第27話 殺す気で拒絶しろ!
「俺は随分我慢した。だからこれ以上は無理だ。分かるな?」
子ども扱いされるたびに自分は成人した大人なのだと言っていたのだから何を言わんとしているのか分かるはずだ。
美羽はびくりと肩を跳ね上げるが腕の下に顔を隠すようにしたまま返事をしない。
「これだけは忠告しておく。竜族と人族の身体の作りは違う、受け入れるだけでも辛いだろうから」
「ちょっ!違うって?」
腕を口までずらして恐怖に引き攣った顔を覗かせる。その額に優しく口づけて次にこめかみにもう一度。
「嫌なら全力で拒絶しろ。俺を殺すつもりで嫌がれ」
嫌じゃなければ受け入れろ。
美羽の中にあるイヴリールへの想いを認めて、全てを受け入れて欲しい。
もし恋愛感情としての好意が無かったとしたら渾身の力で拒絶し、いっそのこと殺してもらいたい。
この想いと共に。
「ちょっと、なによ、それ。重いんですけどっ」
恐怖に揺れる瞳を見つめながらまた唇を奪い、何度も何度も重ねていく。浅く、深く、舐め上げて、噛みついて。
目の端から流れる涙を指で掬い、それでも止めないのはこれが最後の好機だからだ。これを逃したら美羽はイヴリールを避けて、本当に他の竜族を選んでしまう。
「っや!んっ!い、やだっ!」
「くっあ!」
僅かに離れた瞬間に美羽が頭を振って抵抗すると、頬と髪に触れていた手がびりびりと痺れて肩まで電流が走る。背骨を伝って腰の辺りまで鈍い痛みが到達し力無く、美羽の上に倒れ込む。
「わっ、ちょっとイヴ、大丈夫なの?」
洟を啜りながら苦しんでいるイヴリールを不安そうに呼ぶ美羽の声と吐息が旋毛を擽る。小さな手が二の腕に添えられて軽く揺さぶられた。
自分の拒絶がイヴリールを苦しめているのだという事実に戸惑い、恐怖している。
「……俺の心配じゃなく、自分の心配を、しろ」
むくりと起き上って夜着の胸元の紐を解いて大きく広げる。華奢な鎖骨と確かな膨らみが顕になってイヴリールの脈拍を上げる。
がむしゃらに腕を突き出して美羽はイヴリールの身体を押し退けようとするが両手首を掴んで寝台に押し付けると無防備な谷間に鼻を押し付けた。「あ」と美羽の口から甘い声が漏れて目を上げると潤んだ目で睨まれる。
「ちがっ。これは」
必死で否定して肩を揺らして拘束に抗いながらイヴリールの顔から逃れようと動かすが逆効果で、左右の胸が交互に頬を撫でていく柔らかさに蕩けそうになる。
我慢できずに右手で夜着の衿元を引き下げて胸を包んで唇を寄せた。
「やっ!待って。許して!もうやだ。ほんとにやだってばっ!」
「────!」
今度は声を上げることも出来なかった。
下から突き上げてくる強烈な一撃に跳ね飛ばされてイヴリールは床に転がる。
後頭部から倒れるのは分かっていたが、受け身を取る余裕も無い上に、身体が指一本自分の意思で動かなかった。
もしかしたら一瞬意識が飛んでいたかもしれない。
────イヴ!大丈夫!?ねえ、生きてる?
目は開いているのに身体は動かないので美羽が寝台の上から飛び降りて駆け寄ってくるのに返事もできない。
膝を着いてイヴリールの胸に耳を当てて、心臓が動いているのを確認すると少し表情が和らぎ、きょろきょろと周りを見渡して迷った後で立ち上がろうとした。
「み、う」
喉が引き攣れて聞いたことの無い様な掠れた声が出た。
それでも美羽は自分の名を呼ばれたことに気付いて動きを止め、再び膝を着いて顔を覗き込んでくる。
「イヴ、本当に死んだかと思って、びっくりして、恐くて」
「死んでも……いい」
「ばかっ。何言ってんのよ!」
縁起でもないこと言わないで、と胸をぽかりと叩かれる。
「美羽が、他の雄と、番うのなら、死んだ方がましだ」
「なんで……?」
涙をポロリと零して美羽は目を伏せた。
濡れた睫毛が重く、微かに震えている。
そこにはイヴリールの想いを信じられずにいた頑なさは無く、ただ純粋な疑問だけが残されていた。
「私、ローラさんみたいに美人でナイスバディでもないし、村の女の子達みたいに若くて可愛くもないのに」
なんで私なの?
