第7話

「ふー・・。」

朝は水も喉を通らなかったが、昼下がりには緊張もほぐれてきたのか軽めの食事を取れた。

それでも鏡で見た自分の顔はたった数日で随分とやつれた様に見える。

(だめだ!だめだ!気にするな!!平静を装うんだ!オレならできる!)


鏡に写った自分と目が合い、互いに頷く。


「よし、外に出よう。買い物をして普段通りに過ごす。それだけだ。」


自分に背を向け玄関へと向かう。


靴を履こうと手すりに手をかけた瞬間チャイムが鳴った。


(・・・誰だ?)

あの蛇男ならチャイムなど鳴らさずどこからか侵入してくるだろう。

この家に寄り付く知人などもう他には存在しない。


警戒しながらも応答する。

「・・・どちらさまです?」


『―――――あ、すいませーん警察でーす!河合さん!ご在宅っすかぁ?』


(けい・・さつ?)


「!」

言葉が脳に染み込むと同時にインターホンから離れる。


(警察がもう?・・・もうバレたのか!?)


思わず息をのむ。


(ばか!なんでチャイムに応対したんだおれ!居留守を使えばよかったじゃないか!)


後悔先に立たず。

男は意を決して玄関のドアを開ける。


「や、あの、警察・・ですか?」


家に上げるつもりはない。

いや、家に上げても問題はない。遺体は片づけてあるし、家の中で争った形跡もない。

血痕も蛇男の協力できれいに拭き取ってある。


この数日の出来事がない交ぜとなった思考のまま警察の相手をする。

理性が悪手だと告げるが体はもう思ったようには動いてくれない。


「そうっす!警察っす!刑事っす!」

背は高いが軽そうな雰囲気の男だ。とても警官には見えない。

「てめぇは言い方が軽すぎるぞ!おい!あんた河合修だな?」

さらに後ろから男がもう一人ぬっと出てきた。こちらが見上げるほどの大男。

吊り上がった眉に三白眼。茶髪に染めた髪を逆立てて、眉間にしわも寄っている。

一言で言うなら人相が悪い。チンピラとヤクザと言われたほうがしっくりくる二人組だった。


「・・・・・ほんとに警察?」

脳が回っていないせいか思わず本音が漏れた。

慌てて口を手で覆うが、こちらの焦りなど気にしていないようで


「マジっす!ほんとに!!警察手帳も持ってっるすよ!ホラ!」

2人同時に警察手帳を見せてきた。

自分たちが警官だと信じてもらえず慌てているようだった。


(こいつらなら・・・やりすごせるか?)


そうだ。ここでこいつらをやり過ごすことで自分を事件と無関係な人間だと信じてもらおう。

男はそう決心して二人を家に招き入れた。








河合の家につきチャイムを鳴らす。

間を置かずに返答が返ってくる。

「あ、すいませーん警察でーす!河合さん!ご在宅っすかぁ?」

インターホンの向こうに声をかける。

『けい・・・さつ?』

かすかに聞こえた声は心底不思議そうだった。


(警察が来るような心当たりがない?)

天目と目を合わせると同じ印象を持ったらしい。

ドアが開く

「や、あの・・警察?ですか?」


出てきた男は背が高く、井出とほとんど変わらないくらいだった。

肩幅も広く、筋肉質でよく鍛えているのだろうと窺い知ることが出来た。

そして顔つきは、ホリが深く、右目の下にホクロ・・・間違いない。河合修だ。


「そうっす!警察っす!刑事っす!」

とりあえずこちらの身分を明かして事情を聞かせてもらおう。

後ろから天目も声をかけて河合本人かと確認する。


「・・・・・ほんとに警察?」

精悍な雰囲気の男から疑問が投げかけられる。

確かに自分たちの風体は刑事っぽくないかもしれない。

天目と目を合わせると同じ危機感を持ったらしい。

「マジっす!ほんとに!!警察手帳も持ってっるすよ!ホラ!」

2人そろって慌てて警察手帳を提示する。


「・・・なるほど。本日はどういう要件です?私はいまから出かけるところだったんですが。」


「いやいや!ちょっとね!大した要件じゃない・・ってわけでもないんすけど。ほんと少しだけ!お話聞かせてもらってもいいすか?」


「・・・まあちょっとだけなら。」


(おし!俺らでこの人連れて捜査本部?行っちゃえるかも!)

