第23話 うらしまたろうと乙姫様
「なんだ?楽しそうだな」
美羽と二回目の面会を終えてカルセオがイヴリールの部屋へとやって来たが、その時丁度レン達銀竜と共に掃除後の休憩中だった。
銀竜達はセロ村でどんな生活をしていたのか知りたがり、特に美羽が引き起こした面白い話を好んで聞いてくる。
自分達の里出身の巫女が選んだ次の巫女を産む女について興味津々のようだ。
キラキラと輝く瞳を見ていると無下に断るのも気が引けて、イヴリールはついつい話して聞かせてしまう。
今も掃除の済んだ床に丸く座って美羽が村の子どもたちに話して聞かせていたうらしまたろうの物語を話していた所だ。
「あ!カルセオ様。今、面白い所なんです!美羽様の世界での昔から伝わるお話を聞かせて貰っていて」
レンが立ち上がりカルセオの為に場所を開ける。
どうぞ、どうぞと銀竜達に勧められて苦笑いしながら緑竜は大きな体を縮こまらせて座った。
「うらしまたろうという男が亀と共に海の中の城に行き、美しい乙姫様と楽しい日々を過ごすお話ですよ」
「へ~」
「美羽はグリュライトの言葉が片言だから子どもたちに、乙姫様を綺麗なねえちゃんって言ってたんだけどな」
「はははっ。美羽らしいや」
カルセオが笑ってそう評したので胸が少し痛む。
たった二度会っただけで美羽の言いそうなことだと理解している緑竜は、イヴリールから見てもさっぱりとした性格で笑顔も爽やかだ。
がっちりとした体格は威圧感があるが、それを緩和させる雰囲気と明るさはどんな女にも好まれそうだった。
「それからどうなるんですか?」
「うらしまたろうは乙姫様と幸せに暮らすんですよね?」
銀竜達は話の先をねだるが、彼らの思う通りの幸せな結末にはならない。
それが分かっていてこのまま語るのは気乗りがしないが、イヴリールは面白いとは思えない話でも受け取る側が変わればまた見方も違うのかもしれないと口を開く。
「三年楽しんでうらしまたろうがそろそろ帰ると乙姫様に言うんだ。乙姫様は帰らないでくれと頼んだが、帰ると決めたうらしまたろうを引き止めることは出来なかった。乙姫様は贈り物の箱を渡して、忘れないで欲しいと泣いた。決して箱を開けるなと約束させられて帰ったうらしまたろうだったが、そいつを知る者はだれひとりとしていなっていた。なんと海の中へ旅立ってから陸では七百年も経っていたらしい」
「七百年も!」
「そんな」
銀竜達は顔色を悪くし面白かったはずの昔話に思わずぶるりと身を震わせた。
イヴリールは首の後ろを掻いて更に意味不明の結末を離すべきかと悩むが、結局最後も含めてこのうらしまたろうの物語なのだからと伝える。
「うらしまたろうは乙姫様と海の中の生活を忘れられず、開けてはいけないと言われた箱を開けてしまう」
「で?どうなるんだ?」
あまりの衝撃に口をきけない銀竜らに変わってカルセオが軽い口調で促す。
「なんと――爺になったらしい」
「はぁ?」
「だろ?俺もそう思ったよ」
理解不能な展開に一体何が面白いのかと。
開けてはいけない箱をわざわざ持たせる乙姫様と箱を開けたら爺になったという部分はあまり重要ではない気がする。
美羽が気付いた様に、この物語が伝えたかったのは時間の流れが異世界では違うと言うこと。
「海の世界と陸では流れている時間が違うという設定らしい。これは美羽が住んでいた日本と呼ばれる国の話らしいが、同じような話が違う国にもあって妖精の国に誘われて数日過ぎて帰ったら数年経ってたと。別世界では時の流れが違うのは各国共通の認識らしい」
「──似てるな」
ぼそりと呟いたカルセオに顔を歪めながら同意する。
「美羽の世界とこっちでは流れる時間の速さが違う」
「イヴリール」
「なんだよ」
