かえるのうた

那々瀬

第1話

 そのカエルは、普通のカエルでした。

 隣の池のカエルは、高跳びが得意です。向かいのおうちのカエルは、とても美人です。

 でも、このカエルには、何もありません。なんの不思議もない、ただのカエルです。

 ある日の夜、カエルはお星様の下に行ってお願いをしました。

「お星様、お願いします。僕には何もありません。ただのカエルです。こんな僕に、ひとつだけ、たったひとつだけ、僕だけのものが欲しいのです」

 カエルは強く目をつぶり、お星様にそうお願いをしてから、三日月の下で眠りにつきました。

 翌朝、カエルは元気よく目覚めました。勢いよく跳んでみましたが、いつもと同じくらいにしか跳べません。もしかしたら、かっこいい顔になっているのかもしれないと思い、カエルは水たまりを覗き込んで、自分の顔を見ましたが、何も変わっていません。

 しかし、頭に何かがありました。 水面に、ゆらゆらが映っています。カエルは驚いて、頭をさわりました。確かにありました。カエルの頭には、花が咲きました。白に黄色の、とても綺麗な花でした。カエルはとても喜びました。

 早速、隣の池の、高跳びのカエルに見せに行きました。

「おはよう!みてみて、僕の頭に花が咲いたよ!とても綺麗だろう!」

 カエルは自慢げに言いました。高跳びのカエルは目をぐぐっと細めて、難しい顔をしました。それから大きな口を開けて言いました。

「なんだぁ?その花。頭に花が咲いてるカエルなんて初めて見たぜ」

「そうだろう。僕はすごいんだぞ!」

 カエルは、ふふん、と鼻をならして言いました。

 けれど高跳びのカエルは言いました。

「おかしいんだぁ。頭に花が咲いているカエルなんて。お前の頭、変なのぉ」

 高跳びのカエルは指をさして、ケロケロっと笑いました。

 カエルは、何だか嫌な気持ちです。

(高跳びのカエルは、きっと目が悪いんだ。この綺麗な花がよく見えていないから、あんなことが言えるんだ)

 カエルは高跳びのカエルのことが、よく分かりませんでした。

 次に、向かいのおうちの、美人のカエルのところに行きました。

「おうい。見てくれよ、僕の頭に花が咲いたんだ。とても綺麗だろう?」

 カエルは得意げです。

 美人のカエルは、お化粧をしている鏡越しにこちらを見ました。目を大きく見開いて、とても驚いた顔をしています。それから、こちらを振り返ると、だんだんと笑顔になって、ついには大きな声を出して笑いました。

「なあに、その変な頭。マジックの練習でもしているの?ファッションなら、やめた方がいいわよ。とてもおかしいから」

 美人のカエルも、ケロケロっと指をさして笑いました。

 カエルは驚きました。この花はとても綺麗で、自分だけの、素敵なものだと思っていたのに、他のみんなは違うのです。

 カエルは自分の花に自信が無くなりました。それと同時に、みんなと違うことが恥ずかしくなりました。周りの人がみんな、自分のことをバカにしている気がして、怖くてたまらないのです。

 カエルは花を抜こうと、引っ張りました。けれど抜けません。もっと強く引っ張ってみましたが、抜けません。

(いててて)

 カエルは悲しくなりました。

(ああ、僕はなんて我儘なカエルなんだろう。周りと違う生き物でありたいと願うくせに、人一倍、周りを気にして生きるのだ。ああ、いやだ。僕は僕が嫌いだ)

 その日の夜、カエルはもう一度、お星様の下に行きました。

「お星様、お願いします。どうかこの花を枯らしてください。僕はもう、普通のカエルに戻りたいのです」

 カエルは、ゆっくりと、目をとじました。

 その時、三日月の少しが溶けだして、落ちてきました。きらきらと、まるで流れ星のようです。

それは、とてもとても綺麗で、自然と涙が出てきました。

 溶けた少しの三日月は、ゆっくりと、花を枯らしていきました。だんだんと茶色くなっていく花を、カエルは見ていません。枯れた花は、自然と頭から落ちました。

 カエルはお星様にお辞儀をしてから、枯れた花をしばらく見つめていました。少し寂しくなった頭を撫でた後、カエルは家路につきました。

 夜の風には、まだ冬の匂いが残ります。三日月の下には今も、スイセンの花が枯れたままです。

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かえるのうた 那々瀬 @nanase_0907

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