第5話

「うえぇええええ。」

井出は仏を見た瞬間に吐き気を覚えた。

死体の損壊具合が激しいことと、残留していた犯人の濃い殺意のダブルパンチでポーズだけでなく本当に嘔吐してしまいたかった。

天目のいつも吊り上がっている眉もピクピクと不快そうに動いている。


「こりゃ昨日よりもきついなァ。」

河川敷に放置された死体は右半分しかないうえに野鳥についばまれていた。


「なんでこんな事件ばっかり回ってくるんすかぁ!しかも2日連続っすよ!ていうか半日も経っていないっすよぉ」

思わず漏れた心の声は情けない声色に乗せて河川敷の空に溶けていった。


「しゃあねーだろ!事件は事件だ。そうである以上、必ず犯人がいる!犯人がいる以上、とっ捕まえてボコる!」

天目がグッと拳を握り、こちらに突き出す。

その拳を改めて見ると武骨で、殴られたら骨まで粉々になりそうな迫力がある。


「うっ」

井出はその拳を2秒ほど見つめたあと、吐瀉袋を片手に駆け出して行った。



「んで、この仏、身元は分かってんのか?」

完全にダウン状態になった井出に代わって天目が捜査員へ質問する。


「まあ顔は半分残っていたので、所持品はありませんでしたけど管理システムに問い合わせたら身元はすぐ出てきましたよ。」




――――鹿取透一かとりとういち  49歳

警視   医薬・生活衛生局 局長補佐官 


「って、警官かよ!!」

天目が大声でツッコミを入れると、それまで下を向いていた井出がようやく反応する。


「なんすか?なんすか?身内っすか??」


「なんだよ、ようやく復活か?そうみたいだぞ。・・・追えるか?」

天目の質問に井出の顔つきが変わる。

「・・・・ちょっと休憩ほしいっす。せめて残留思念がもう少し薄くなってから・・・。」


「それじゃあ犯人追えなくなっちまうじゃねぇえかぁ!!」

天目の怒号が天高くとどろいた。





「っし!いくっす!」

1時間ほど休憩をはさんで井出が立ち上がる。


「ようやくかー。たのむぜー。」


すでに遺体は片づけられ、現場には血痕のみ。


だか、井出将兵の能力にそんな事は関係ない。

井出の能力【犯動】はその場に残された思考・思念を読み取る。

犯人の行動原理を辿り、どのような計画を練り、どのような下準備をし、どのようなルートで逃走し、どこに身を隠すのか。すべて手に取るように分かる。

ポアロもコロンボも真っ青の能力だが、深く読み取れば読み取るほど犯人の感情まで拾い上げてしまい、犯人の思考に自分の心が引っ張られてしまう。

扱いにくい能力だ。


井出が能力を発動させるため遺体があった場所で片膝を折り、そっと右手をかざす。指先が地面に触れると同時に能力のスイッチを入れる。その瞬間、とんでもない“殺意”と“戸惑い”が混在した感情が一気に流れ込んでくる。


「くぁ・・。」

津波のように押し寄せる感情。これほどまでに強い感情、もはや意志と呼ぶべきか。

あまりに濃い“必ず殺す”という意志。

これほどの濃さは井出にとっても初めての経験だった。


「はぁ・・・はぁ・・・・!」

呼吸は乱れ、全身の毛が逆立つ感覚。


「!!だいじょぶか?将兵!」

苦しそうに肩で息をする井出を見て天目がすぐに駆け寄り、声をかける。


「大丈夫っす。そんなことより大変っすよ!」

「こいつ、まだ人を殺すつもりっすよ!」


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