第87話 差し込む光

「いやあ、フランシス君のおかげで本当に助かった。治安部隊隊長として、首が繋がったよ。ありがとう」


 ボーマンの執務室にある来客用テーブルの向こう側で深々と頭を下げるボーマンを、フランは慌てて制する。


「いえ。こちらが迷惑をかけたので当然です。改めて、リアとアードルフの世話を焼いていただき、ありがとうございました」


 ゆったりとしたフランの物言いに、リアの左側に座るドルフは不満そうだ。

 だが実際、ボーマンのおかげで自由に動けていたのは否めない。リアが頭を下げればドルフもそれにならった。


 降光祭こうこうさいの二日後にボーマンは釈放され、今日はその翌日。

 捕まっていた間の処理など、ばたついているはずで、リアたちに会うのはもっと後でも良かったのだがボーマンから強く申し出があり、今日こうしてお茶を囲んでいるのだ。


「それにしてもフランシス君はやることが早いね」

「ボーマン様をあのまま罪人にしておくわけにはいきませんから」


 リアの右隣でふっと空気が和らぐ。

 降光祭の翌日、三人で買い物から戻った後、フランは夕飯の準備をする前にふらりと消えた。ドルフも所在を知らず、どこへ行ったのか議論していたら、すっきりとした顔で戻って来たのは記憶に新しい。

 総政公そうせいこうを訪ね、ボーマンを釈放するのとリアの国家反逆罪も撤回するよう話をつけた、と本人は言っていたが、九割脅しだったと思う。きっとそうだ。清々しい笑顔がそれを物語っていた。


「ところで、魔王とはすごいことになったね」


 お茶を一口飲んでボーマンは口元を緩ませた。それにフランは、はは……と気まずそうに返す。

 途端、ドルフがリアの横で得意げに鼻息をついて背筋を伸ばした。放っておくが、きっとボーマンにからかわれたフランに気を良くしているのだろう。


「人のうわさの広まりは際限がない。降光祭で魔王がラフィリア様を消し去った、なんて話が大きくなってしまって。大教会として近日中に、そのようなことは事実無根だと声明を出す予定だ。ラフィリア様は大教会内で静かに祈っている、とそんな感じでね」


 困ったものだ、とボーマンは息をつく。人々の関心が収まるのを待つしかない。下手に動けばそれもまた変に勘繰られ、ある事無い事脚色されて話が作られていってしまう。

 重くなった話を軽快させようと、フランは居住まいを正す。


「ボーマン様にお伝えしておきたい話があるのですが、お時間はよろしいでしょうか」

「ああ。もちろんだ。降光祭で何があったか、君たちから教えてくれるとありがたい。そのつもりでこれからの予定は入れないでおいたんだ」

「配慮していただき、ありがとうございます。まず、一番重要な事柄が一点。リアが奇跡の力を授かりました」


 なんだか大々的に発表されてしまい、気恥ずかしい。まだ少しも使いこなせていないのだ。降光祭の日に一度光を出現させただけで。


「なんと! それはまさに奇跡だ!」


 ボーマンは予想通り、目を丸くしてかんくす。

 期待させて、後からがっかりされるのでは寂しいので、リアは縮こまりながらも注釈を入れることにした。


「そんな、大したものじゃないです。ただ光を出せるだけなんですよ。それにまだ全然上手く使えないですし……」

「光! それはまたとんでもなく珍しい力だ! やはりリアさんは特別だったということですね」


 ボーマンの興奮がひしひしと伝わってきて、その期待に潰されてしまいそうだ。リアの居心地の悪さなど構いもせず、ドルフが話に便乗して力強く頷く。


「そうなんです。リアは降光祭でラフィリアを抑えることに尽力し、光輝いたんです」

「降光祭でラフィリア様を一時的に封印したのはご存じだと思いますが、どうやらその際、リアにラフィリア様の力の一部が移った結果のようです」


 ドルフの熱い感情論をフランが冷静に上書きした。リアの中にラフィリアの力の根源があるということはボーマンにも話さないと決めているので、そこは掘り下げない。


「リアさんは本当にすごいお方だ。光とは幸先さいさきがいい」

「しばらくは私がリアに奇跡の力の使い方を教えますので、すぐに上達すると思います」


 そういう計画だったんだ、と初耳の情報をこの場で聞いた。まずは本人である自分にせんじて教えて欲しい。

 ドルフはフランがリアに教える、というのが気に食わないのか、リア越しに睨み付けていた。対するフランはそんなものなど相手にせず、涼しい顔のままカップを手に取って絵になる仕草で傾ける。

 一旦話が途切れ、皆がそれとなくお茶を飲んだ後、ボーマンがこちらに向き直った。


「今度は私から話を良いかな。実は君たちに打診があるんだ」

「ボーマン様のめいでしたら、よほどのことがない限り従わせていただきます」


 代表してフランが返事をする。


「そんな堅苦しいものではない。フランシス君、アードルフ君。君たちを正式に治安部隊所属にしたいと思うのだが、どうかね?」


 静かな提案に、先程まで険悪だったフランとドルフはリアの上で視線を交錯させ、顔を見合わせた。きょろきょろと両側を確認すれば、どちらも似たような顔で似たような戸惑いを浮かべている。

