第22話 どっちがいいですか?

◇◇◇◇


 おれとしてはその後、すぐにでも王都に取って返したかったのだけど、患者の様子や申し送り、食材の調理方法などヴァンデルとマーダー卿が次から次へとシトエン嬢に尋ねるもんだから……。


 また、シトエン嬢もそれに丁寧に対応するんだもんなぁ。


 患者の食事は事細かく指示し、食べた量まで全部記録して把握。なんなら、おしっこの量まではかると言いだした。


 毎日患者のことばかり考えているのに、自分のごはんなんて、パンに野菜とチーズを挟んだものを紅茶やコーヒーで流し込むスタイルで、野戦場か、ここはとつっこみたかった。伯爵領で、おれは王子だぞ、と。この女性はその妃になるんだぞ、と。


 だけど、シトエン嬢は文句も言わず、患者のために食材を選び、隔離施設を闊歩し、ひたすら指示した。


 おれはというと、その後ろを付き従い、不埒な男がいてシトエン嬢を触ろうとすれば蹴り、シトエン嬢に移動が必要になったら馬に乗せ……。


 まあ、ちょっとしたおつきの者状態だった。


 夜は寝る時だけ解放され、寝室につくや否や、互いにベッドにばたん。

 気づいたら、ドアノックで起こされ、またもやスープとパンを胃に流し込んで、隔離施設に移動。


 そんな生活を五日ほど過ごし、入所者に改善の兆しが見え始めたところで、ようやく解放されることになった。


 回復したリーゴがおれに会いに来て、改めて深々と頭を下げ、「王子様とは知らず」というから、「よせよ」と肩を小突いてやった。


「王国のために一生懸命やります」と、肩ひじ張るから、「お互い、嫁さんを大事にしようぜ」と言って別れた。


 そうして。

 おれたちは一路、王都を目指そうとしたんだけど……。


 それじゃあ、ぼくの気が済まん、とヴァンデルが、ごねるごねる。


 なにか礼をさせてくれ、せめてなにか贈らせてくれ。そうじゃないと領内を出さん、とか言いだし……。


 おれはやつの喉笛を切り裂いて、さっさと領を出ようと目論んだのだけど、シトエン嬢が、おずおずとおれに申し出た。


『実は、気になるお店があるんです』と。


 ならば、寄らねばならん!! 

 女性が気になる店!!

 それは立ち寄ることが必然である!!


 ということで。

 おれとヴァンデル。シトエン嬢の三人で、ガラス工房にいた。


「こんなの、お前おれにくれたか?」


 おれは陳列されたグラスのひとつを手に取り、ヴァンデルに尋ねる。


 ガラスの中に気泡がぽこぽこ入ったやつで、水色がふわーっと流れている。なんか、波間に似ているが、気泡が入っている段階で失敗じゃないか、と思う。まあ、違うんだろう。商品なんだから。


 てっきり食器ばっかりあるのかとおもったら、なぞの芸術品っぽいものとか、アクセサリーなども並んでいた。


 店自体はそんなに大きくなく、平屋なんだが、値段はかなり張る。たぶん、庶民向けではないんだろうな、と店員の服装を見ても思った。


「あげたって。ちゃんと婚約祝いの品にいれた。おまえ、本当に見てないんだな。失礼なやろうだぜ」


 ふん、とヴァンデルが腕を組んで鼻を鳴らす。


 なにが失礼か。


 くじらの骨だのなんかわからん岩だのを贈りおって。おまけにお前、おれの祝いは口実で、実は医者を探しに来ていたくせに。


 まったく、とため息をつく。

 おれは途中で祝いの品を見るのをやめたが、シトエン嬢は最後まで箱を開き、ちゃんと覚えていたらしい。


 その中で、ガラス細工の素敵な……、素敵な、なんだったかな。なんかをとにかく目にしたらしい。


 で。

 そのお店を見て、出来れば気に入った商品を買って帰りたいのだそうだ。


『王妃さまと、王太子妃さまには、本当に良くしていただいているんです』


 てっきり自分用なのかとおもったら、母上と義姉あね上にらしい。


 彼女は今、ティーセットを熱心に見ている。今から夏だ。あんな透明なカップとソーサーでお茶を飲めば、確かに涼し気でいいかもしれない。


「支払いはうちで持つぞ」


 店員からの説明を熱心に聞いているシトエン嬢を見ていたら、ヴァンデルが耳元で囁く。


 気持ち悪いんだよ、お前は。

 息が耳に息がかかるだろうがっ。


「いや。そこまでしてもらわなくていい。ほんと、警備は全部面倒見てもらっているわけだし」

 

 おれは、ぐい、とあいつを突き放す。


「そんなの当然だろう。ぼくが呼んだんだから。うちの領内だけでもせめてのことだ」


 奴は顔をしかめるが、それでも結構なもんだ。

 おれが、シトエン嬢の警備のことでぴりぴりしているもんだから、あいつの親衛隊だの精鋭部隊だのを、ずっと護衛で張り付きにしてくれている。


 今だって、この店は貸し切りだし、シーン伯爵領を出るまでは、この警戒態勢を解くつもりはないらしい。


 素直にこれは嬉しい。おれの手勢がその間休めるしな。


「では、こちらをお包みします」


 店員の声が聞こえた。

 シトエン嬢がうなずき、イートンに目配せをする。壁際で待機していた彼女が鞄を持って近づくから、今度はおれが慌てた。


「いや、支払いはおれがまとめて……」

「なにをおっしゃいます。それでは、わたしからの贈り物にはならないではありませんか」


 くすくすと笑ってシトエン嬢が言うので、どうしたもんかとまごまごしていたら、ヴァンデルがおれを指をさした。


「それでは、ご自身のアクセサリーをこの男に買ってもらったらどうですか?」


 おお、お前、いいこと言うな!


