第22話 『いたずら兎』

 もふもふっとした白い毛皮で覆われたイタズラ兎は、大の大人でも串刺しにできそうな巨大なつのをもっていた。イタズラ兎の赤い瞳が鋭くなっていく。私たちはいたずら兎とエンカウントしたのだった。


「そんな……、どうして、この森に、……兎が」


 アリスは、イタズラ兎を見て呆然としている。


 これがアリスの言っていた、いたずら兎? 


 うーん、これは、可愛いと言っていいのだろうか。籠に穴が空くどころか、私の背中に穴が空いてしまうような気がするのだけど……


 イタズラ兎が角を振り回し、周囲の木々をなぎ倒している。あの角で冒険者の採取を邪魔するらしいけど……


 ふと、私はおかしな妄想を頭に思い浮かべた。


 冒険者達が、このイタズラ兎の角で吹き飛ばされ空中を舞っている。それでもめげずに、冒険者達は採取を行っている……、そんなイタズラ? を何度も何度も繰り返えされているにもかかわらずに、この可愛い兎ちゃんめっと、冒険者達がこのイタズラ兎に笑いかけるのだった。……、そんなさまを私は思い浮かべてしまった。


 あのね、ありえなくない? でもさ、こんな兎ちゃんを相手にしながら、採取できる冒険者って実はかなりの頑張り屋さんで、ドMなのかもしれないよね。私としては、かなり頭がイってるんじゃないかと心配してしまいそうだけど……


 ……で、でも、アリスや冒険者達は、あれが可愛い兎だと思ってるんだよね。クライブやエストも皆して、イけてるトレシャツのことを悪く言ってたし。ああ、なるほど、これが、こちらの世界の常識というやつで、きっと、あの兎はこの世界では可愛いんだよね。なんだ、そうなんだ、そう思うと、わたし、あの兎のことすごく可愛い兎ちゃんに見えてきた。


「アリス、この兎ちゃんだけど本当に可愛いね」


 私はアリスに笑みを浮かべた。そんなに見つめてしまうほど、イタズラ兎が可愛いのは、わたしにも分かるけど倒さないと、ここから脱出できないからね。アリスごめんね。


「……でも、倒さないとね」


 私はイタズラ兎に向けて槍を構えた。


「そ、そうですね、倒しましょう」


★★★


 アリス視点


 私は呆然としたまま動くことができなかった。このモンスターは四天王の一角、殺し屋兎だった。


 教会は殺し屋兎とヘルベアーが四天王の座をめぐり仲間割れしていたところを奇襲攻撃し、ヘルベアーの討伐に成功したが、殺し屋兎はあと一歩のところで、取り逃がしたらしい。


 その討伐時に聖の聖痕継承者タロスが同行していれば闇属性の殺し屋兎をたやすく倒せたと教会関係者は言う。


 ヘルベアーとの戦い、それに教会側の攻撃で負った傷も今は全快し四天王に昇格した殺し屋兎はあの頃よりも格段に強くなっているはず。


 すでに私達は、殺し屋兎の攻撃対象になっている。もう奇襲攻撃すら行うことができない。それにこの森の静けさから、この森に踏み込んだ生き物達はかてとして殺し屋兎に吸収されてしまったのではないだろうか。殺し屋兎がどれほどの力を取り込んだのか分からない。


 教会の精鋭ですら討伐しきれなかった四天王を私達だけで、しかも、また何かの結界魔法によって、私達は閉じ込められ、もうこれでは助けを呼べない。


 またあの時のことを思いだしてしまう。オークキングにグレートソードを振り下ろされて、絶対絶命だったのときの恐怖が……、身体がふらついてしまう。


「アリス、この兎ちゃんだけど本当に可愛いね」


 まさか、おねぇさまにとっては、四天王がただのウサギ程度なの?


 でもおねぇ様なら聖女のドレス、さらに聖痕継承者が選ばれるはずの最強の武器ゲイボルグに選ばれたのだから。


 聖痕継承者のサポートもなく四天王の一角を瞬殺した力をもつ聖女。


 まさに規格外、最強の武力をもつ歴代最強の聖女でありながら、雷の聖痕継承者でもあるのだから。


 私は聖痕継承者として、おねぇ様をサポートする。怯えている場合ではなかった。おねぇ様と一緒なら、わたしの運命の火はきっと消えない。

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