17 軍隊生活③ 〜兵士の初任務〜
「お前たちの初任務が決定した」
教官からの告知に見習い兵士たちはどよめいた。軍隊に潜入してから早一ヶ月、ついに兵士として戦うときがやって来たのだ。
思わずぶるりと震えた。顔も自然と引き締まる。
これまで戦場とはかけ離れた貴族令嬢の世界に身を置いていたわたしが、槍を持って戦うのだ。
教官は兵士全員を見回してからおもむろにわたしに視線を移して、
「そう心配しなくとも大丈夫だ。今回の仕事はオディオでもできる簡単なものだ」
どっと笑い声がこだまする。わたしの顔が矢庭に真っ赤になった。
レイのお陰でとりあえず首は免除されたものの、わたしの成績は他を大きく引き離して最下位だったのだ。
「ぐっ……!」
壁際に寄りかかっていたレイに目をやると、可笑しそうにくつくつと笑っていた。そ……そんなに笑うことないじゃない!
「だが、これも大事な任務だ。気を抜かないで臨むように」
「「「「「了解!」」」」」
いつの間にかさっきまでのピリピリした緊張感は飛んで行って、兵士たちの士気は高まっていた。それぞれが闘志に燃えている様子だ。
わたしも足を引っ張らないように、頑張らなくちゃ!
今回の任務はいわゆる「見張り役」だ。
数日後、レイモンド王太子殿下直属の騎士団がとある場所に踏み込むことになっている。
それは、違法に入手をした骨董品や宝飾類などを競売にかけている現場だそうだ。なんでも国際的な犯罪組織が関わっているらしい。
そこで、わたしたち兵士が会場の周囲……と言っても現場からは結構離れているけどね……の見回りをして、怪しい人物がいないか探るのだ。そして見つけたら即、近くにいる騎士に通報。
実際に悪者をやっつけるのは騎士様ってわけ。
だから、ただの見張り役。つまるところ、槍を携えてぶらぶら歩くだけね。
それでも初めて与えられた任務なので、しっかりやらなくちゃ。
余裕があれば、王太子殿下の指揮する騎士団の戦う様子も見ておきましょう。きっと貴重な資料になるわ。
アンドレイ様に良い報告ができるといいけど……。
◆ ◆ ◆
レイモンドがオディールと再会する数日前のこと――、
「アンドレイ王子に恋人が?」
側近のフランソワからの報告にレイモンドは眉根を寄せる。
まさかというか、案の定というか……これまでのオディールの待遇を見ると頷ける理由だ。
「それでオディール嬢が邪魔になってうちに送ったのか? わざわざ王妃教育の一環だと嘘をついて?」
レイモンドは王子の不可解な行動に頭を捻った。
そんなことをして、一体なんになるのだ。一時的に婚約者を遠ざけたとしても、いずれは戻って来る。そうしたら二人の婚姻もすぐじゃないか。
「その理由が依然分からず……」と、フランソワは肩をすくめた。
「訳もなく婚約者を単独で他国へ寄越すはずがないよな。おそらく婚約破棄をするために送ったのだろう。……となると、考え得るのはオディール嬢の不貞を訴えるのが一番現実的か? 全く、酷い王子だな」
レイモンドはアンドレイに激しい嫌悪を覚えた。あんなに純粋で、一生懸命頑張っている婚約者に対して外道の仕打ち。許されることではないと思った。
フランソワはため息をついて、
「おまけに婚約者を使って諜報活動をさせて戦争の準備とは……。意外に用意周到ですね」
アンドレイ・アングラレス王子の評判は良くはないが悪くもなかった。
特に怜悧などと評されることもなく、並の王族で並の能力、公務は一通りこなすが若者らしくそれなりに遊んでいる――凡庸な、普通の王子だ。
レイモンドには一つ引っ掛かることがあった。
果たして、オディールは王子が戦争を計画していることを知っているのだろうか。
彼女の性格ならば、無用な戦は絶対に反対するはずだと思った。
だが、今の彼女は王子の起こす戦争のサポートをしていると言っても過言でもない。そんな血生臭いこと、優しい彼女が喜々として手伝うだろうか。
他にも疑問点はある。
王子の未来の花嫁に対する冷淡な仕打ち。あの鮮やかな鳥の「侯爵令嬢、それだけが取り柄」という言葉が頭から離れなかった。
フランソワはあの鳥は人間が何度も繰り返す言葉を自然と覚えると言っていた。
彼女は、王子以外の家族や周囲の人間からも、ずっと冷遇され続けているのではないだろうか。最早それが当たり前になって不遇を受けていること自体に気付いていないのでは?
考えれば考えるほど、彼の中に怒りの感情がめらめらと燃え盛るように湧き上がっていった。
「オディール嬢の警備の強化を。絶対に暴漢に襲われるような事態に陥らないように。我が国でそのような惨事が起こったら、国際問題に発展するかもしれないからな。……それと、王子の周辺の調査も引き続き怠りなく頼む。同時にあちらさんの戦備の進捗状況も調べろ」
「御意」
「僕も彼女を観察に行ってくる。今は軍隊にいるんだってな」
「おい」
フランソワは立ち上がろうとする親友の肩を掴んで、強引に座らせた。
「なにするんだよ」と、レイモンドは口を尖らせる。
「お前は王太子の仕事をしろ!」
「友人が一人で頑張っているんだ。友として力になりたいだろ」
「友人の前に、お前は王太子だ。権力者として責任を果たせ」
「今日の分はもう終わった」
「はぁっ!?」
フランソワが目を剥いて書類を確認すると、本当に本日分の仕事は見事に終わらせていた。
「じゃ、そういうことで」
レイモンドはいつの間にか部屋の扉の向こうからヒラヒラと手を振っていた。
「お、おい――」
フランソワが止める間もなく、彼は去って行った。
「困ったな……」と、フランソワはがっくりと項垂れた。
レイモンドは確実に侯爵令嬢に惹かれ始めている。それこそ下手をすれば国際問題に発展しかねない由々しき事態だ。
だが、仮に侯爵令嬢と愛し合うような状況になったら、彼のトラウマは克服されるかもしれない。
友人として、彼には過去を乗り越えて前向きに生きて欲しいし、愛する女性と結ばれて欲しい。
臣下としては…………頼むからこれ以上面倒な揉め事を起こさないでくれっ!!
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