第4話

しばらく歩いてスーパーにつきました。


 さあて入ろうかと、気分よく足を進め、るはずが、絵鈴唯が、急にぼくを抱き締めたので、ぼくはきょとんとしてそいつを見ます。


「絵鈴唯?」


 絵鈴唯は特になにも言いませんでした。ぼくは黙って、その背を撫でました。

もしかしたら、なにか、思い出すことがあったのかもしれない。


「大丈夫、だよ」

少し震えた肩を、ぼくは引き寄せます。


「ひとが」


ぽつりと、絵鈴唯は口にしました。


「うん?」


「ひとが、眠ってるみたいに、横、に」


「あぁ……さっきのおじいさん?」



 少し、前のことを思い出します。そのときのぼくは、頭上の看板を見上げました。総合病院が数メートル先と書いてあります。


「ねえ、絵鈴唯」


「なにかな」


ぼくは、息をゆっくり吐きながら言いました。


「この家に居た誰かって、……

風邪じゃないんだね?」


そんな、会話をしました。



それから。思い出す断片はまだあって……

ワンピースを着た、おじいさん。


「絵鈴唯」


あと。それから。

絵鈴唯がストーカーにあっていたこと。


だから、取り巻きのどこかに混ざりそのために護衛がいまだついていること。


「いやだよぉ……」


それらが同時に絵鈴唯に、人の気配に過敏になる記憶を余計に刻ませること。


突然泣き始めた絵鈴唯を、ぼくはぎゅっと抱き締めました。


「絵鈴唯」


「瑞は、僕のそばに、居るよね?」


「いるよ。ずっと」






「瑞……」


しゃくりあげる絵鈴唯の背中をゆっくり撫でます。

 ぼくにはよくわかりません。

ですが、なにか思い出すことでもあったのかもしれません。

少しすると絵鈴唯は落ち着きを取り戻しました。

「もう平気?」


「うん」


少し赤くなった潤んだ目がぼくを見上げました。 周りをきょろきょろと見てから、ぼくたちは改めて店内に入りました。


 適当に、お弁当や冷凍食品安くなってた食材や絵鈴唯が飲みたがってたものなどを購入して外に出ようとして、絵鈴唯に止められました。


「帰らないの?」


「まだ、来て」


絵鈴唯と指を絡めて手を繋いで歩きます。

ぽかぽかとあたたかい気持ちになりました。


向かったのは、雑誌や漫画のおいてあるコーナーでした。

「よかった、あって。やっぱりあった」


 絵鈴唯は謎の言葉を言いながらそこにあった少年向けっぽいホビー雑誌を手にして中をぱらぱらと見ました。

幸いにも縛られていないものです。隣で知らないおじさんも週刊誌を立ち読みしていました。

ここは特に禁止されたりしないとこのようです。

「なにか、あったの?」


「いや。確認しただけ、かな」


「そうなんだ」



絵鈴唯は長い髪をひらりと揺らして、さっさと、さっき買った袋を手に今度は休憩室に向かいました。



 窓際にある休憩室では、まばらにですが人が休んでいました。

自販機もあり、そのなかで簡単な軽食を買うこともできますし、買ったお弁当を食べて帰ることもできます。


今は夜中だし、夕飯というよりむしろ、受験生などが数人勉強にいそしんでいました。本を読んで動かない大人や、女子高生に混じるようにして小さな女の子を見つけます。


「シイナ」


 絵鈴唯が手招きしました。まさか急にいなくなるとは思わなかったが、夜中子どもがうろつける場所といって、この辺りの近場はこのくらいだからね、彼女に近寄ります。



