青春ってこんな感じ?汗とか全部流しきって

成瀬 栞

真夏の一瞬

「あ~~あっつぅ……」


 うだるような暑さは空間を湾曲させ、蝉の声もどこか遠くに聞こえさせる。机に突っ伏しながらつぶやいた私は、赤シートをぱたぱたと下敷き代わりにして仰ぎながら、隣の友達に声をかける。


「たえらんなくない?」

「んね。とけちゃいそう」

 

 同じく机に突っ伏していた黒髪美少女の制服も、彼女の汗でぴったりと張り付いていた。うだうだとしている彼女を見ていると、どんだけスペックに差があっても人間汗をかくところはみんな一緒なんだな~って、馬鹿らしいことを考えてしまう。もう思考力が真夏のアイスみたいにでろでろに溶けちゃっているみたい。


「飲み物買いに行かない~?」

「あ、いいね」


 やる気のない様子で私に同意した彼女が立ち上がると、教室でハンディファンを当てながら涼んでいた男子たちも立ち上がった。


「俺らも行くわ」

「は?あんたらは涼んでたしょ~が」


 彼女が毒づけば男子もこういう。


「買いに行くのはこっちの自由だろーが。俺たちも暑いんだし」

「このクーラー無い教室で人工物持ってるやつは敵です~」


 ぷんとそっぽを向いた私にけらけらと笑いながら、性懲りもなく彼らもついてくる。


「……何買うん?」


 何言っても聞かないようだから、仕方なく何を買うのか聞いてあげる。そしたら男子は屈託のない笑みで返事を返してきた。


「炭酸に決まってるだろ」

「え~?この暑い中に?」

「暑いからこそのどに来る強烈な刺激がいいんだろ!汗も吹っ飛ぶ!」

「吹っ飛ばないでしょ」


 辛辣なツッコミの友達に、男子たちはわかってないなって顔でちっちと顔の前で指を振った。


「強炭酸をかっこよく飲み干すだけで持てるんだぜ?」

「そうだぜ!炭酸=モテモテ」

「あっそうですか~」


 すぐに興味を失ったのか視線を逸らす彼女のクールさが相変わらずで、私も思わず苦笑してしまう。まあ、男子たちの言ってることもよくわかんないけど。


「そこはわかるってことにしとけよ」

「そうだよ、お前も結構薄情だよな」

「え~そう?」


 そんなくだらないことでじゃれあいながら、学校の自販機の前に4人で固まって歩いていく。この学校のは特殊で、自販機が屋上に何台も並んで取り付けられているのだ。高いフェンスの隙間から除く入道雲が青い空によく映える。そこで飲むドリンクはまさに青春って感じで、結構人気だったりする。

そして、予想通りというか、考えることはみんな一緒なのか、今日はだいぶ混雑していた。


「もう売り切れてたりする?」

「いや。ポカリは無事」

「じゃ、私それで~」


 がこんと良い音がした後、キンキンに冷えたペットボトルが自販機の口の中で転がったのを見てから取り出す。ひやりとした表面が一瞬で水の粒に覆われていく様子が面白かった。


「えい」


 って男子の首筋にペットボトルを沿わすと、一瞬びくりとはねた後、案外真面目な顔で振り返って私に注意を促した。


「今俺暑くて汗まみれだからさ、やめといたほうがいいぜ」


 そういうところだけ真面目で、なんだか笑いが止まらない。はいはいってあしらっていると、炭酸を手にした友達と男子がやってきた。


「あれ、結局炭酸にしたの?」

「まぁ、飲まないけど。私、水筒にポカリ溶かして来てるから」

「じゃぁ、なんで……」


 疑問を持った私たちの思考を遮るように、彼女は思いっきりペットボトルを振って、その中身を空中にぶちまけた。しゅわしゅわの泡がはじけて、私たちに降り注ぐ。


「「「ちょぉ!?」」」

「っふは!間抜け面!」


 爆笑し始める友達にあっけにとられながらびちょびちょになった私たちは、制服の上で炭酸がはじけるのを見つめることしかできなかった。


「強炭酸水だから、水でしょ?濡れてもだいじょ~ぶ。むしろ、汗も流れてさっぱりじゃない?」

「いや、制服透けるぞ?」

「いろいろやばいんじゃ……」


 案外男子のほうが心配してくれてるみたいだった。そんな様子もおかしくて、でももう暑すぎて、なんかもう、どうでもよくなって。私は炭酸を手に持ったままの男子からばっと奪い去って、それも思いっきり振った。


「おい、まてって!?冗談だろ!?」

「炭酸=モテる、だっけ?炭酸を守れない人は、愛する人も守れないよ」

「何言ってんだお前!?」


 思わず固まる様子に爆笑しながらそれのふたを開けて、開放。私たちは再びびしょぬれになった。


 「「「「……あはははははっ!」」」」


 お互いびしょぬれになって、本当に汗とか全部流れたみたいに感じて、ど~でもよくなって、私たちは大笑いした。

 さっきの、溶けちゃったアイスみたいな気持ちも、全部水に流されて。大きくなった水たまりには、きっと、群青色の空と、大きな雲が浮かんでいるような気がした。

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