天目と目を合わせると同じ期待感を持ったらしい。

二人で小さくグータッチして河合の家に入った。









(・・・しまった。ついつい家に入れてしまった。)

このまま玄関でやり過ごしてもいいが、いささか不自然。・・かもしれない。

ダメだ。もう自分の選択に自信が持てなくなってきている。


応接間があるような豪邸ならよかったが、あいにく普通の借家だ。

リビングまで通したが、キッチンとの距離を考えると気が気じゃなかった。


「お茶で・・よかったですか?」

すぐに着席を促し、動きを制限する。


冷蔵庫からお茶を取り出してグラスに注ぐ。


「ていうかミカさぁーん。いまさらっすけど、よかったんすかね?俺らで先行せんこうしちゃって。」

「んあ?なんで?」

「だって捜査本部立ち上がったんでしょ?あとから捜査員いっぱい来るんじゃないんすか?」

「それはそれ、これはこれよ。俺たちゃカヤの外だからさ。」


(捜査本部?そうか。いま警察はを探してんのか。)


内心の焦りを隠しつつ、2人にお茶を出す。


「捜査本部って、なにかあったんですか?」


「あらぁ?聞こえちゃったすか!?」

チンピラが少し慌てた様子を見せる。演技のような白々しさを感じる。

こちらの反応を待っているのか、それきり二人から話を切り出す様子はない。


「えぇ、まあ。この距離ですし。」


「そっすよねぇ~。あーもう、単刀直入に聞くっすけど、河合さんここ1週間くらい何してたか、教えてもらっていいっすか?」


「1週間?ですか。さぁー、毎日同じような日々を過ごしてきたので、特に印象的なことはなにも・・・。」

鹿取たちを殺した3日前ではなく何故1週間前からなのだろうか。



「あ、いま疑問、感じてます??」

自分の思考に間髪入れずにチンピラが反応する。


(なるほど、“そういうタイプ”か!)

大柄な男は出したお茶には一度も口をつけず、ずっと目を閉じて腕を組んでいる。


向かい合ったチンピラ風の男は――――目の奥に光がない。

先ほどまでとはまるで別人、心を持たない人形のような相貌そうぼうとなっている。

ぞっとした。

この恐怖や緊張もこいつには伝わるかもしれない。


チンピラの顔に色が戻る。優しい声色で話しかけてくる。

「あなたからは罪悪感を感じるっす。」

「どうしてそんな悔いた気持ちでいるんすか?」


「なんっっ!」

(こいつ!!知ったような口を!!)

感情が抑えきれず噴き出す。

「もう帰ってくれ・・・帰れ!!!」

家中に響く声で怒鳴りつける。


チンピラの憐れむような視線は変わりない。


大男がゆっくりと目を開け、立ち上がる。

「帰るぞ、将兵。」








河合宅をあとにする。


井出のほうを見ると何か掴むものがあった様子だった。


「やっぱ、アイツが鹿取補佐官と仙田を殺したのか?」


「・・・・・・・・・わっかんねぇっす。」

たっぷりと間を開けて答えた井出の返答に思わず躓く。


「わかんねぇのかよ!おい!」


「補佐官や仙田の現場にあった殺意の源(みなもと)は復讐心っす。」

「復讐を終えたやつは大体達成感が出てるっす。でもあの人それがなかったんすよ。」


「な!?じゃああいつはまだ復讐の途中ってことか!?!?」


「いや、そうじゃないっす。そうじゃないと思うっす。」

「あれはやり直したいって後悔っす。少なくとも無関係じゃないとは思うっす。」


河合はこの事件に関わり、何かしらの行動を起こした。

それをやり直したいと願っている。


「お前が感情を辿ることが出来たってことは、アイツは最近“悪意を持った”ことがあるってわけだろ。無関係もくそもねぇさ。まあ今日はいったん引き上げて、東江さんに報告だ。捜査本部が立ってんだ。令状はどうせ一係おさじまが取るだろうし。」

井出とともに署に戻ることにした。

「あーあ~、がんばってくれた愛李ちゃんに会わせる顔がねぇっすよね~。」

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