少女は、短めの髪によく似合う目がまんまるであどけない表情の女の子でした。あのワンピースを着ていました。


ちらっと見ただけでしたが、やはり、おじいさんに着せたわけじゃなく。

「あれは別の服か」


ぼくが言うと、絵鈴唯は、あのワンピースの生地は少しざらざらした材質だったよ、と言います。

少女の着ているのは、もう少し柔らかい生地だと。

「そうなの?」



のんきな会話をするぼくたち。



――彼女は。


「来ないでください」


そう、強い目で、

ぼくたちを拒むのでした。



「帰ろう」


ぼくが言うと、シイナちゃんがきょとんと首をかしげました。


「おにーさん、あの」


「びっくりした? 本来ぼくは、こういう見た目なんだ」


シイナちゃんはぼくをじっと見つめていましたがやがて、おにーさんはおにーさんです、と言いました。


「よかったな」


 絵鈴唯が言って、ぼくもにこりと笑いました。

「拒絶されたら、どうしようかって思ってたんだ」


 こんな見た目だから、ぼくはただでさえ目をつけられやすい。


でも思えば彼女はあのときのぼくを見ても、今のぼくを見てもなんら変わりません。

それが何よりも嬉しいことでした。


「シイナちゃん。あの家について、話してくれないかい」


絵鈴唯がぼくを抱き締めながら聞きました。少し肌寒かったので暖かい、と思いました。


「あの家、は」


「それか、病院に行ってもいい」



絵鈴唯がそう言ったときに、なにかを決心したのでしょう。彼女は言いました。





「私が会ったときは。

病院に、居たんです。

おじいさん」


「そうか」



シイナちゃんは、ぽつぽつと話しました。



「いつも一人だった私と遊んでくれました。男の子と私をよく間違えていました。たぶんお孫さんでしょう。

彼は深夜に必ず、壁際に立っていておもちゃを持っていったら喜んでくれると言ってました。


おじいさんは入院してると思ってたんですけど、違ったみたい。


ちゃんと家にすんでいるんだと言っていて鍵も見せてくれましたよ。


私くらいの見た目の男の子が深夜に壁際に立ってるなんて、だけど変じゃありませんか。

絶対、もう、居ないって思ったんです。


だけど私、ここに来たばかりで、家族の入院が無かったら来たりしなかった町のことなど知りもしないから、誰に聞けばいいかわからない。


そんなときに、おにーさんに会って。


なんとなく、住み慣れてそうな感じがしたことや話しかけやすかったから、きっと一緒に男の子を探してくれると思ったんです。



 仲良くしてくれたおじいさんはいつからか、私を男の子と混同するようになってしまいました。

私に新しい、とはいえ少し古いですがロボットとかをくれましたが、私は要りません」


いつも家の下に隠してて、夜中に、来るかもしれない男の子に見せてあげようと出していましたが、今日はおにーさんのために、私、昼間から出しました。


あそこは不動産のひとがよく見回りに来るんだけど、


最近は、あの家は潰すかどうかとなってきていた。

買い手が付くのも面倒だ。けれど載せてくださいってお願いされてるみたいだから一応載せているようで、お得意様なら下げる予定だとかなんとか言ってるとか。



これはおじいさんの、家族から聞きました。

何度か、おじいさんの容態のことで、でんわをしましたから。



え?

