第55話 あーん

 ザイオンは人口六五二〇万人で、三番目に人口が多い国だ。

 人口が多いということもあり、ソルジャー、歌姫の資質を持った者が現れるのも比例して多い。

 ザイオンにはSSランクソルジャーが一人、Sランクソルジャーが三人いる。

 これはラージュリアと同じ人数であるが、ザイオンが少ないわけではない。

 人口五〇〇〇万人のラージュリアに、Sランク以上のソルジャーが四人いることの方が多いのだ。


 そしてザイオンは、数少ない海が防衛圏内にある国でもあった。

 今のところ海でアスラが出現したという報告はなく、そのためザイオンでは漁が行われている。

 各国の海産物は養殖が主流になっているが、ザイオンのように天然物の海産物は流通自体が多くないので値が張る傾向にあった。



「さすが海がある国ね。こんなところでも潮の香りが感じられるなんて」



 ザイオンの滑走路へ降りるとソフィアが言った。

 内陸にあるラージュリアとは違い、滑走路でも微かに潮の香りが感じられる。

 気温はラージュリアよりも少し温かく、空気感は少し湿気が高いのかジメッとしたものであった。

 とはいえ季節は冬に入っているため、みんなコートなどの上着を着ている。


 滑走路にはバスが用意されており、シオンたちはそのままホテルへと向かうことになった。

 ザイオンにはすでに各国から派遣されるソルジャーと歌姫が集まっており、ラージュリアは一番最後の到着便で翌日にザイオンの軍で作戦会議が予定されていた。


 シオンはディーナからカードキーを受け取り、ソフィアと一緒にホテルの部屋へと向かう。

 ドアを開けると左へ向かって一〇メートルほど廊下が伸びている。

 黒い毛足が立った絨毯じゅうたんが敷き詰められ、間接照明、ダウンライトが照らしていた。

 廊下を進むと左側に脱衣所とトイレがあるようだったが、二人を驚かせたのは正面にある景色。

 ガラスで遮られた向こう側に、森林が見える露天風呂があった。


 右手にはリビングのようなスペースがあり、二人がけのソファーの前に小さなテーブル、そして大画面のTVが置かれている。

 スピーカーもいくつか設置され、映画などを観ることもできるようだった。

 ソファーのうしろにはカフェのテラスにあるような二人用のテーブルとイスがあり、そのすぐそばにエスプレッソメーカー、紅茶のセットが置いてあり、冷蔵庫には牛乳やお茶、アルコールが備えられていた。



(ちゃんとあった)



 そしてリビングの隣には繋がる形で寝室があり、それを見たシオンはホッとする。

 そこにはセミダブルのベッドがちゃんと二つ置かれていたからだ。

 リビングと寝室の間には間仕切りできる扉が天井から吊るされており、好みで使い分けられるようである。


 二人は備え付けのクローゼットで荷ほどきをして、紅茶を飲みながらTVを点けた。

 ニュース番組では今回の派遣のことが報道されている。

 各国からSランクソルジャーが派遣されていること、SSランクのシオンもメンバーにいることが取り上げられていた。

 それと同時に、ソフィアのことも同じくらいの扱いで報道されている。

 歌姫という部分と、今や世界的に売れている歌手としても見られているようだ。


 そんなソフィアはここでもシオンにベッタリになっている。

 シオンの腕をぬいぐるみを抱くような感じで抱き、肩に頭を乗っけて寄りかかってきていた。

 自宅と違いホテルということもあって、いつもよりシオンは意識してしまう。

 そんなシオンを下からソフィアが見てくるので、まるでそれを誤魔化すかのようにシオンは話を振った。



「えっと、食事はどうしましょうか? もう時間は大丈夫みたいですが」


「うん。行こっか?」



 二人がレストランに向かうと、食事はビュッフェ形式で用意がされていた。

 数百人単位の高ランクソルジャーや歌姫が宿泊しているため、コース料理では時間的に対応仕切れないのだろう。

 だがメニューについてはさすが海が近いというのもあって、ふんだんに海の幸が使われた料理が並んでいる。

 魚、貝、海老、蟹、海藻サラダなどがあり、そのほとんどが目の前で調理されていた。

 たとえばオマール海老は縦に二分し、クリーム系のソースとチーズで香ばしく焼き上げられたテルミドールまで用意されている。



「ねぇ、そんなにそれ美味しいの?」


「とっても美味しいですよ」



 ソフィアのお皿にはいろいろと少しずつ、綺麗に盛り付けられている。

 一方シオンの方は一皿は似たような感じだが、もう一皿はテルミドールだけ二つ乗っていた。



「じゃぁ、一口ちょうだい」



 口を少しだけ開けて、シオンにねだってくるソフィアをテーブルのキャンドルが照らしている。

 ライトが少し落とされているというのもあって、まるでソフィアの雰囲気は恋人のようなかんじだ。

 シオンはテルミドールが乗ったお皿を差し出すと、ソフィアは顔を近づけてきた。



「あーん」


(え、いや――)



 シオンはソフィアがしてきたことにドキッとし、まるでバトルフィールドにいるときのような速さで周囲に視線を走らせる。

 今ここにいるのはラージュリアから派遣された人がほぼ大半で、気にしてはいるみたいだが視線は外しているみたいだ。

 だがここにはホテルの従業員もおり、そのなかにはガン見している人もいる。

 例えばステーキを焼いていたシェフは、ソフィアのファンであると言っていた人だった。



「ねぇ? 早くちょうだい?」



 ソフィアは周囲の視線に気づいていないのか、それとも気にしていないのか上目遣いで催促してくる。



「一つもらってきましょうか?」


「美味しかったらいただくから、一口食べさせて」



 シオンは確認の意味を込めて取ってくることを申し出たが、そういうことではなかったらしい。

 シオンはフォークに一口サイズにカットされている海老を刺し、それをソフィアの方へと差し出す。

 さっきまではみんな視線を外していたのに、今はそうではなかった。

 ソフィアの唇が開かれて、フォークに刺さっている海老が口のなかへと入っていく。

 そしてソフィアの唇から滑り出てくるように、銀製のフォークが姿を現した。



「うん、美味しい。二人で美味しいもの食べてると、なんか幸せになっちゃうわね」



 ソフィアの笑顔は本当にうれしそうであったが、シオンはそのあとフォークを使うのに周囲をメチャクチャ気にすることになっていた。

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