『コボルト洞窟』と、先日行った『ゴブリンの巣窟』くらいだろう。
『ゴブリンの巣窟』は、鉄くずや鉄鉱石など、主に鉄で安定した収益が見込めるダンジョンだ。それに対して『コボルト洞窟』は、銅や銀などの貴金属もドロップするが、それらのドロップ率は低く安定性に欠ける。しかし、運よく当たった時の収益は『コボルト洞窟』の方が大きい。
冒険者なんてギャンブルみたいな生き方を選択した輩はやっぱりギャンブル好きなのか、『ゴブリンの巣窟』より『コボルト洞窟』の方が人気があったりする。
と、その時、僕たちの行く手を遮るように空間が歪む。
「あれは……」
空間の歪みから、まるで空気から滲み出るように現れたのは、2つの三角形の耳に、突き出たマズルを持つ、二足歩行の黒い中型犬のような容姿。コボルトだ。コボルトがポップした。
「コボルト!みなさ……」
「はぁああああああああ!」
ラインハルトの号令を突き破るような雄叫びが響く。ポップしたコボルトの向こうから走って現れたのは、白地に青のラインが入った修道服に身を包んだ男だ。
「ふんっ!」
男がコボルトを背後から杖で殴る。と同時に、踵を返して走り出す。
「釣ったぞぉおおおお!」
「ナイス!」
「ナイス根性!」
「よくやった!」
男の声に、周囲に散らばっていた男たちがわらわらと集まってくると、コボルトをタコ殴りにして、すぐに倒してしまった。
「おつかれー」
「んじゃ、また」
コボルトを倒すと、また散開する男たち。
「あれは……何…?」
イザベルが目を丸くして呟く。普段大人っぽいイザベルだけど、なんだか幼い子どもみたいな表情だ。かわいい。
「あれは、釣りだね」
「釣り? 釣りって、あーしがやってる釣り? ヒーラーが釣り…?」
僕は首を傾げるマルギットに頷いて応える。
「そうだよ。パーティメンバー全員で釣りをやってるんだ。そうしないと、なかなかモンスターを釣れないんだよ」
レベル1相当の弱いモンスター相手だからこそできる荒業である。
モンスターがポップした瞬間に釣られ、間もなく倒されるほど、過剰な数の冒険者がここには集結している。
「多いとは聞いていましたが、まさかこれほど多いとは……さすがは定番と云われるだけはありますね」
人の多さにラインハルトも驚いている。
「皆さん、【勇者】アンナにあやかりたいのでしょうね」
「ん?」
ラインハルトの言葉に疑問を覚える。アンナにあやかるってどういうこと?
「【勇者】アンナの冒険譚は、ここ『コボルト洞窟』より始まるんですよ」
コボルトたちをバッサバッサと薙ぎ倒し、瞬く間に認定レベル3まで駆け上がり、その後も次々と難関ダンジョンの攻略したり、数々の偉業を為した【勇者】アンナは、新人冒険者たちの憧れの的らしい。そんな【勇者】アンナにあやかろうと、彼女の伝説の始まりの地である『コボルト洞窟』に挑戦する新人冒険者が多いようだ。というか、多過ぎる。
「アンナは『ゴブリンの巣窟』にも行ってるんだけど、あっちはあんまり混んでなかったよね?」
「そちらの話はあまり有名ではないので。それに、やはり初挑戦でレベル3ダンジョンを完全攻略したという方がインパクトが強いからではないですか?」
たしかに、レベル1ダンジョンを攻略したよりもレベル3ダンジョンを攻略した方が話題性もあるね。それにしても、アンナにはこれほどまでに影響力があるのか……。ちょっと怖いものを感じるな。
「上層はどこもいっぱいですね。中層に降りてみますか?」
「もちろんよ! 今日はそのために来たんだもの!」
ラインハルトの問いにルイーゼが元気いっぱいに答える。
「さあ、みんな!中層に行くわよー!」
「「「「「おー!」」」」」
僕は、今度は遅れずに「おー!」と言えたことに満足感を覚えるのだった。
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