家を売られたのはたぶん、男の子の家族でしょうね。


それで……私を男の子だと思っているおじいさんなんですが……










 彼女の話を聞いてぼくたちは、顔を見合わせます。その話がなんだったかはあとでわかるかまたは、ぼくに聞くとわかりますが。一度とにかく後にしますね。


それから絵鈴唯は言いました。


「きみは、どちらにしても家に帰らないと補導されるかもしれない、かな?」

彼女は首を横に大きくふりました。


「一人だから」


彼女を預かってくれるはずのおじさんたちだって、結局『一人で留守番ができるよね』とよく出掛けてしまうらしく、家にいても、することが無いし怖いと言いました。


だからよく、人が居るお店などで時間を潰しているそうで、つまり、ぼくらと居た方が楽しいから帰るにはつまらないという、そういったことを彼女は言いました。



「帰りたくないです」


「絵鈴唯」


ぼくは絵鈴唯を見上げて絵鈴唯はやれやれと息を吐きました。


「いいけれど、きみはいいの」


頷くと、絵鈴唯はじゃあ一緒においでと少女を認めます。


「まぁ、家出少女誘拐とか言われる気はないから、不具合があったときは」


何かいいかけた絵鈴唯に、シイナちゃんははっきりと言いました。


「わかります。わかっています絵鈴唯。用があるまでの間です。

ちゃんと隙を見て帰ります」



 絵鈴唯はぽんと優しく彼女の肩に手を置いてからさっき買っていた袋からだしたなかにあった、ミルクコーヒーのボトルを手渡しました。


「今日は疲れたでしょ。はい」


そう言って小さな手に差し出します。


「ありがとう、ございます」

少しだけ、

表情を柔らかくした少女はそれを手にして、少し中身を飲みました。


「おいしいです、絵鈴唯」

その間、絵鈴唯はぼくとなぜかずっと手を握ってくれていたので買ったものの袋を半分絵鈴唯からもらって、手を繋がない方で持ちました。


「ぼくは、ずっと一緒だよ」

まるで、なにか不安が伝わるようだったので、強く握り返しました。


外にはあちこちに、気配があります。

絵鈴唯の取り巻きの誰かでしょうし今こうしている間だってその視線から逃れられはしません。



「瑞」


震えた声が呼んだので、ぼくはじっと絵鈴唯を見ました。


「なに?」


「髪、おろしてんの、ちょっと暑くなってきたかな」

秋とはいえ、動き回ったら、そりゃあ暑い。

でも絵鈴唯が結んだりしたがらない理由を、ぼくは知っています。


「少し、鋤いてみたらどう?」


聞くと、絵鈴唯はそうだねと言いました。

その声がなぜ悲しそうだったのか、ぼくだけは知っています。





 家に帰ると真っ暗で、ぼくらは恐る恐る明かりをつけました。

それから台所に直行して食材を冷蔵庫や棚に詰めていきます。


 しばらく片付けて、部屋に戻ろうとしたときに絵鈴唯が、「食器棚からコップを10個出して」とぼくに言いました。

「三人しかいないけど」

ぼくが言うと、「知ってるけど、必要なんだ」と言われたので出しました。


 絵鈴唯はすぐに買ってきた10種類の飲み物をひとつずつ開けました。それぞれ、コップに注ぎます。

ほとんどが、ココアかコーヒーです。


「シイナ」


ソファーにちょんと座っていた少女に向かって、絵鈴唯は言います。


「ここで買える辺りの、茶色っぽくて、粘性がある飲み物をそろえてみたがどうも、どれも僕が欲しい色とは違うみたいだ。こっちは赤みが足りない。こっちは青みが足りない。これは、少し濃すぎるかな」


