28 真実
レイから受け取った調査書の内容は、悲しいことにおおむね予想通りだった。
アンドレイ様はフロールという偽名を使って違法に手に入れた美術品の売買、絵画の贋作の斡旋、美術品による資金洗浄……果ては異教とされる悪魔崇拝の秘密結社との関わりを持っていた。それは大陸中に普及している聖ロクス教のアンチ組織で、奴隷の売買など黒い噂が耐えない宗教だった。
昔から極端に美しい物がお好きな方だったけど、まさかここまでとは……と、わたしは愕然とした。
そして、シモーヌ・ナージャ子爵令嬢との関係。
こちらも勿論クロだった。彼らはわたしの目を盗んで、かなり深い交際をしているようだった。
アンドレイ様は彼女にとってもご執心なようで、本来なら婚約者に充てる予算も全て子爵令嬢につぎ込んでいたみたいだ。
それだけでなく、国庫からもプレゼント代を拝借しているらしい。そして彼女の実家のナージャ家にも秘密裏に便宜を図っていた。
レイはわたしに選択肢を与えてくれた。
このまま見ない振りをして現状維持か、或いは未来を変えるのか……。
わたしの心はまだ宙を彷徨っていた。
仮にこのままアンドレイ様と結婚してどうするの? 彼の犯罪行為に目を瞑るつもり? 王になる人物の不正を許すの? そんな汚い人間とともに国家を運営できるの?
仮に彼を嵌めて婚約破棄をして、そのあとは? わたしにの足元には王妃になる道しか敷かれていない。そういう風に育てられたから、それ以外の道が分からない。築かれた道が瓦解したら? それからはどうやって生きていくの?
わたしはこれまで、自分で物事を決めたことなんて一度もなかった。いつも、両親やアンドレイ様が用意したものをただなぞっているだけ。そこに感情なんて乗っていない。
だから、自身で進むべき道を選択して一人で歩いて行くという行為に……とてつもない恐怖を感じたのだ。
「オディール オディール」
そよ風とともに窓からヴェルが舞い降りて来る。沈んだ心に鮮やかなエメラルドグリーンが生気を運んでくれたようだった。彼のつぶらな瞳を見ると、つい顔が綻ぶ。
「また親切な方に遊んでいただいたの?」
わたしはヴェルに付いている葉っぱを外しながら丁寧に体を撫でた。彼は気持ち良さそうに喉を鳴らす。
そのとき――、
「あら?」
ふと、ヴェルの足首に結んである紙切れに気が付いた。薄くて真っ白い便箋が括り付けてある。
これは、もしかして親切な方からのお便り?
わたしは彼の足を傷付けないように、そっと便箋を取り除いた。
ドキドキしながら手紙を広げる。
そこには――……、
◇ ◇ ◇
やぁ、オディール嬢
元気にしてるかい?
大使館経由で君にお茶会の招待状を出したから、是非王宮に遊びに来てくれ
レイモンドより
追伸 今度この鳥の名前を教えてくれないか
◇ ◇ ◇
「なっ……なっ……!?」
虚を衝かれたわたしは仰天して、手元からハラリと手紙を落とした。
まさか、まさか……!
ヴェルと遊んでくださっていた親切な方が――レイだったなんて!
またやられたわ!
「オディール・ジャニーヌ ハ スゴクカワイイコ ソレダケガトリエサ」
「えぇっ!?」
今度はヴェルが新たに覚えた言葉に驚愕して目を見張る。みるみる頬が熱くなった。
か、可愛い子って……。わたし、そんなのじゃないわ!
そのとき、わたしはある事実に気付く。途端に顔の熱気が最高潮になった。
ちょっと待って、
もしかして、ヴェルがローラント王国に来て覚えた新しい言葉って、全部――、
レイ、だったの……?
「えぇぇぇ…………」
頭部に集まっていた熱が堰を切ったように一気に全身に流れ出す。もうじき冬が来るのに、わたしの周囲だけ常夏に置いていかれたように燃えていた。
ヴェルの言葉が嫌でも頭を反芻する。
「真面目な努力家」も「とっても綺麗だった」も……「凄く可愛い子」も、レイが言ったということ、よね?
わたしのことを生まれて初めて褒めてくれたのも彼だったんだ……。
「っつつっっ…………!」
嬉しさと恥ずかしさと……いろんな気持ちがごちゃ混ぜになって、わたしは両手を頬に当てながらその場にうずくまる。
胸に早鐘が鳴っていた。ドキドキと全身が激しく脈打っている。身体が熱い。
頭の中にレイの顔が浮かんでは消え、消えては浮かんで、わたしははわはわと泡を食っていた。
彼は、わたしのことをそんな風に見ていてくれたのね。初めて「オディール」自身を認めてくれた人……。
どうしよう……次にレイと会うとき、どんな顔をすればいいの!?
今のままじゃ、まともに彼の顔を見られない……!
「オディール・ジャニーヌ ハ スゴクカワイイコ ソレダケガトリエサ」
「もう止めて! それ以上は心臓にっ……!」
「ピュ?」ヴェルはくるんと首を傾げる。「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「そうそう、それよ」
悲しい言葉なのに、今だけは楽になった気がした。
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