21 王宮の夜会へ

「あの……お嬢様、本当にこのドレスで宜しいのですか?」


 夜会用のドレスのリボンを結びながらアンナが眉根を下げた。

 彼女はローラント王国におけるわたしの侍女だ。アンドレイ様の極秘任務につき、侍女やメイドを一人も連れてこなかったわたしにスカイヨン伯爵が専属の侍女を付けてくれたのだ。


 アンナはわたしより一つ年下の子爵令嬢で、とっても話しやすくていい子なんだけど、ミーハーでそそっかしくて……一緒にいてこちらまで気持ちが明るくなるような楽しい子だ。


「えっ、変かしら?」


「い、いえ! 変じゃないです! とっても素敵です! ですが、その……」と、彼女はもの言いたげな視線をわたしに向けた。


「あら、遠慮しないでいいのよ。わたしたちの仲じゃない」


「で、では……忌憚のない意見を申し上げます」


「どうぞ」


 アンナはにわかに真剣な眼差しになって、


「お嬢様にはもっと大人びて洗練されたデザインのドレスのほうが似合うと思うんです!」


「…………!」


 わたしは目を見張った。そんなことを言われたのは初めてだったから。

 侯爵家の侍女たちはただ黙々と仕事をこなすだけで、装いに対するアドバイスなんて一度もくれたことはない。


「あっ、あの、違うんです! お気を悪くさせたらすみません! ただ、お嬢様は可愛いよりクールなお顔立ちなので、濃いめの色にシャープなデザインのほうが引き立つと思って……」


 アンナは慌てふためいて、ペコペコと頭を下げる。


「別に構わないわ。正直に言ってくれてありがとう。実は言うと……わたしもこういった色やデザインはあまり好みではないの」と、わたしは肩をすくめた。


「えっ? じゃあ、どうして……?」


「…………」わたしは少し黙り込んだあと「婚約者の王子殿下がこういう甘めのスタイルが好きなの」


 今日のドレスはアンドレイ様の瞳の色と同じライトブルーで、たっぷりのギャザーとリボンがあしらわれたものだった。

 彼はシンプルなものより華やかなものが好きだった。ただの直線より流線型を好み、植物モチーフや女性のドレスもゴテゴテと飾り付けられた華美なデザインのものを好んだ。そして可愛いものも。


