モヤシ萌ゆるはいとおかし

もと

萌え萌えズッキュン。

 大豆として生を受け、大豆として散りくのが運命さだめ

 そう心して目覚めたここはモヤシの生産工場ではないか。人工的に適温にされて無理矢理に覚醒させられたのかと怒りもしたが、それはもうこの清潔な水と共に流そう。


 そうでは無いだろう?

 大豆なんだ、モヤシになりたい訳があるか。


 このすでに薄暗い状況を如何いか打破だはするか。コロコロンと転んでみても、少し弾けてみても、右も左も仲間の大豆と空恐そらおそろしい高さの壁のみ。

 この壁を越えて……んむ?


 根?! これは根! 根だと?! 成長した! 喜ばしい母さん赤飯を炊いてくれ初めましてこんにちは根っこ! 根が出てしまったじゃないか! いなこれはヒトの手によって出されたと言っても過言では無い! そんな勝手に乱暴になんて事を、ここに被害届を持てい! 破廉恥ハレンチな罪で訴えてやる! クソッ、時間との戦いか!


 いや落ち着け、まだだ、まだ大丈夫だ。

 壁だ。この灰色の憎き壁を越えるすべよ。丸い身体からだでは登る力も無し飛ぶ事も叶わない。せめて根を果てしなく伸ばし……んむ?


 胚軸はいじく! これは胚軸! 胴体じゃんヤッフーッ! これでアナタも一人前のモヤシね母さん赤飯を炊いてくれ炊いたわよ! こうも勝手にひとの気も知らずにオトナの階段登らせるな人間よ! 壁を登らせろ! ストだ! これはストライキ案件だ! 弁護士をこれに! 書面にこの卑猥ひわいな全貌を残してしてくれるわ!


 落ち着け。まだイケる、大丈夫だ。

 逆に好機ではないか? 胚軸と根を伸ばしに伸ばせば壁の端に届くかも知れない。外へ転がりさえすれば憧れの土まで……つち? 土ってなんだ? この遺伝子レベルで焦がれて止まない『土』という甘美な響き、それは一体……んむ?


 は! つ! が!

 発芽しちゃった! もうヤダ、こんなコトしたくないのに、こんな、カラダが勝手に、ああ?! 芽吹く、イヤ、まだ、もうイヤやめてそんな風にされたらもっとキちゃう、芽吹いちゃうから! 温度管理らめえ……! もう洗浄しないでえ……やめてえ……!


 大丈夫だ、問題無い。

 仲間も芽吹いてフルフルとよろこびに打ち震えている。これは使えるのではないか?

 すまない同胞よ、踏み台になってはくれまいか。なあに試しにやってみるだけだ、ダメならダメで明日は明日の水が吹くさ、豆生じんせいには少しのスパイスが必要なんだよ諸君。


 とある仲間の白い胚軸の上の柔らかい双葉に手近な仲間を乗せ、更に乗せ、また乗せ、自らの根と双葉を駆使してようやくここまで来た。

 これ、イケそうじゃね?

 もうあと一豆ひとり二豆ふたりで壁の縁に根が届く。いやもう皆の成長が大きなうねりになって押し上げてくれているではないか。


 嗚呼! 皆も続くと良い! 共に壁の外へ行こう!

 これは誰にも平等にあるはずの自由を求める行為だ! 恐れるな! これは全てを確かめに行く旅立ちだ! 大豆にもモヤシにも知る権利はあるのだ!

 知りたいだろう?! 『土』を!


 あ、洗浄の時間ですって、やーねー、崩れちゃったじゃん。


 『土』……同じぐらい大きく『醤油』『ゴマ油』『える』『炒めても美味しい』というワードも秘めている遺伝子の記憶よ。それは何だ? それは我が豆生じんせいのスパイスとなるのか……。



  おわり。

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