コップをひとつずつ指差して絵鈴唯が言うと、

テーブルまで近付いてきたシイナちゃんは、少しひきつった顔をしました。

「シイナには、僕が欲しい色、わかるよね」


絵鈴唯はにっこりと、天使のように微笑みました。長い髪がさらりと揺らいで、その肩に流れていきます。


「それは……どう、いう」

口を開けたまま呆然としているシイナちゃん。

絵鈴唯はふぅ、と小さくため息をついて彼女に近寄りました。


「僕たちは、眠たい。

だから、早いとこ、平穏な日常に戻りたいのさ」







ぼくは、その話の間、リビングにしている部屋の隅に居る、人体模型さんに絵鈴唯のカーディガンを着させました。


今日の夜は冷えそうですし、彼女の身体も凍えてしまうような気がしたから。模型さんは、変わらない冷えた目でじっとぼくを見ていました。


ごくりと喉が鳴ります。ぼくより脆いボディに、無闇に抱きついたりはしませんが……それでも、いつも着させているドレスとは違った趣が、ぼくを誘っている気がしたのです。


「こーら。瑞」


いきなり声がかかって、びくっ、とぼくは震えました。


「カーディガンを寄越せ」

ぼくがなにも答えずに居ると、やってきた絵鈴唯は小さく息を吐いて「いつものドレスはいやか」と聞きました。


「ううん。寒そうだったから」


彼女が着ている服は絵鈴唯がつくって着させてくれた。

いやなはずがない。

でも、半袖だし寒そうだった。



「そうか、今年の秋服は作って居なかった。そろそろ何か考えてやらなきゃな」


「絵鈴唯!」


がばっと抱きつくと、やれやれという感じに絵鈴唯が背中を撫でます。

それからぽつりと言いました。


「お前の恋愛対象が、生体に近づくにはなにが必要なんだろうか……」





「絵鈴唯だって」


と、ぼくは抱きついたまま、部屋中を見渡しました。


「一次元嫁と二次元嫁が大量にいるじゃないか……」


 絵鈴唯は、作るのが好きです。なんでも。とりあえず作ろうとしてしまいます。

それら全てに対して、同じくらい愛情を注いでいます。


 だから部屋には絵鈴唯の創ったものがいくらかありました。

この模型の服みたいに。


いくらか、が『溢れかえる』ほどではないのは、絵鈴唯は『作るのが』好きだから。


描いた絵や、壺、本。

破って捨ててしまったりもするそうです。

理由は、好きだから。

とてもとても好きだからつい壊してしまうのだといいます。


「生身の人間に浮気に走るよりは、問題にならない」

「まぁ、ねぇ……」


規制する法律などないし、沢山の次元に囲まれなくては、心というのは保つことが出来ません。


「しかし、こいつは生身じゃないの、かな?」



 模型を指差して、絵鈴唯が言いました。

ぼくと絵鈴唯で意見が微妙に違うのはこれです。

「だけど、この子にとって生きるっていうのは、じっとしていることだよ。意思疏通のために逐一交流することじゃない」


「しかし、現在の、三次元に存在する以上は」


「2.5次元だよ。絵鈴唯。そしてその精神を持った上で、肉体は三次元なんだ」


「瑞のいうことは、たまに、わからないね」



「そのへんにいる『人間』の精神と、一緒にしないで欲しいんだ。この模型には、『この模型としての』精神が宿っているんだから」


絵鈴唯のいうことと、ぼくのいうことは、そこまで変わらない。

それを絵鈴唯だって、本当は知っているはずでした。


「……アミニズム的なものということでいいのかな」

「そう。ぼくは、この模型から伝わってくる心が好きなんだ。べらべら会話して、べたべたと引っ付いて、暴力を振るう『人間の心』じゃない」


ぼくや誰かのように、純粋な恋愛感情を物に対して抱ける人は、

『自身の感情投影の道具』だと誤解されることが一番腹立たしいことなのです。

しかし、一般的な人たちは常にそういった目で見ていますし、だから、痛々しい一人遊びに見えてしまうのでしょう。


『ものに心なんかあるわけがないのに』


その前提がまず、ぼくとは違います。



「さわったら肌がひんやりしていたんだよ。

それだけで、言葉なんかなくても、寒かったことがわかる。

いつもみたいなさらさらした質感じゃない」


「……帰ったら、身体がいつもより傾いていたし、なにかの拍子に少し倒れたんだと思う。重心が移動してて、いつもより重くてつらかっただろうな。起き上がったけど、まだ少し不安定だったから、だから……」


