その出会いは呪われている2

 シャノンが連行されたのは、ついさっきまでいたはずの魔術師協会本部だった。

 正面玄関ではなく、職員用の裏口から応接室のような部屋にとおされる。

 その間も廊下ですれ違う魔術師たちが何事かという眼差しで連行されるシャノンを見送った。

 応接室のソファに無理矢理沈められるように座らされたシャノンだが、いきなり牢屋行きという展開ではなかったことに胸をなで下ろす。


「貴様の名は?」

「は、はい。えっと、シャノン・エイベルです」

「貴様! なぜ目をそらす? 何かやましいことでもあるのか?」


 シャノンの向かいに腰を下ろしたレイという名の男が眉間の皺をさらに深くし、問いつめる。


「いいいい、いえっ! 決してそのような……」

「私は目をそらした理由を聞いている!」

「こ、怖いからです! いきなりにらまれて」

「……は?」


 勢いに任せて本音を口にしたシャノンのことを、レイと呼ばれた男は眉間の皺をそのままに、口をぽかんと開いて見つめる。彼女の横で見張りとして立っていた軍人の一人が耐えきれずに噴き出す。

 黒髪で、どこかひょろひょろとした印象を与えるその軍人は、よく見るともう一人の軍人が着ている軍服よりも装飾が多い。二人の軍人のうち、黒髪のこの男が上司なのだとシャノンは理解した。


「くっ……ふふっ。レイ様、そのようにすごまれたらこの子が怖がって当たり前ですよ」

「ドミニク! 私は凄んでなどいない! ……そんなに怖い顔をしているのか? そのようなこと、誰からも言われたことがないが」

「高貴なお方にそのようなこと、普通は恐れ多くて口にいたしません」


 楽しそうなドミニクという名の軍人の言葉に、シャノンは冷や汗をかく。こんなに不機嫌な表情を浮かべているのに、現在に至るまで誰もそれを指摘できないくらい身分の高い人間だと言っているのだから。

 一方、レイと呼ばれた男性は何とか皺を伸ばそうと眉のあたりをピクピクと動かす。


「私はウィルフレッド・レイという。国に仕える魔術師で、ハーティア王立学園の教師をしている。無理やり連れて来たことは詫びよう。正体のわからない魔術を宿す貴様を放置するわけにはいかなかったのだ。別に怒っているわけではないから、話を聞かせてほしい」


 国に仕える魔術師で教師という身分が、誰も顔が怖いことを指摘できないほど高貴な身分であることにシャノンは驚いたが、ウィルフレッドに悪気がないことがわかりほっとする。

 眉間の皺はとれる見込みがないが、柔らかい口調を心がけようとしてくれているその態度は、シャノンの緊張を和らげた。


「それで、本題だが。貴様はその身におかしな魔術を抱えているようだが、どういうことか話を聞きたい」

「はい。……えっと、私は三ヶ月後に死ぬという呪いを背負っていまして、解呪する方法を探してこの街まで来ました」


 そしてシャノンは今までの出来事をウィルフレッドに打ち明けた。


***


 シャノンはチェルトンという東の国境付近にある村の出身だ。チェルトンは綿花の栽培とその加工を生業なりわいとする小さな村である。

 シャノンも村の加工場で機織りの職人として働いていた。

 今でこそ、ただの辺境の村にすぎないチェルトンだが、実はその昔、暗殺業を生業とする者が隠れ住む里だったらしい。

 百年も前に廃業しているので、もはや伝説のたぐいになっていて真偽のほどは確かではないが、政争で王都を追われた魔術師の末裔が闇の仕事を始めたのが村の起源だというのだ。

 それを証明するように、田舎にしては魔力の高い人間が多く存在していることは確かだが、今となっては村人にそんな自覚はほとんどない。資格を持っていないもぐりの自称魔術師は何人かいたが、正規の魔術師は一人しかいないようなごく普通の村だ。


 そんなチェルトンに、一つだけ暗殺者の隠れ里であった痕跡があるとすれば、決して入ってはならないと伝えられている森の奥深くにある禁域の洞窟の中にあるほこらだけだった。

 その洞窟には先祖が編み出した『呪い』が封じられている。呪いとは、魔術の中でも人に悪い影響を与えるものを特にそう呼ぶのだ。


「というわけで、うっかりその呪いに触れてしまった私は、あと二ヶ月と少しで死んでしまうそうなんです。なんとか解呪できないものかと有り金を全て持って、このサイアーズまで旅をして来ました」

