第37話 銀色の瞳

 ディーヴァに乗り込んだソフィアとアイズは、二人でソフィア専用に用意されている部屋に来ていた。



「ディーヴァって外観も戦艦って感じではないし、なかも全然そんな感じではないのね。

 それに用意されている部屋も、十分な広さがあるし」



 アイズはソフィアに用意されている部屋を見て感想を洩らす。



「この部屋は専用で用意されたみたいで、ほとんどは一部屋に専用の大きなカプセルの個人スペースが六人分ってかんじになってる」


「そうなの? 歌姫として魔力が高いからかしら」


「ううん……たぶんシオンがクラリス女王陛下に言ってた話と関係してるんだと思う。アイズには言ってなかったんだけど、ディーナさんに言われたことがあるの。

 シオンは特別なソルジャーで、機密になってるって。

 きっとクラリス女王陛下に言っていた話も、シオンの機密に関することなんだと思う」



 ソフィアの話を聞いたアイズの表情は、目を大きくして固まっていた。



「ちょっと待って――軍が口にする機密って、それ軍事機密っていう意味でしょ……。

 それにクラリス女王陛下の様子からして、国家レベルの機密って可能性もあり得る話よ」


「うん。前はわからなかったけど、今ならそういう可能性もあり得る話だと私も思う。

 シュティーナ様や他のSランクソルジャーの方たちとあんなに親しく話せるのも、これに関係してるならって思うし」


「……今この話をしてもしょうがないから、一旦忘れてソフィアは睡眠取りなさい。

 これが終わればわかることのようだし。たとえシオンさんが後衛だったとしても、今回のバトルフィールドは戦闘にならないとも限らない。

 もう少し睡眠を取って、体調を整えておいた方がいいわ」


「うん、そうする。シャワーは起きてからにするから、先にアイズが使って」



 ベッドに横になったソフィアだったが、さっきから胸がドキドキしていてなかなか寝付けなかった。

 それでも二時間ちょっとは眠り、ソフィアは出撃前にシャワーを浴びる。

 頭からシャワーを浴びていると、気づけばさっきのことが思い出されてしまう。



「――――ソフィアさんは僕の第一歌姫です。――――今後僕の歌姫に勝手なことはさせません」

(私のこと、僕の第一歌姫だって言ってくれてた)



 これから人類にとって二度目のSSランクバトルフィールドに挑むという状況ではあったが、シオンが口にした言葉はソフィアの胸を一杯にしていた。



(どうしよう……私、意識しちゃってるかも)