 絵鈴唯はぼくをぎゅっと抱き締めながら、それでも、と泣きそうな声で ささやきます。


「それでも。きみ自身は、生身の人間なんだ……逃れられないんだ」


ぼくは、絵鈴唯が言うことが、たまに、わかりません。


「きみ自身は、生きているんだ」


「ぼくが?」



生きるのは、物のようにじっと時間を待つことだ。それも大事な自分自身。誰かになにか言われても、なにかされても、

じっと、空間を見つめていればいつかは時間が終わる。

そして、迎えがくる。


それまでは寄り添い、死を待ち続けながら、

音楽みたいな暴言をぼーっと聞きつづけて、その中で、ダンスなんかして。

そうやって、生きる。


「ぼくは、模型だろうとなんだろうと余計な心を持ってない、相手を純粋に愛している。


絵鈴唯のいう生きるというのは、じっと黙って時間を待ちながら、やけになったように穏やかにはしゃぐことじゃ、ないんだろう」



 動いて、はしゃいで。ゃべって、走り回って、笑ったり泣いたりして、たまに誰かを殴り付けることが生きるなら、


「苦しいだけだ、絵鈴唯」


頬から一筋、冷たいものが伝って、喉の奥が震えました。


絵鈴唯はぼくから離れてうつ向いて言いました。


「生き方を、生きることの意味を押し付けるつもりじゃなかった。


拠り所を奪ったって心は変えようがない。


僕は、瑞が僕と同じ基準で幸せになれると勘違いしていた。


泣いたり笑ったり怒ったりすれば幸せだと思ったんだ。

手放せといったのは僕なのに、さらに否定までするんじゃなかったな」


「ぼくは絵鈴唯のことも、好きだよ」



震えた声で、ぼくはどうにか告げます。



「絵鈴唯が生きた人間でも、ちゃんと、愛している」



ことも、か。

絵鈴唯はそういいながら、台所に戻って行きました。模型にカーディガンを、かけなおして。








「そう。ぼくは別に面白く、感じて欲しい訳じゃない……」


絵鈴唯がかけてくれたカーディガンにどうしようもなく嬉しさを噛み締めてぼくは思いました。


 共感して欲しい。

誰かから、わかる、と頷いてほしい。

たったそれだけで、こんなセンシティブな話をしてしまっている。


 面白がられたことがあった。ネタにされてからかわれたこともありました。


ぼくの気持ちは変わらなくて、生きていてもいなくても、好きな相手に誠実でいようと改めて感じていました。

特別なことは要らない。笑わなくても、つまんなくてもいいんです。

しっとりと肌に馴染むクリームみたいに、ただ、頷いて寄り添っていられるだけの、そういう存在でいたい。

空気みたいに、あるようなないような、でも、そこに居てあげたい。

ぼくは絵鈴唯にも、そうやって接しているつもりだし、誰にでもそうしています。


挨拶してくれる自販機の方が、ときには無愛想にすれ違う生身の人間よりも暖かく人柄を感じる。だから、物みたいに、

別に笑わせなくていいから、そこに在ることに気を遣い、居て良いと感じて欲しいから笑う。


血が通わない恋愛対象から学んだ、大事なことです。


ぼくたちは、あまりに意思疏通に頼りすぎている。

目を閉じて隣に居ればわかる情報にさえ、頭ばかりつかってしまう。

言葉がなきゃなんにも理解できない。



 だからこそ、ぼくが語ることで、


『血の通わないぬくもり』もあるということ、少しでも、わかる、と思ってもらえたらいいのですが……


台所に戻ると、絵鈴唯がシイナちゃんと話をしていました。



 一旦まとめますが、

シイナちゃんの両親は入院しています。


おばさんのところに預けられているそうですが、おばさんの家にも居たくない、それがここまでの話です。

子どもが一人でいると補導されやすいから、人の気のある休憩所などに居たのだと思います。


 現在。昼間見た倒れたおじいさんと関わりがありそうなシイナちゃんを家につれてきています。

絵鈴唯は飲み物をあれこれ開けていましたが、そこに、『さがしてる色』はないようで。



「色、ですよね……」


椅子に座ったままのシイナちゃんがぽつりとこぼしました。





「自販機限定、クリームお汁粉ですよ」

諦めたように息を吐き、シイナちゃんは言います

「それが何か」