「何が『というわけで』だ! 貴様、やってはいけないと言われていることをなぜする? それくらいはわかる年だろう?」

「ひっ、ごめんなさい!」

「……それで、その呪いとは具体的にどういったものなのか?」


 ウィルフレッドの問いかけに対して、シャノンは持っていた荷物の中をごそごそと漁る。かなり下のほうに入っているのか、まごまごと荷物の中をかき混ぜて、上の方に入れられていたものをそのあたりに広げ出す要領の悪さだ。それを見たウィルフレッドが眉間の皺を深くしていると、やっとのことで一冊の本が出てくる。


「これです! 村に伝わる魔術書なんですが……」

「見せてみろ」


 シャノンがおずおずと差し出したのは古い本だ。あまりいい装丁とはいえないボロボロの本には、チェルトンの暗殺者がかつて編み出したという魔術の数々が書かれている。そしてウィルフレッドは、一枚の紙切れが栞の代りに挟んであるページを開く。


「秘伝第十五番、呪いの接吻。女の間者に最適な暗殺用呪術…………これか?」

「はい! それです、それです!」


 その魔術書によれば「呪いの接吻」とは、あらかじめ呪いをその身に宿した状態の暗殺者が、標的にくちづけをすることで自身の呪いを相手に移すことができる、というものだと書かれている。移された者は三ヶ月ちょうどで心臓が止まり死に至る。手の甲に小さなあざができる、といった特徴が記されていた。


「これがその痣です」


 シャノンは手袋で隠していた左手の甲をウィルフレッドに向ける。そこに描かれていたのは円と線、そして文字から成る小さな痣だ。

 これは『陣』と呼ばれるもので、魔術を使うときに必ず必要になる設計図のようなものだ。シャノンを拘束したときにウィルフレッドが指先で描いていたものも『陣』だが、彼の場合は自らの魔力で空中にそれを描いていた。


「確かに、この魔術書と同じだな。それにしても、なんと厄介なものを持ち込んだのだ。たまたま私が視察にきていたからいいようなものを……。こんな危険人物を門前払いした協会の危機管理能力を私は疑う!」

「一定範囲内で使われている魔術を全て把握してしまうような超人は、魔術大国のハーティアでもレイ様しかいないでしょう?」


 ウィルフレッドとドミニクのやり取りを聞いて、この魔術師がハーティアでも指折りの実力者であることをシャノンは知る。正直にいえば、一定範囲内の魔術を全て把握できるという能力がどれほど凄いのか、魔術師ではない彼女にはいまいちピンと来ないのだが。


「それで、貴様はどうするつもりだったのだ?」

「えぇっと。サイアーズでは資金不足で解呪の相談ができませんでしたので、一泊して王都に行こうかと」

「王都で解呪の方法を探そうと?」

「いいえ? どうせ打つ手がないのならあと二ヶ月、豪遊して手持ちのお金を使いきってから死のうかと」


「…………」

「……感動するほど明るい後ろ向きですね」


「私、村から一度も出たことがないんですよ。出稼ぎで王都へ行ったことがある人もいて、その話を聞いたらどうせ死ぬなら一度見てみたいなーって」

「な・に・が『見てみたいなー』だ、たわけ者! 貴様のような歩き回る呪いなど、街中まちなかを自由に歩かせるわけがなかろう!」


 二人の間にあったローテーブルをドンと両手で強く叩いたウィルフレッドの瞳は血走っている。

 特に知りたいことでもないが、この人物が怒っているかどうかは眉間ではなく目の血走り具合で判断すればいいのだと、シャノンは理解する。

 ちなみに、現在は誰がどう見ても怒っている。


「でも、私は罪を犯したわけではないと思うんですが、それでも捕まっちゃうんですか?」

「捕らえるのではない。保護だ!」

「同じですよ!」


 シャノンはウィルフレッドをにらみ返す。王都でやりたいことがあるというのに保護という大義名分で自由を奪われたくない。彼女はそう思ったのだ。


「衣食住は保障しよう。それと安全対策が整えばある程度の自由も。――――解呪について、絶対の約束などはできないが私が試みよう」

「ちょっとレイ様、こちらには派閥とか管轄とかいろいろあるんですがね? まったく!」


 ウィルフレッドの勝手な発言にドミニクが焦った様子で口を挟む。


「それを何とかするのが貴様の仕事だろう? 家の名前を使ってどうにかすればいい」

「はぁ、もう! ……さてシャノンさん、よかったですね? この方はお世辞無しに国一番の魔術師ですから。ちなみに、断った場合は何らか・・・の罪状で即拘束、牢屋行きということになりますので」


 ドミニクの言葉は脅しだった。選択肢は一つしか用意されていないらしい。シャノンは小さな声で「よろしくお願いします」とつぶやいた。

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