あなたの願いを叶えましょう
栗須帳(くりす・とばり)
第1話 謎のお姉さん
学校帰り。見知らぬお姉さんに声を掛けられた。
スーツ姿のお姉さんは20代後半ぐらい。大きな瞳に長い睫毛の、綺麗な人だった。
俺を見て優しく微笑んだお姉さんは、少しお話出来ませんか、そう言ってきた。
何かの怪しい勧誘か? そう思い戸惑ったが、お姉さんの容姿に見惚れた俺は、反射的にうなずいてしまった。
喫茶店に入った俺は、多分無茶苦茶緊張していた。
女と二人で喫茶店? しかもこんな綺麗な人と?
そうだ。これは夢だ、夢に違いない。
でなければ、そろそろ怪しい何かを買わされる筈だ。俺、高校生だから買えないよ? それとも宗教? ごめん、そっちも間に合ってます。
そんなことを思いながら何度も汗を拭ってると、お姉さんは小さく笑いながら話し始めた。
「幸せになりたくないですか?」
来たよ、来たよ。やっぱり宗教の勧誘だ。
「あ、はい……確かに幸せにはなりたいです。でもその、宗教とかには興味がなくて」
「宗教? ああ、安心してください。そういうのではないですから」
そう言ってもう一度微笑む。何度見ても心が満たされる、いい笑顔だ。
「幸運を呼ぶ財布とか、そういうのにも興味ありません。ごめんなさい」
「……ふふっ、少し落ち着いてください。それから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。何か買ってもらおうとか、そういうのではないですから」
「は……はあ……」
「勿論、幸せになるには代償が必要です。それはこの世界の
何だか小難しい理屈で攻めてきたけど、大丈夫かな。そんなことが頭を巡るが、それでもお姉さんと話していたい、そんな欲求の方が勝ってしまい、俺はコーヒーを一口飲んでうなずいた。
「人は幸せになる為に、あらゆる努力をします。あなたの様な学生さんなら、いい大学に入る為に勉強する。裕福になりたい人なら、頑張っていい就職先を探す、仕事に打ち込む。異性にもてたいなら、外見をよくする努力をする。話術を高める、お洒落な格好をする……どれもこれも、努力しなければ手に入らないものですよね」
「ま、まあ……確かにそうですね。みんな形は違えど、努力して何かを得ようとする訳ですから」
「でも……その努力が、必ず報われる訳じゃない」
「……」
「例えば受験。いくら頑張ったからと言って、みんなが合格出来る訳ではありません。競争ですから」
「そうですね」
「好きな女の子がいても、自分のものになるとは限らない」
「……」
「それがもし、全て叶うとしたら、どうですか」
お姉さんがそう言って、俺の目をまっすぐに見つめた。
「全て叶う……いやいや、そんな人いないでしょう」
「そうですね。普通はあり得ません」
「……ですよね」
「でも……もし出来るとしたら、どうです?」
お姉さんの熱い視線に耐えられなくなり、俺はうつむいた。
多分、耳まで赤くなってる。
「……そんなこと、無理でしょう」
「私にはそれが出来るんです。それを今日、あなたに勧めに来たんです」
「それはその……やっぱり宗教とか?」
「いいえ。残念ながら、神や仏では駄目なんです。だって彼らは、その力があるのに行使しようとしない。人間が、自らの力で勝ち取らないと意味がない、そんな愚かな妄言を吐きながらね」
そう言って深いため息を吐く。
「じゃあ、どうやって」
「私はさっき言いました。願いを叶えるには、代償が必要だと」
「はい」
「代償とは、言い換えれば命なんです」
「命?」
「はい、命です。例えば受験。絶対合格すると決意し、夜遅くまで勉強する」
「……」
「勉強に費やした時間が、その人の学力を上げる訳じゃないですか」
「まあ、そうですね」
「時間。費やした時間。それって要するに、その人の寿命を削ってることと同義だと思いませんか?」
なんだなんだ? 話がとんでもない方向に向かってるぞ。そんなことを思いながらも、お姉さんの言葉は妙に俺を納得させた。
「贅沢な暮らしがしたい。その為に必死になって働く。普通の人でも、1日の3分の1以上の時間を仕事に費やしている。人生の3分の1を犠牲にして勝ち取る、それがお金じゃないですか」
「ま、まあ、そうとも言えますね」
「しかもそれが、必ず報われる訳じゃない」
「……」
「それが私には出来るんです。どんな願いでも叶う、それをあなたに実感してもらいたいのです」
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