29 婚約者候補のお茶会

「素敵です! お嬢様!」


「本当ね。あたしの見立てのお陰だわ!」


「ふふっ、二人ともありがとう」



 今日はレイモンド王太子殿下から公式に招待をされたお茶会だ。なんでも彼の婚約者候補の令嬢たちが集められるらしい。

 その中になぜわたしも含まれているかというと、未来のアングラレス王妃なので未来のローラント王妃となるかもしれない令嬢たちと是非交流を結んで欲しい……という理由だった。


 実はそれは表向きの理由で、わたしが意気消沈としているから気晴らしに同じ年頃の令嬢たちとお喋りをしたり甘いものを食べたりして元気を出して欲しい……って、レイが気を遣ってくれたみたい。

 先日、大使館に商談で来訪したリヨネー伯爵令息が言っていたわ。 王宮のパティシエが作るお菓子は格別で令嬢たちに人気みたいだから、ちょっと楽しみ。


 今日はガブリエラさんと王都のブティックにショッピングへ行ったときに購入したドレスを身に纏った。

 コバルトブルーを基調にしたドレスはシンプルなAラインで、露出は控えめだけどデコルテのレースにキラリとビーズが光って、地味すぎず上品な印象だった。


 本当は赤いドレスにしたかったのだけれど、赤は王太子殿下の瞳を連想させるのでさすがに余計な憶測を招いたら不味いからってアンナに言われたので、今回は青にした。


 こうして、わたしは侍女のアンナと付添人のガブリエラさんとともに王宮へと向かったのだった。

 行事とはいえ、こうやって気の置けない仲の二人と出掛けるのは正直楽しかった。馬車の中でも、わたしたちのお喋りは止まらなかったわ。



 本日のお茶会は王宮にある王妃殿下の庭園の一角で執り行われるようだ。

 奥に王太子殿下の席が設けてあって、手前には令嬢たちが座る円卓が並べられてあった。全てのテーブルに王太子殿下が順繰りに回るそうだ。


 王太子も大変よね……って、たしかレイは殿方が好きなのよね?

 王族の責務とは言え、男色なのに好きでもない異性の令嬢と結婚させられるのはやっぱり同情するわ。正妃を娶ったら、愛妾として件の若い騎士を囲うのかしら?

 彼も本当に愛する人と結ばれるといいわね……。


 そのとき、にわかに胸にズキリと痛みが走った。なんだか棘が刺さったような鋭利な痛みだ。

 ……なにかの病気かしら? 最近ずっと悩んでいるからストレス? 帰ったら医者に診てもらわなくちゃ。




 わたしは案内された席に腰掛けて、近くの令嬢たちとしばしの歓談をする。皆さん、今日という日を待ちに待っていたみたいで、ドレスもヘアメイクもとっても気合を入れているようだわ。

 わたしも彼女たちを参考にして、いろんなスタイルを冒険してみようかしら? レイたちもローラントにいる間だけでも好きにしたら、って言っていることだし。あとでガブリエラさんとアンナに相談してみましょう。




 ざわついていた令嬢たちが水を打ったように静まり返る。いよいよ王太子殿下の登場だ。


「皆、今日は僕のためにわざわざ集まってくれてありがとう。王宮のパティシエが作った自慢の菓子をたくさん用意したので存分に楽しんでくれたまえ」と、レイの声が朗々と会場内に響く。


 真面目に王太子殿下をやっている彼の姿を見るのはちょっと可笑しくて、思わずくすりと笑ってしまった。


 そのとき、ふとレイと目が合った。刹那、ドキリと心臓が飛び跳ねる。彼の瞳と視線が合った瞬間に、わたしはヴェルの言葉を思い出してしまったのだ。

 お、落ち着くのよ、オディール。あれはきっと社交辞令。事前にわたしの情報を入手していた彼が同情して励ましてくれただけなのよ……!








「やぁ、オディール嬢。久し振りだな」


「ご機嫌よう、王太子殿下。本日はお招きくださり、ありがとうございます」と、わたしはカーテシーをした。


 王太子殿下は一通りテーブルを回ったので、今は立食形式の自由に動き回っていい時間だった。

 わたしはヴェルの言葉を無理矢理頭の外に放り出して平静を装って彼と対峙する。

 考えないように、考えないように……。


「先日の夜会とは雰囲気が変わったな」と、レイはわたしのドレスをチラリと見やって言った。


「えぇ、お陰さまで。その節はアドバイスありがとうございました」


「いやいや、ちょっとお節介だったね。今日のドレスは、とっても似合っているよ。……綺麗だ」


「っ……!」


 にわかにヴェルの言葉が脳内に響き渡った。抑え込めようとしても、どんどん溢れ出てくる。


 わたしは顔を上気させながら、


「そっ、それは恐れ多いことですわ……殿下」と、頭を下げる他なかった。


 動揺が隠せない。もうっ、またからかっているの? これ以上わたしの心を乱さないだいただきたいわ……。



 そうしている内にレイはローラント王国の令嬢たちにあっという間に囲まれて、彼とはこれ以上会話ができそうになかったので、わたしはそっと離れた。ドキドキが収まらなかったので、お誂え向きのタイミングだったわ。


 そのあとは他の令嬢やルーセル公爵令息と話したり……と言っても彼の場合はほとんどレイの愚痴だったけど……のんびりした時間を過ごしていたのだけれど、ふと、違和感を覚えた。



「異物」だ。

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