第5話 お姉さまと妹



 伯爵邸には大きな庭園がある。

 これは先代の伯爵夫人がこだわって作らせたもので、オフィーリアはとても気に入っていた。

 王立の植物園も素晴らしいが、こちらの方が気が休まるのだ。


 婚約破棄を言いつけられた翌日、そんな事があった翌日でありながら、オフィーリアは優雅にお気に入りの庭園で紅茶を飲んでいた。

 テーブルにはクッキー、カップケーキ、そして色とりどりのマカロンが用意されている。

 それらを口に運びながら、オフィーリアは静寂を楽しんでいた。


「お姉様ぁ!」


 ふぅとため息を吐き出して、オフィーリアはカップをソーサーに戻した。

 声の主がずかずかと近づいてくるのを横目で一瞥し、クッキーを手に取る。サクッとした食感にほどよい甘さが口の中に広がった。


「おいしいわね、これ」

「先日オープンしたスウィートショップのクッキーです」


 オフィーリアの言葉に側で給仕していたメイドが答える。


「そう。今度買いに行ってみましょう。他のもおいしいかもしれないわ」

「承知しました」

「お姉様!」


 とうとう近くにきた妹、アイリーンが切羽詰まった様子の大声でオフィーリアを呼んだ。


「はしたないわよ。それに大きな声をださなくても聞こえているわ」

「お姉様」


 今度はどこか責めるような口調でアイリーンが姉を呼ぶ。

 オフィーリアは自分の横に立つアイリーンを見上げた。そしてその表情を見てから、メイドを下がらせる。

 教育のされたメイドはなにも言わずに去って行った。おそらく、しばらく時間を置いてから紅茶をもう一人分持ってくるだろう。それまでにこの妹と話をつけなければとオフィーリアはため息を吐き出した。

 そのため息にアイリーンの肩が震える。


「…………どうしたの?」


 などと、聞かなくてもわかっている事をオフィーリアは尋ねる。

 途端にアイリーンは、わっと泣き出した。


「ごめんなさいぃ! こんな事になるなんて!」

「アドランから聞いたのね」

「お姉様が婚約破棄されたって……。さっきお父様に聞いたらもう婚約破棄に同意したっていうのよ。お姉様もお父様も行動が早すぎるわ!」


 アイリーンの悲鳴のような言葉に、オフィーリアは困ったように頰に手を当てた。


「だって、はやめに処理したかったんですもの。彼にはあきあき、というよりげんなり」

「私だってそうよ!」

「まぁまぁ、そう怒らずに、座りなさいな」


 オフィーリアが横の椅子を勧めると、アイリーンは無言でその椅子にぽすんと座る。そのまま変わらずにわめきだす。

 

「怒るべきはお姉さまでしょう! というか怒ってない!」

「怒ってないの?」

「アドラン様には怒ってるわ!」

「怒ってるじゃない」

「だっておかしいもの!」


 さて、とオフィーリアは思った。

 どうやらアイリーンはアドランに心底お怒りのようである。それが示す事はだいたい想像がついた。


「アイリーン、なにも聞いてなかったのね。彼から」

「聞いてない!」

「お付き合いしていたの?」

「してない!」

「恋慕しているの?」

「いいえ全く!」

「そう」


 すっぱりきっぱり言われて彼にすこし同情するオフィーリアだった。

 


 

 

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