「いえ……、そんな」

 今度はシトエン嬢が動揺するが、おれはがくがくと首を縦に振る。


「ぜひ、プレゼントさせてください!!!!」

「まあ、ここはこいつを立ててやって」


 ヴァンデル、ナイスアシストだ。

 どうした、お前。なにがあった。


 支払いを終えたらしいイートンもにこにこ笑って、シトエン嬢に「甘えられては?」と言ってくれたおかげで、シトエン嬢は、ちょっとおっかなびっくりの顔で「じゃあ」と、店員に連れられてアクセサリーのコーナーに移動する。


 おれもヴァンデルと一緒について歩き、彼女がいろいろと選ぶ様子を眺めた。


 いままで、女性の買い物に同行することなんかないから、新鮮だ。

 時折店員に話を聞きながら、ああでもない、こうでもないと品を定めている。


 おれは結構そんなシトエン嬢を見ているのが楽しいが、ヴァンデルはだんだんつまらなくなってきたらしい。ちらちらと窓の外を眺めたり、欠伸を噛み殺したりしていた。


「サリュ王子」

 いきなりシトエン嬢に指名され、なんだろうと近づく。


「こちらの商品、色違いなんだそうです」


 彼女が右手に持っているのは、黄色のイヤリングだ。

 左手に持っているのは、青色のイヤリング。


 飾りの硝子が雫型になっていて、これまた中に気泡が入っている。黄色は、大きめのものがひとつ。青色は、小さめのがたくさん。


 店員はその隣でにこにこしている。


「どちらもお若い女性に人気の商品でございます」

「どちらがいいと思います?」


 シトエン嬢が小首を傾げる。


「は? え。おれに尋ねているんですか」


 思わず自分を指さした。


「ええ。どう思われます?」

 再度言われて、おれは唸った。


 唸りに唸った。

 腕を組み、何度も見比べ、シトエン嬢本体も、じっと見る。


 そこからが長かった。

 自分でも長かった、と思うぐらいだから、他人はもっとだろう。おれが一時停止したのかと感じたかもしれない。


 もう、背後でヴァンデルがうんざりしているのが相当重圧だったが、だったらどうして、「アクセサリーを買ってもらえ」とか言った。


 そんなことを言うから、おれはこんなことに……。


 は……っ。

 あいつ、おれを最初からこの地獄に突き落とそうと……っ!?


「……あの、どういったところで悩まれていますか?」


 十五分以上ああでもない、こうでもない、いや、むしろ第三の選択があるんじゃないのか、とかこう、いろいろ迷い続けていたら、店員が苦笑いしながら声掛けしてくる。


「今の服装なら、この黄色だと思うんですっ」


 おれは力説する。ついでに、ちょっとイヤリングをシトエン嬢の耳元に近づけてみる。うん。似合う。


「だけど、シトエン嬢、よく青の服着るでしょう? そしたら、絶対こっちだし……。それに今から夏だし、さっき選んでいた食器も青っぽかったから、青が好きなのかもしれないし……」


「お前、よく見てるな」


 ヴァンデルが呆れているが、おれは常にシトエン嬢を見ている。それがどうした。


「なるほど。仰る通り、今からの季節でしたら青がいいかもしれませんねぇ。ただ、小物もそれに合わせて黄色を持ってくれば、こちらも……」


 店員がさらにいらん情報をおれに与えてくれるので、さらに迷うこと十五分。

 やめろ、店員。中途半端な助言だけ与えるのは!


 結局おれは、疲労困憊の末、シトエン嬢に告げた。


「青がいいとおもいますっ!」

 断言した。


「かしこまりました」

 店員は、深々と頭を下げる。


「ラウル!!! 支払いだ!」


 おれが戸口に立つラウルに怒鳴った。

 やれやれ。これで一安心、と思っていたら。


「団長。こういう場合は、両方買うんですよ」


 すれ違いざまラウルに、ぼそりと言われて、愕然とする。


「な、ななななななな」


 やはり、第三の選択肢があったのか……っ。


「早く言えよ! そういうことは!! いくらでもおれに助言する時間があったろう!!」


 何を見てたんだ! 

 おれの苦悩をあざ笑っていたのか!!


「それにお前、あれだろ。イヤリングだけあってもなんだろ。ネックレスとか指輪とか買わなくてよかったのか?」


 ヴァンデルまでそんなことを言いだした。

 だったら先にそこまでおれに言ってくれよ!! なんだよ、お前ら! おれを笑って楽しかったか、おい!!


 ああ、そういえば母上が、「そこの棚からあそこの棚まで全部いただけるかしら」とか言ってた!!


「ちょっと待て! シトエン嬢、あの……」


 おれが慌てて店員を呼び戻そうとしたら、シトエン嬢が首を横に振る。


「青がいいです。青のイヤリングだけで」


 はっきりと言うが、おれはうろたえた。王子という特権をここで使わねばいつつかうんだ、おれ。


「いや、あの……。他にも気になるもがあれば……」


「違うんです。わたしのことを考えて選んでくれたのが、本当にうれしくて……。というか、選んでほしかったんです。他のものが欲しいわけじゃない」


 はにかみながら、シトエン嬢は顔を真っ赤にした。


「ありがとうございます。うれしかった」


「そ……そうですか」

 気づけばくずおれそうになっていて、不覚にもヴァンデルの肩にしがみついた。


「無欲なお嬢さんだなぁ」


 ヴァンデルは言いながら、おれの背中をさわさわ撫でるから、ばちり、と叩き落としてやる。


 こうして。

 おれたちは、この買い物を最後に、シーン伯爵領を出たのだった。

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