思いがけず真剣な顔のカルセオに見つめられ、イヴリールは怯みつつなんとか返事だけは返した。
「美羽はうらしまたろうだ。乙姫様じゃない」
「どういう――」
意味かと問おうとするとレンが瞳を揺らして伏せ「どんなに楽しくても、やはり生まれ育った場所に帰りたいと思うと言うことですね」ため息に混ぜて囁かれた言葉。
そうだ。
美羽は帰りたいと思っている。
帰りたいと願ううらしまたろうを乙姫がどんなに引き止めても彼の決意を変えることは出来なかった。
美羽を引き止めることも出来ないかもしれない。
昔話のように元の世界で七百年過ぎ、老婆になるということは無いが失われた月日は戻らないのだ。
「美羽が帰りたいと思っているのなら」
協力すると約束した。
今まで目を向けまいとしてきたが、自分の気持ちを優先して好きな女の意思を無視することはできない。
本当は帰って欲しくなどない。
だが、美羽の幸せを思うならば。
願うならば。
「その望みを叶える為に、俺はなんでもする」
例えそれが永遠の別れになったとしても、帰った世界で美羽が笑顔でいてくれるのならばそれでいい。
それだけ、でいい。
偽りの無い心で言えるかと問われれば難しいが、帰れないかもしれないと思い悩んでいた美羽の姿を思えばそれが最善なのだと納得できる。
「ただ、相手に誰を選ぶかによっては俺にも考えがある」
もちろん協力するとは言っても他の雄と美羽が寝台を共にするのは許し難い。
カルセオでもルピナスでもイヴリールは我慢できず、ニスはまだしもクレマを伴侶にと言われれば断固として抗議する。
「全力で美羽に挑む」
例え拒まれても。
「おうとも!その意気だ」
カルセオは破顔して右手でイヴリールの肩をバシバシと叩く。銀竜達も「頑張ってください」と里を超えて応援してくれる。
「お前の謹慎は明日までだ。必ず美羽と話しができる時が来るから。諦めんなよ!」
長いと思っていた一週間も残り一日となっていた。
その間ずっとレン達銀竜の手を借りて掃除をしたり、竜族について教えて貰ったりと楽しい日々を送っていたのであっという間だった。
ルピナスの嘘くさい惚気話も良い時間つぶしにはなったし、カルセオの訪問はまるで昔からの友人が遊びに来てくれたかのような錯覚まで抱いた。
銀竜達もすっかり懐いてくれて、アリウムの代わりに癒しとなった。
「良かったよ。緑竜の候補者がカルセオで」
照れ臭いことも相手がカルセオだと気負いなく言える。茶化したりせず受け止めてくれると分かっているから。
「俺も同感だ。でもあのまま黒竜の候補者が暗い奴のままだったら――」
「なんだよ?リーとの方が戦いやすかったか?」
「そうだな。断然やりやすかっただろうよ」
白い歯を見せて笑いカルセオは膝を押えて立ち上がった。慌てて銀竜達も腰を上げて通りやすい様にと端に寄る。
「イヴリールの応援なんかせず、美羽に取り入ってただろうな」
「カルセオ」
その口ぶりでは次代の巫女を掲げる絶好の機会をみすみす手放すつもりだと宣言しているような物だ。
緑竜の里に戻ってカルセオが責められることにならなければいいが。
「んな顔すんなって。俺が全力出さずに負けたってのは口にしなきゃ誰にも分からないんだ。帰る時は心底悔しそうな顔して戻るから心配するな」
「どうして俺の応援するんだよ」
「なんだよ。言っただろ?」
感動したんだ。
「ただそれだけだ」
だから頑張れよと笑ってカルセオは部屋を出て行った。
何故かイヴリールよりも銀竜達が感激して涙目で「カルセオ様は優しい方ですね」と感極まった声で言うので、目を閉じて込み上げてくる思いを噛み締めながら「ああ、ほんとにな」と頷いた。
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