24 気付かない二人
◆ ◆ ◆
「いやぁ~、オディール嬢はとっても綺麗だったなぁ~」
レイモンドは上機嫌だった。
ついに念願だったオディール・ジャニーヌ侯爵令嬢との対面を果たしたのだ。
彼は長い間心待ちにしていた。早く本来の身分同士で彼女と相見えたい。そのときの彼女の驚くであろう顔をずっと見たかったのだ。
その願いがやっと叶ったものだから、歓喜に満ちていたのだった。
夜会が終わって執務室で残った仕事を片付けているこの瞬間も、彼はずっと今夜のオディールのことを側近に話していた。
「あれは可笑しかったなぁ。彼女の鳩が豆鉄砲を食ったような顔……ぷぷっ」
「あー、そうだな。お前のせいでオレは国王陛下から大目玉だったぜ」
フランソワがペンを走らせながら無表情で答える。国王は王太子が接見の場で吹き出したことを苦々しく思ったようで、「愚かな王太子を教育し直しておけ!」と、なぜか彼がお説教を受けたのだった。
「それは災難だったな。ま、頑張れ」
「誰のせいだと思ってるんだ!」と、フランソワは抗議するがレイモンドは聞いていなかった。
「次はどうやって驚かせてやろうかな……」彼は仕事そっちのけで頭の中はオディールのことでいっぱいだった。「あの鳥に手紙でも持たせるか……。いや、やっぱりあれかな? あれだよな!? 絶対あそこに来ると思うし」
「ガキか、お前は」
不意を突いてフランソワはレイモンドの頭を手刀打ちした。
「痛っ! なにするんだよ」と、レイモンドは頭を押さえながら側近を睨む。
「あのなぁ! 好きな女の子にいたずらをするのは5歳児のガキがやることなんだよ! 馬鹿じゃねぇの!」
「は……?」レイモンドは目をぱちくりさせる。「なにを言ってるんだ?」
「だから、お前の――」
「僕が令嬢なんか好きになるわけないだろう? おかしな奴だなぁ」
「えっ!?」
フランソワは目を剥いた。
まさか、この王太子は自覚がないのか……?
彼から見て、レイモンドがオディールに好意を寄せていることは火を見るよりも明らかだった。
あんなに令嬢と関わりを持たなかった王太子が、今では侯爵令嬢を追いかけている。これを恋慕と言わずになんと言おうか。
「じゅ……重症だ…………」と、フランソワはがっくりと項垂れる。
しかも、侯爵令嬢は隣国の王子の婚約者。
これから多くの問題が山積していくことだろう……。
◆ ◆ ◆
「オディール・ジャニーヌ ハ トッテモキレイダッタ ソレダケガトリエサ」
「どっ、どこで覚えたのよ、そんな言葉!!」
出し抜けに発したヴェルの新しい言葉にわたしは顔が真っ赤になって、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。気道に入った液体のせいでゲホゲホと咳き込んでしまう。
「お、お嬢様! 大丈夫ですか?」と、アンナがオロオロとわたしの背中をさすった。
「えぇ、大丈夫よ……。ヴェルが突拍子もないことを言うからびっくりしちゃった」
「きっと、どなたかがお嬢様のことを綺麗だって噂をしていたんでしょうね」
「オディール・ジャニーヌ ハ トッテモキレイダッタ ソレダケガトリエサ」
「そんな……あり得ないわ」
そわそわと身体がむず痒くなった。わたしなんかの容姿を褒めてくれている人がいるなんて……信じられないわ。
「あ……」
ふと、思い出す。唯一、心当たりのある人物を。夜会のときに綺麗だって言ってくれた――、
レイモンド王太子殿下……?
「まさかね」
わたしはあり得ない考えを頭から振り払う。
きっと、あの晩は貧しい少年から令嬢の姿へ脱皮するみたいに変わったから驚いただけよ。綺麗なんて社交辞令だわ。彼は軽い人だしね。だから、真に受けちゃ駄目。
「オディール・ジャニーヌ ハ トッテモコウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「もうっ、また変な言葉になっているわよ」
「ヴェルは一体どこに遊びに行っているんでしょうね? それに心なしか、ちょっとぷっくりしたような」と、アンナが小首を傾げた。
「そうなのよねぇ」わたしは眉根を寄せる。「どこかで美味しい物でも戴いているのかしら?」
ヴェルは相変わらず大使館の外まで飛んで行っているようだった。どなたかにご迷惑をお掛けしていなければいいのだけれど……。
彼に餌を与えてたり遊んでくださっている優しい方に、いつかはお礼が出来ればと思う。
今度、足にご挨拶の手紙を取り付けてみようかしら?
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