 わたしは自分でドレスを決めたことが一度もない。気が付けば、お母様や侯爵家の者たちがアンドレイ様が好むデザインのドレスを用意していたのだ。

 それが普通だと思っていたし、わたしにとって当たり前のことだったから、自身が似合うドレスなんてこれまで考えたこともなかったわ。


 アンナは悲しげな表情を浮かべて、


「そんなのって……」


「ドレスはこういったデザインのものしか持っていないのよ。折角アドバイスをくれたのにごめんなさいね」


「そうですか……。あっ、でも、ローラントにいる間くらいはお嬢様の好きなデザインのドレスを着たらいかがですか? ここなら王子殿下の目もありませんし」


「えっ?」


 わたしは目を丸くした。そんなこと、考えてもみなかったわ。

 たしかにアンドレイ様がいらっしゃらないから、彼の好みに合わせる必要はないのかもしれない。

 でも、婚約者として離れていても彼に対する忠誠を示さないといけないと思うし……。



 ――トン、トン。


 そのとき、部屋をノックする音が聞こえた。


「侯爵令嬢? 準備はできましたか? そろそろ出発しますよ」


 スカイヨン伯爵の声だ。


「馬車で待っていますね」


 今日は王宮で王妃殿下の誕生日パーティーが開かれる。

 わたしたち大使館に勤める貴族たちも招待状をいただいていた。今夜は伯爵のエスコートで参加することになっているのだ。


「あ、はい! 今参りますわ」


 わたしはスカイヨン伯爵のエスコートで馬車に乗って、王宮へと向かった。


 アンドレイ様以外の殿方にエスコートをされるのは初めてだった。

 わたしのことを引っ張ってくださる彼とは違って、スカイヨン伯爵はわたしのペースに合わせてくれる緩やかなエスコートだった。人によってやり方も異なるのね。

 いつもはアンドレイ様の動きを読んで動いていたけど、伯爵は逆にわたしの動きを尊重してくれて不思議な感覚だったわ。




「その……」


 乗車からしばらくして、伯爵が遠慮がちに口を開いた。


「どうかされました?」と、わたしは首を傾げる。


「いえ……その……女性に対して無礼を承知で申し上げますが……。そのドレスはあなたの好みで?」


 わたしははっとして彼を見た。


「やっぱり、変でしょうか? さきほどアンナからも言われたんです。もっと大人っぽいデザインのドレスを着たらどうか、って」


「いえ、変ではないのです。十分着こなしていると思います。ですが、私もアンナと同意見で、あなたをもっと魅力的に見せるようなドレスは他にあると思うのです。不躾なことを申し上げてすみません」


「そんな、どうぞお気になさらず。むしろ、はっきり言ってくださって感謝しますわ。わたしの持っているドレスは全てアンドレイ様の好みのデザインのもので、なにも考えずに着せ替え人形のように着用していただけですから。客観的な意見はとても参考になります」


「そうですか……。そうだ、今度の休日にでもドレスを買いに行ってはいかがですか? 王子殿下の目の届かないときくらい、あなたの好きな装いをしても良いと思うのです」


「ふふっ、アンナからも同じことを言われましたわ。そうですね、今度ガブリエラさんを誘ってショッピングに行こうかしら?」


「それはいい。彼女は王都のいい店を知っているはずです」


「はい。ガブリエラさんはお洒落ですからね。彼女からも是非アドバイスをいただきたいわ」




 そうこうしている内にローラント王国の王宮に着いた。荘厳な宮殿が馬車を迎える。豪奢だけど洗練された雰囲気の王宮は、アングラレス王国との国力の差を見せつけられているようだった。


 ついに今夜、わたしはレイモンド王太子殿下にお会いすることができる。やっとここまで辿り着いた。


 それまで鉱山やら軍隊やらで大変だったから、わたしは王太子殿下にお目にかかる前から既に達成感を味わっていた。

 ここで殿下と顔見知りになって親しくなれれば、アンドレイ様の求める情報を得られるわけだ。


 彼の犯罪疑惑などはひとまず置いておいて、今は戦争を回避するために情報を得るのが最優先だ。

 ……それが国民のためだと思うから。彼の意図は分からないけど、わたしの国を想う心は変わらないわ。


 問題はレイモンド王太子殿下に気に入られるか、よね。こればかりは正直自信がない。


 聞いた話によると、王太子殿下は競売会場に突撃した日、事後処理はそこそこにお気に入りの若い見習い騎士を執務室に連れて行って長い時間二人きりで過ごしていたようだ。しかも王太子殿下専用の馬車で、その騎士を家まで送り届けたんですって。


 まぁ、ただの噂だけど、こう似通った噂ばかりだとね……さすがに不安になるわ。






 パーティーの前に、まずは国王陛下及び王妃殿下、王太子殿下に挨拶をする。国内の高位貴族から始まって、わたしたち外国人は最後のほうだ。


 わたしは緊張と期待が綯い交ぜになって、そわそわと順番を待っていた。

 久し振りの夜会。しかも、王太子殿下との初対面。そして特命。

 順番が近付くにつれ、ドキドキと胸が高鳴った。



 そして、


「ガブリエル・スカイヨン伯爵、オディール・ジャニーヌ侯爵令嬢」


 いよいよわたしたちの番がやって来た。伯爵にエスコートをされ、王族方の前へ趣き、深々と頭を垂れる。

「おもてを上げよ」と、国王陛下のお声掛けでわたしは顔を上げて王族方を見た。



 次の瞬間、目を剥いて硬直する。




 わたしの目の前には…………なんと正装したレイが立っていたのだ。



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