第2話

   

「いちいちメモは取らんでよろしい。仕事の手順は直接、頭に叩き込みたまえ」

「はい」

「紙に書いていたら、その間、手を動かせないだろう?」

「はい」

 俺の指導を担当する先輩社員は松崎という名前で、顔つきから判断すれば30代後半だが、頭を見れば40代半ば。仕事のストレスのせいか、あるいは単に年齢的な理由なのかは不明だが、とにかく髪の薄い男だった。

 最初の二日間は特に何事もなく、俺も自分自身のことで手一杯であり、だから気づかなかっただけかもしれないが……。

 三日目の朝。

 松崎の頭に、おかしな寝癖がついていた。


 小指の爪よりも小さな寝癖であり、彼のように薄い髪でなければ、埋もれていたに違いない。

 昔読んだ漫画に「妖怪が近づくとアンテナみたいに髪が立つ」という主人公が出てきたが、あんな感じでピンと跳ねている。

 朝、髪を整える時間もないほど、慌てて出勤したのかもしれない。そのせいだろうか、いつもより少しイライラしているようで、些細な点で俺を注意してくる。

「この程度の内容、まだ覚えていないのかね? 昨日も教えたばかりではないか」

 こうなるのを恐れて、言われたことは全てメモしておきたかったのに……なんて言い返せるはずもなく、おとなしく謝るのみ。

 まあ俺は直属の部下のようなものだから、松崎に怒られるのは仕方ないとしても、

「山本君、そこにある書類は何かね? そんな書き方では、パッと見て意味がわからないだろう!」

「K社から電話があったが、どうやら我が社について良く思っていないようだぞ。遠藤君、キミの担当だったはずだな?」

 などと、彼の直接の業務と関わりない者たちにまで、小言を並べていた。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る