「……好きになるのに理由がいるのか?」
何故かと問われても答えられない。
初めて会った時から調子を崩されっぱなしで、胸やら脚やら剥き出しにしているからそこにばかり目がいく。
羞恥心が無いのかと思っていればそうでも無く、スカーフを取る意味を教えればそれ以降はきちんと巻いて注意をしていた。
後ろをついて回って質問攻めにされ面倒だったはずなのに、言葉を覚えて村人たちと親交を深める姿を見る度に何故か苛立って。
嫌がらず土いじりをして畑を耕し、家事をこなす美羽は生き生きとしていた。
いつだって一生懸命だったから。
気付けば好きになっていたとも言えるし、初めから意識していたのだとも思える。
「私イヴが思ってるよりもずっと年上だよ?」
「関係ない」
「あるよ」
「なんだ?年上だから遠慮してんのか?」
「……それもある。こっちの結婚適齢期は十八歳がピークでしょ?イヴは丁度それぐらいで、私はピークを過ぎた行き遅れだよ」
ゆっくりと体を動かして上半身を起こすとくらりと眩暈がした。
年齢ぐらいで今更気持ちが変わるわけも無いのに美羽はそんな些細な事を気にしているらしい。
「お前はグリュライトでの年齢は0歳だろ?俺より遥かに年下だ」
「ちょっと!じゃあイヴはその赤ちゃんを押し倒して、キスしたわけ?」
「確かに、0歳はまずい。とにかく俺が気にしないことをお前が気にすんな」
「う~ん。納得していいのか、ここはもっと突っ込んで行くべきなのか」
腕を組んで唸る美羽の頬を両手で挟んで優しく口づけた。
「で?返事は?」
「うっ!」
即答しない美羽を軽く睨んでもう一度唇を重ねる。
ゆっくりと、十分に。
「美羽が帰りたいと願うなら、俺は止めない」
本当は離したくないけど、と続けると美羽は眉を下げて泣き笑いの顔をする。
「行けるのなら美羽の生まれ育った世界に俺が行っても良い」
里以外で育ったイヴリールなら異世界で生きて行くことも可能かもしれない。
大きな扉を入って直ぐに見た細長い建物が乱立する世界。
沢山の人に囲まれて生きる世界は窮屈で生き辛いだろう。
でもそこに愛しい女がいるのだと思えば、その世界も大切な物になるかもしれない。
「ローラさんが」
「なんだ?なんで今、あいつの名前を出すんだよ」
そう言えばさっきもローラのように美人でもナイスバディでもないと自分と比較する対象として名前を挙げていた。
「もう、ちゃんと聞いて!ローラさんはセロ村にイヴが居られる限界が来てるからそのうち里に帰ることになる。イヴは村の娘達から伴侶を選ばないって決めてるから諦めるって。でも私には可能性あるんだから頑張りなさいよって言ってくれて」
洟を啜り上げて美羽は大きく息を吐く。
「頑張るも何も、私にはそんな魅力これっぽっちもないし自信もなくて。それでも好きで」
「美羽」
「ちょっと、最後まで聞いて。そんな目で見ないで」
むずがる様に身を震わせてイヴリールの視線から顔を背けると美羽はスカーフの無い頭を心許なげに抱える。
「好きな人と結婚して子どもを産んだら、私、帰れない。イヴが本気かどうかも分からなかったし、本気だったなら尚更イヴとは嫌だった。だから他の竜族の人なら誰でもいいって。そしたら何もかも忘れて家に帰れるから」
「俺のこともか?」
こくりと頷く美羽の頭を抱えている腕ごと抱きしめる。
「……イヴが親切心だけで協力してくれるって言ってくれてたのなら、私は安心して帰る手段の為だけにイヴを利用できたのに」
「利用されても俺は美羽を責めない」
「私が私を許せないよ」
美羽が胸に額を擦りつけてしがみ付いてくる。その背中をそっと撫でて髪の匂いを嗅ぐ。心の内をそわそわと落ち着きのない感情が湧き上がって来てくすぐったい。
「祝福なんかしてもらわなきゃよかった」
イヴリールの肩に右手を乗せてきゅっと服を握り締めて美羽は少し拗ねたように呟いた。
「視力が悪い時はまるで現実感無くて気楽だったのに、見えるようになったらハンパないリアルで。この世界で生きている人たちの顔がはっきり見えてきたら、適当に誤魔化すことも、切り捨てて平気な顔で向こうに帰ることも出来ないじゃない」
失敗した、と吐き捨ててイヴリールの首に両手を回してきた。
しげしげと見つめてくる瞳を受け止めて苦笑いすると、美羽が恥ずかしそうに耳を赤くする。
「年下で、しかもこんなイケメン私が捕まえるなんて奇跡きっと二度とない。だから」
「だから?」
意地悪く先を促すと美羽はあろうことか舌打ちした。
「選ぶ権利が私にもあるのなら、イヴがいい!」
「よくできました」
実際の選択権は美羽にしかない。
悔しそうに叫んで降参を宣告した美羽を抱き上げて寝台へと寝ころぶ。
驚いた様に見上げる未来の伴侶にイヴリールは微笑んで「言ったろ?我慢できないって」と優しく囁く。
「ちょっと、今からですか?もう朝、明るいよ!?誰か来たら――」
「来ない。白竜も巫女も銀竜達も俺の味方だからな」
「来るかもしれないでしょ!?」
「なるべく早く終わらせるから……」
「ひゃっ!さっき、イヴが警告した――!竜族と人族の身体の作りは違うって!受け入れるだけでも辛いって!それを早く終わらせられたら私の壊れる!死ぬよ!確実に!」
「大丈夫……優しくするから」
「ふぁ、う!」
文句を言いながらも拒絶しないのは同意しているのと同じである。
好機を逃さずに既成事実を作ることで美羽が逃げられないようにしよう。
そんな後ろ暗い思いで迫っているのだと知ったら嫌われるだろうか?
そんな姑息な手段を使ってでも手に入れたいのだと必死な想いを分かってくれればいいが。
今はこの柔らかで温かい幸せを抱き締めることで精一杯だ。
「美羽」
名を呼ぶと感極まったように目元を赤らめて涙ぐむので止まらなくなる。
このまま溺れればいい。
本能のままに。
誰も邪魔する者はいないのだから。
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