第4話 なぜ?
「実は、オフィーリアと婚約破棄したんだ!」
「え!?」
「オフィーリアは納得してくれた。伯爵も説得してくれるそうだ」
「どうして……?」
アイリーンが呆然と尋ねる。
驚いて言葉もないのだろう。アイリーンへのサプライズがうまく行って、アドランは有頂天になった。
「君と一緒になるためなら、このくらい簡単さ!」
「私と? でもアドラン様、そんなこと聞いていません」
アイリーンはまだ混乱した様子だった。そんなアイリーンの背中を優しく撫でる。
「君のその驚いた顔が見たかったから」
「い、いえ、そうではなくて……」
「サプライズが成功して嬉しいよ」
「ですから、そうではなく!」
「伯爵様がお許しにならないと思ってる? 大丈夫、オフィーリアに説得するように言ったから」
「はい?」
ぽかんと口をあけるアイリーン。そんな姿も可愛らしく思えて、アドランは頬を緩ませる。
「彼女はちゃんと説得してくれる。約束は守る女性だ。そこは間違いない。元婚約者の俺が言うんだから間違いない」
アドランにとってオフィーリアは素晴らしい女性だった。
アイリーンがいなければ、こんなことをするつもりは一切なかったし、彼女に不満があったわけでもない。だからオフィーリアのことは全面的に信用していた。もしかしたらそういう意味ではアイリーンよりも信頼しているかもしれない。
けれど仕方ないとアドランは思う。
アイリーンと愛し合ってしまった。そんな状態で結婚するくらいなら、先に破棄するのが当然だ。
アイリーンの頬がみるみる赤くなっていった。
照れている事は明白。喜びと可愛らしさが混じって、アドランは微笑んだ。
アドランはその頬を撫でようとした。すると腕の中でアイリーンが震えだす。
涙を流すほどに嬉しいのか。そう思うとアドランはたまらない気持ちになった。
「いままで待たせて悪かった。もう離さない。ずっと一緒だ」
両手で細い体を抱きしめる。
華奢な体は大きく震えた。愛らしさにアドランは目を閉じた。ずっとこうして抱きしめていたいと思った。アイリーンもそう思ったのだろう。両手がそっとアドランの胸に添えられた。
しかしすぐに、その肢体はアドランの両腕の抱擁から離れていった。
驚くアドランの目の前で、アイリーンは顔を両手で覆っている。
――泣いている事を見せまいというのか。健気な……。
アドランが一歩近づく。愛しい人を慰めねばならないのだ。そう思った時だった。
ドゴッ!
という音がした。
と同時に後方に尻餅をつく。
――え?
次に感じたのは左頬の痛み。というか熱。
アドランは目を白黒させて、目の前にいるアイリーンをみた。どうなっているのか? と尋ねる気すらあった。しかしすぐに口を閉じる。
アイリーンの格好にアドランは硬直した。
ドレス姿で足を開き、腰を落として、右腕を前に突き出した格好。どこかのだれかがこんな格好をしていたとアドランは思う。
――ええと、護衛たちか? 護衛たちが手合わせしている時に見たような……。
一瞬思考がどこかへ飛んで行った。
それをアイリーンの一言が掴み戻す。
「私がいつ……私がいつ! あなたを愛していると言いました!?」
衝撃的な発言が飛び出した。
照れ隠しかと思えば、そうではない。頬を上気させているのは怒りでだ。歯を食いしばり、眉を思いっきり釣り上げている。その姿すら可愛らしくも見えるのだが、美人が怒ると大概はいらぬ迫力を持つもの。
例にもれず、アイリーンもとてつもない迫力を見せていた。
「い、いや、お慕いしていますと……」
「義兄となられる方として! と言いました! どんな都合のいい頭ですか!?」
おつむがどうかしているんですか?
バカなんですか?
阿呆なんですか?
おめでたすぎませんか?
とあらゆる言葉がアドランに降って落ちてくる。それを一つ一つ拾う事もせず、呆然とアドランは言葉が地面に落ちる様を見ていた。
最後の最後にアイリーンは「信じらんない!」と叫んで走り去って行く。
「え? え?」
尻餅をつきながら、殴られたらしい頬を撫でて、アドランは混乱したまま呆然としていた。
――つまり、どういうことだ?
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