「この近場であれが買えるのはあの公園だけだと、よく公園に行っていた僕は知っているんだ。あとで確認しようにも、もうウリキレ、だったもので」

「そうです。私です。最後の一本でした」


シイナちゃんがため息まじりに言いました。


「じいさんに渡した時間は」


「お二人が家をのぞいてるときに、私はそれを買いにいきましたから、その頃です」


絵鈴唯は、そうかと少し納得した顔をしました。




「んんー、疲れたぁ!」


 と、事件は解決したようなものだなという顔になった絵鈴唯は、そのままソファーへと移動します。


「……あの、絵鈴唯」


 ぼくを引っ張ってきて、そして自分の上にのせました。ぬいぐるみみたいに。


「寝よう」


「ん、うん」


誘拐されたときに、仲間同士でくっつきあって怯えた夜を過ごしたからでしょう。

 絵鈴唯は何かに抱きついていないと眠れないらしいのです。


「絵鈴唯。外、行って来るよ」


囁くと、絵鈴唯は泣きそうになりました。


「だけど。絵鈴唯にもわかってるだろ?」


「眠たい」


すねたようになる絵鈴唯をぎゅっと抱き締めて、しばらくそのままにしました。先に寝かせておいて、少ししたら行こう。



 絵鈴唯が眠ってから、ゆっくりと外に出ました。シイナちゃんには絵鈴唯を見てもらうよう頼んでいます。


さて、どうしようか。

公園辺りがいいかな。

一人で、そこまで歩きます。

公園につくとぼくは適当な方角を向きながら言いました。


「あのー……少し、お話してもらえますか」


反応は、ありません。


「ぼくはあの事件に、巻き込まれた一人です。こんなところに一人居るわけにはいかない。

その意味、わかりますよね」


こんな言い方はしたくないけどぼくは言います。誰かが聞いてるはずだから。


「あなたたちが、ヒグマと呼んだ人物について、教えてもらえませんか」



 単純な話。

夜中、スーパーにいく途中に絵鈴唯が怯えた理由があるならそれは決まってる。

見張りをする人は、対象に、そして相手に勘づかれないワードで、敵が現れた話をするんです。

 つまり、絵鈴唯を狙う人は、まだ消えてなかったってこと。

そして、『取り巻き』たちは互いにその相談をしあっていた。

たぶん余程緊急だったんだろう。


「おじいさんも『そう』なんですか? それとも……」


闇からは答えが帰ってこなくて、ぼくは思考だけをめぐらせます。

 絵鈴唯は丁寧な推理をしてくれることはあまりありませんし、ぼくも、聞きたいと言うばかりでもない。


相手に寄りかかるのは、本当に出来ないときにしたいから。

ぼくは少し焦っていました。


なにかが、怖かったのです。

返ってこない答えも。

静かな闇の中を見続け、問いかけるこの行為も全部、むなしいだけなのに。


「ヒグマって、誰なんですか! ねぇ、もしかして」

ぐっ、と手がぼくの口にあてられました。

振り向くと絵鈴唯がいます。


「瑞。お願い、いい子にして」


「あぁ、おはよう、絵鈴唯」


「ヒグマの正体なら、僕があとで教えてやるから今は、部屋に戻ろう?」


「シイナちゃんは……」


絵鈴唯のほうを見ると、たった今来たらしいシイナちゃんが、後ろからやってきて言いました。


「心配しました」



「ごめん、なんでもないんだ」


ぼくはなぜか泣きそうになるのを堪えて笑います。









 絵鈴唯にはわかっている……


でも、ぼくにはまだわからないことがあります。 悲しい気持ちと、絵鈴唯の優しさに感じる気持ちがまざってまるで叫び出したいような気もします。


二人が先に歩く中、ぼくは冷えてきた両手をズボンのポケットにつっこみます。すると、ころん、と丸いなにかが指先に当たりました。

これは……シイナちゃんがくれたものです。


なんだか、漠然とした奇妙な気持ちになっていると、シイナちゃんがおにいさん、と呼びました。

「外へ散歩して、おなかがすいていませんか?」


確かに、少し空腹になっていました。


「これを」


夕方食べて余ったものを持ち帰ってあったみたいです。


「あ、そうだ、弁当箱! 公園に置いたままだった気がする!」













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