知っている少年2
「どこで、ぼくの名前を?」
遠夜の問いに、少年は済ました顔で窓の風景を眺めている。いくら窓外を見ても、そこには雪に覆われた殺風景な街が広がるだけだ。特に今朝は、薄墨で辺りを塗ったふうな暗さに満ちており、雪景色を楽しむような天候ではない。つまり、少年は答える気がないのだろう。
「君は不思議だな。当てずっぽうにしたって、勘がよすぎる」
「……当てずっぽうなんかじゃないさ」
少年は窓に目を遣った状態で呟いた。答えを諦めていた遠夜は、もたれていたシートから体を起こす。定期入れのことといい、名前を知っていることといい、少年はあまりにも謎に満ちている。もしかして自分が覚えていないだけで、以前に会っているのだろうか。遠夜は、そんな予感がした。
車内アナウンスが流れ、学校が近いことを教えていた。降車ボタンは、前方にいる上級生が押したに違いない。遠夜はいつも通り、整理券と定期券の準備をし始めた。定期入れを鞄の外ポケットから取り出すと、少年は振り返って遠夜の手もとを注視する。
「そんなに珍しいかい? 君はこの間から定期入れを気にしていたけど」
「だって、……新しいんだろう」
「前のは失くしてしまったんだ。だから、新しいのを買わざるを得なくて」
遠夜は文具店で買った、合皮素材のモカ色の定期入れを、少年に判るように提示した。あんなに見たがっていたのに、いざ目にした少年は面白味のなさそうな表情を浮かべる。まるで、自分のほうが数段上とでも言いたげだ。
乗降口が開き、生徒たちが揃って車内を出て行く。少年に立ち上がろうという気配はなく、遠夜は一人席を後にした。本当は少年のことが気がかりだったが、今はバスを降りなければならない。
「遠夜のことなら、大抵知ってるよ」
陰りのある独特の声が耳に反響する。少年を乗せたバスは、一向に止もうとしない雪によって掻き消された。唯一残った轍も、次第に見えなくなる。
以前に使っていた定期入れは、初雪が街に降り立った日にどこかへやってしまった。道の途中で失くしたのか、バス停に着いてから落としたのかは定かでない。バスを降りる間際になり、定期入れを紛失したことにようやく気が付いた。
アクリルでできたパールホワイトの定期入れは、この雪の中に紛れて埋まっていることだろう。もちろん、シーズン毎に買い替えていた、まだ新しい定期券も一緒だ。
「本当は、こんなのじゃあ嫌なんだ」
遠夜は手にしていた馴染まない定期入れを、そっと鞄に仕舞い込んだ。
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