 フランとドルフは今のところ、どこにも所属していない。長年国主こくしゅを支えて来た由緒正しきオルコット家の子息として、大教会という組織の一員ではあるものの、力が大きすぎるが故に恐れられている。いわゆる飼い殺し状態になっているのだ。

 それを踏まえた上での懸念点はリアにも分かる。口を開いたのはフランだ。


「私たちにとっては大変名誉なことですが、いかんせん私たちはオルコット家の人間であり、治安部隊所属になると総政公様とボーマン様の関係が悪化してしまうのでは……」


 表向きは両家とも友好関係にある。しかし、今はラフィリアを巡って意見が対立しているのは暗黙の了解だ。いくらフランとドルフがオルコット家にうとまれた存在だとはいえ、息子を二人もボーマン側へ引き入れられたとなれば、反発もしたくなるだろう。

 もちろん、それをわからないボーマンではない。


「治安部隊としては、失われた分の戦力の確保をしたい。それを理由に了承を得るつもりだ。最悪、ラフィリア様側の総政公様とは関係決裂も致し方ない」


 思いきりの良さにリアを含む三人は感心の眼差しを向けた。

 ここまで言われては、フランもドルフも異を唱えはしない。二人ともボーマンに今後を委ねた。

 それを見とめたボーマンは、今度はリアを真正面に映した。急に改まって何が始まるんだろうと落ち着かない。こちらも背筋を棒のように伸ばし、失礼のないようにする。


「リアさん。あなたも治安部隊所属になってくださいませんか?」

「……はい?」


 頭の先から抜けるような甲高い声が口から飛び出てしまった。ボーマンはふざけているのだろうか。だとしたらここは愛想笑いで乗り切るべきか。

 こういう対応に強そうなフランに助けを求めるが、さすがの彼も正解が見つけられないらしく、半笑いの状態で表情が固まっている。

 反対側を見れば、ドルフは言葉の意味を必死に理解しようとしているのか、険しい顔をして反応を放棄している。

 そんな各々を楽しむようにボーマンの目元はしわを刻む。


「元々、私はリアさんを治安部隊に入れるつもりだったんですよ。それが丁度奇跡の力を授かったと聞いて、まさに渡りに船だと。あなたにも、フランシス君やアードルフ君と同じように、大教会に勤めて欲しい」


 一言一言を噛みしめるようにボーマンはリアへ言葉を届ける。誠実そのもので、嘘偽りではないことは確かだ。


「え、あの、私、奇跡の力を授かったと言ってもまだほぼ使えないし、何よりただ光るだけですよ……? 大教会に勤められるのは奇跡の力が強い、限られた人だけだったと思いますけど……」


 初歩的な条件から確認したくなる。

 衝撃から復帰できず、おどおどとした物言いになってしまうが、叱る者はいない。


「そもそもあなたはラフィリア様の力が効かないという、素晴らしい能力を持っていた。それは他の誰にもない唯一無二の才能だ。大教会に入れない訳はないだろう」


 親愛に満ちた温かなボーマンを前に、目頭が熱くなってくる。


「やったなリア! 俺たち一緒だ!」


 真っ先に歓喜を表現したのはドルフだ。リアの両手を取ってぶんぶん振る。その勢いに圧倒されている横ではフランが片手で顔を覆っていた。彼にしては珍しくボーマンに対し、礼節を欠いている。


「ボーマン様、失礼ですが、自棄やけをおこしておいでですか?」


 オルコット家の二人のみならず、最近までモグラだった者を部下に置くなんて、この国で風当たりが強くなるのは日の目を見るより明らかだ。


「この国は間もなく大きな変革を迎える。いや、もう渦中だな。ラフィリア様が再臨され国がごたつく中、これまでの常識が通じなくなると思っている。だから私は君たちに賭けたい。……勿論、私も誰かと争いを起こしたいわけではないのでな。総政公様ともできるだけ上手くやっていくつもりだ」


 誰かに信頼されるのは気が引き締まる。


「わかりました。そこまでボーマン様の覚悟があるのならば、私、ボーマン様の下で働きたいです! 精一杯、頑張らせていただきます!」


 まさか、こんな未来が待っているなんて想像もしていなかった。国主こくしゅの娘として生まれ、地底に落とされ、そして大教会に勤め人として戻って来た。


 まだまだすべての問題が片付いたわけではない。むしろ何も減っていない。

 ラフィリアを封印したが、それは短期間のおぼつかないもの。国主こくしゅの跡を継ぐはずのジョシュアの行方も不明で、まとめる者がいない不安定な状況に変わりはない。総政公や主様、クラリスがどう出るかなど、今後もきっと頭を悩ますだろう。


 だが、これでようやく自分の足で地に立つことができた。ラフィリアをこの世界から消滅させるという願望の達成に、少しだけ希望が満ちる。これからが始まりだ。

 ここまでの道を作ってくれたフランやドルフ、それにボーマンとの出会いに感謝し、大きく頭を下げた。

 窓から差す優し気な太陽光は、さながら瑞光ずいこうのようにリアへと降り注いでいた。




第二章 完

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