第10話 二度と

 一方のアドランはなぜ叩かれたのか分からないと言う顔をしている。


「あら、叩かれた理由がお分かりにならない? 妹の気持ちを完全に勘違いし、私に婚約破棄をいいつけることで妹が私へ罪悪感を抱く原因をつくったこと。そしてあまつさえ、妹が無理だと思ったら私に乗り変えようとするその根性。伯爵家をバカにするその行動。そもそも妹に近づきベタベタと触りやがったこと! 叩かれて当然では?」


「そ、そんなことで殴ったのか?」

「そんなこと?」


 オフィーリアは再びアドランの右頬を張った。


「あいたぁ!」

「そんなこととは何事ですか!」

「えええっ」


「ああ、こんな性根の悪い男が妹の側にいたかと思うと腹が立つ!」


 オフィーリアは再び左手をさする。叩くことなどめったにないから結構痛いのである。

 しかしそこは色々な鬱憤を発散するため。妹のため。己の矜持を傷つけられた腹いせにも、叩いておきたかったオフィーリアであった。


 オフィーリアが言ったとおり、そうそう他言できることでもない。

 女性に振られて叩かれた。なんとみっともないことか。侯爵家がそれで騒ぎ立てれば尚のことみっともない。

 少なくとも、アドランの父である侯爵自身はこれをもみ消そうとするだろうし。なんだったら「慰謝料いらないし今回のこと黙っておくので、叩いたこと見逃して」とか言えば、喜んで見逃してくれそうである。

 最終的には伯爵に出てもらってもよい。

 交渉上手の伯爵のことである。うまくやってくれるに違いない。


 ということで、オフィーリアは傷さえつかなければいいだろう。と言う考えの元思いっきりビンタしたのであった。


「ああそれから。私アドラン様のこと別に愛していませんでした」

「え!」

「婚約破棄にショック受けたとか、そういう事実はございませんのでご理解ください」


 アドランはこれで姉妹両方に振られたことになる。


 オフィーリアはにこりと笑って最後に言い捨てた。


「それではアドラン様。二度と、二度と妹に近づかないでくださいませ」


 オフィーリアは踵をかえし、扉を開いた。外で待っていた執事がオロオロとしている。中での会話が聞こえていたのかも知れなかった。


「アイリーン。何しているの。帰るわよ」

「今行くわ、お姉さま」


 アドランの側で何事かを話している妹を呼ぶと、嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。


「何をお話していたの?」

「それはもちろん。二度とお姉さまに近づかないでって、言っておいたのよ」

「あら」


 オフィーリアは口元をさっと隠す。笑ってしまったからである。

 

 ――トドメをさすところ、誰に似たのかしら。


 オフィーリアはアイリーンの満足げな顔を見て、わずかにアイリーンの将来を心配した。

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