第20話 失墜
いやー、けっこう持ってるものだね。僕はミスリル貨を親指で上方に弾くと、ミスリル貨はキーンッと涼やかな音を立てて跳び、くるくると回転しながら落ちてくる。窓から入る光を受けて虹色に輝く様は、とても幻想的で美しい。落ちてきたミスリル貨を右手で受け止めると、ひんやりと冷たく硬質な金属らしさと、その見た目を裏切るまるで羽のような軽さを感じた。
アレクサンダーたち『極致の魔剣』は、全部で23枚ものミスリル貨を持っていた。アレクサンダーたちが熱心に収集していることは知っていたけど、まさか23枚も持ってるなんて思わなかったな。23枚のミスリル貨は今、その全てが僕の手の内だ。アレクサンダーたちは、大した抵抗も見せず、僕の言葉に唯々諾々と情報料としてミスリル貨を僕に差し出した。余程僕の持つ情報が欲しいみたいだ。
まぁそれはそうだろう。彼ら『極致の魔剣』にとって、勇者の存在は必要不可欠なものだ。『極致の魔剣』は勇者を擁するから一線級の冒険者パーティでいられるのだ。勇者の居ない『極致の魔剣』なんて、せいぜい二線級、下手をすればそれ以下の存在でしかない。『極致の魔剣』は、勇者1人の力に頼っているパーティなのだ。その勇者の不調。治せるものなら治したいだろうし、そのための情報があるのなら喉から手が出るほど欲しいに違いない。
「これで満足したかね?さあ、君の知っている情報を聞こうか」
呆れを含んだアレクサンダーの言葉に、『極致の魔剣』の面々の視線が僕に突き刺さる。その顔は、敵意を感じるほど真剣そのものだ。
「クルト、君はアンナの不調の原因を知っていると言ったね。なぜ知っているのかは、今は置いておこう。君の知っていることを話してもらおうか」
「うーん……」
僕はちょっと迷う。ここで嘘の情報を流して『極致の魔剣』を踊らせるのも楽しそうだけど……でも、やっぱり真実を知って絶望してもらった方がいいかな。だって真実が一番救いが無いのだから。
「まずさ、不調って誤魔化すの止めない?アンナは【勇者】のギフトを失ったんだよ」
「「!?」」
僕の言葉に驚いた様子を見せたのがアレクサンダーとアンナ。ルドルフとフィリップの2人は、何を言っているのか分からないと疑問の表情を浮かべている。どうやらアレクサンダーとアンナは、ルドルフとフィリップにそこまで話していなかったみたいだ。いつものように調子が悪いとだけしか知らせていなかったのかな。
「てめぇは何を言ってんだ?」
フィリップの言葉にルドルフが頷く。2人は、まるで僕が嘘を吐いているかのように僕を責めるような視線を送ってくる。まぁ2人の気持ちも分からなくもない。ギフトは神様からの賜りもの。神様は余程心が広いのか、ギフトを失ったなんて話は聞いたことが無いからね。
「僕じゃなくてアンナに訊いてみなよ。今回は、今までの不調とはわけが違う。アンナは【勇者】のギフトを失ったんだ。今のアンナはもう【勇者】じゃない。【勇者】の力を何1つ使えない、か弱い存在でしかないよ」
僕があまりに自信たっぷりに言うからか、ルドルフとフィリップが顔を見合わせて、その視線がアンナへと向く。
「アンナ、本当なのか?」
「その……」
ルドルフの問いに言葉を詰まらせるアンナ。それを援護するようにアレクサンダーが口を開く。
「今回の不調が、今までに無いほど深刻なものであることは事実だが、ギフトを失うなんてことがあるはずが……」
「失ったんだよ。僕を疑うのなら、教会に鑑定してもらうといいよ」
僕はアレクサンダーの言葉を遮って断言する。教会がギフトに関して、神様からの賜りものに関して嘘を言うはずがないからね。教会の言葉なら『極致の魔剣』の面々も信じる他無いだろう。
「なんで失ったなんて言い方するのよ。それじゃあ、まるで……」
アンナが僕を睨みつつ、しかし、怯えを含んだ震えた声で言う。実際に【勇者】だったアンナには、何か予感のようなものを感じられるのかもしれない。
「そうだよ。失ったものは、もう元には戻らないんだ。アンナが【勇者】になることは、もう無いよ」
「あ、ア、あぁ…!」
僕が断言すると、アンナがおかしな声を上げて首をゆっくり横に振る。そして、もうこれ以上聞きたくないと言わんばかりに両手で耳を押さえ込んだ。
「イヤよ、イヤイヤ!なんであなたがそんなに自信満々なのよ?!いつも通り、また元に戻るかもしれないじゃない!」
まるで駄々っ子のように嫌々と首を振るアンナの姿に呆れてしまう。これが今まで【勇者】だったのかと思うと、なんだか神様に申し訳ない気持ちまでしてくる始末だ。
アレクサンダーたちはアンナの急変に言葉も無い感じだね。アンナの態度が、事態の深刻さをそのまま物語っていると言ってもいいんじゃないかな。
「なんで……ね」
アンナも不思議に思っているし、ここで結論を言ってしまおうかな。
「それはね、【勇者】を決めるのは僕だからだよ」
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