 汗を流し終わり、ソフィアは髪を乾かして衣装に着替える。

 初陣のときは衣装の運び込みが間に合っておらず、二度目の出撃は学園の実戦訓練であったため制服姿であった。

 だが本来歌姫は衣装や好きな服で出る。これは歌姫の魔力強化に気持ちなどの感情が作用しているからである。

 このためディーヴァではソルジャーのバトルスーツの他に、歌姫の衣装や服などを完璧にメンテナンスして保管する機能も搭載されていた。

 少ししてドアがノックされ、シオンかと思いソフィアは胸をドキドキさせながら小走りに駆け寄ってドアを開ける。

 だがそこにいたのはシオンではなかった。



「バトルフィールドの選曲をしてください」


「――――」



 ディーナが言ってきたことに、ソフィアは理解が追いつかず言葉がなかった。



「先日レコーディングされた楽曲に関しても、すでにディーヴァのデータベースに上がっています」


「――――え、ちょっと待って下さい。選曲って……」


「このバトルフィールドのヴァンガードワンにはシオン様が入ります」



 先日急遽メインステージに立つことになったソフィアは、急いで選曲することになった。

 それは実際に演奏する奏者たちにも共有され、奏者たちはそこから譜面を読み込む。

 だが通常はこのように出撃前に選曲はされる。

 それは一人だけマイクを通して歌う、ヴァンガードワンの歌姫だけができることであった。



「本当ならシオン様が表立って動くのは特定の状況下の予定でしたが、今はそうもいきませんから。

 今回のバトルフィールドでは、今までと違って本来の力をシオン様は使われます。

 ソフィアさんが魔力強化する量も必然的に増大するでしょうから、そのつもりで挑んでください」


「あの、シオンは部屋にいるんですか?」


「さっきまでは作戦会議をしていて、今は出撃準備をされているので会うことはできません」


「…………」


「これが終わったら、ちゃんと話しましょう」



 ディーナが戻ってからソフィアが選曲をしていると、TVではクラリス女王の記者会見が開かれようとしていた。

 今ラージュリアでは、シェルターに国民のほとんどが避難している。

 バトルフィールドが終わるまでのことなので、長い人でも二〇時間を超える避難ではない。

 それでも閉鎖された空間にいるため、情報で状況を把握できるだけでも気持ち的には変わってくる。

 それがクラリス女王自らというのであれば、その効果はより大きいだろう。


 クラリス女王が壇上に上がると、メディアのフラッシュが勢いよく焚かれる。

 さっきまで一緒にいた服装とは違い、画面に映っているクラリス女王はヴェルド選抜試験の時の服装をしていた。



「国民のみなさん、この映像はシェルターにも届いていると思います。

 まずは速やかにシェルターへの避難をしていただいたことに感謝いたします。

 今ラージュリアに危機が迫っていることはご存知でしょう。

 一八二体のアスラが迫り、そのなかにはSランクのアスラが一五体います。

 これほどSランクのアスラと戦うのは、現在まで一度もないことです。

 シェルターにいる国民のみなさんは、不安を感じていることと思います。

 ですが大丈夫です。私たちはこれに対抗するため、各国からSランクソルジャーが二一名派遣されています。

 我々ラージュリアのために、各国も力を貸してくれています。

 ですが今回のバトルフィールドのランクは、正式にSSランクとなっています。

 それを踏まえ、ラージュリアで最高ランクのソルジャー、SSランクにも出撃してもらいました。

 ですから、シェルターでは落ち着いて、危機が去るのを待っていてください」



 会見場ではさらにフラッシュが焚かれ、今公表されたSSランクソルジャーについての質問が投げかけられている。

 だがクラリス女王はそれには答えず会見場を去った。



「ソフィア? ヴァンガードワンにシオンさんが入るって――」


「もし――もしそうなら、クラリス女王陛下と話していたのも――」



 ソフィアは出撃の準備を完璧に終えてから、気持ちを落ち着けるように静かに飲み物を口にする。

 ソフィアが着ている衣装は、クラリス女王が会見で着ていた衣装と似たようなデザインであった。

 白と青を基調としていて、軍服のようなデザインだが下はミニスカート。

 足下はブーツを合わせたスタイルで、今後のライブのために作られた衣装だった。



『総員第一戦闘配備コンディションレッド発令。総員、第一戦闘配備コンディションレッド発令。

 出撃するソルジャー、歌姫及び演奏者は各出撃ハッチにて待機せよ』



 第一戦闘配備コンディションレッドが発令され、ソフィアの部屋にはディーナの部下が二人来た。

 いつでも二人はディーナと連絡が取れる直下の部隊であり、ディーナが気にかけているのが見て取れる。

 ソフィアはアイズを部屋に残し、歌姫の出撃ハッチへと向かった。



(今日はメインステージが目の前にある中央のハッチ……)



 歌姫が歌うステージは横長で、横に三列で並べるようにスペースが区切られている。

 一人一人のスペースはそれなりにあり、狭く歌いづらいということがないように設計されていた。

 だがメインステージだけは違う。メインステージはそこからさらに突き出す形で、他の歌姫とも離れている。

 マイクがステージ下部から伸びており、歌姫の声はディーヴァを通してバトルフィールド全体に響く。


 そんなメインステージへと繋がる中央の出撃ハッチには、その日出撃する上のソルジャーランクの歌姫たちが集まる。

 これはヴァンガードワンに不測の事態が起きたとき、すぐに代わりの歌姫がメインステージに上がれるようにするため。

 そのためソフィアが中央の出撃ハッチに行くと、話したことはなくても当たり前のように知っているSランクソルジャーの歌姫たちが集まっていた。


 ハッチで話されている内容は、さっきクラリス女王が公表したSSランクソルジャーのこと。

 ラージュリアのソルジャーだということはわかっているので、ヴァレリオ、ケネット、シュティーナの誰なのかというのが噂されていた。

 ソフィアはマリーとユリアに呼ばれて一緒にその時を待っていたが、二人は誰なのかということを知っているような落ち着きをしていた。


 ディーヴァが着陸をしてハッチが開く。時間的には夕方になろうかというところだが、日が長い時期のためまだまだ明るい。

 ステージを通り過ぎて、その先にあるメインステージにソフィアは足を進める。

 ソフィアのことを知ってはいても、そのソルジャーが誰なのかを知らない歌姫たちはいる。

 ただマリーとユリアがメインステージに行かなかったことで、自動的にSSランクソルジャーはシュティーナなのだと誰もが考えたようだ。

 シュティーナには歌姫がいないため、あっちこっちでシュティーナの名前が口にされている。


(――――どうしてソルジャーがこんなに近いの)


 ソフィアがメインステージから見た景色は、いつもとは違うものだった。

 どう見ても、すべてのソルジャーがディーヴァの目の前に布陣している。

 Sランクソルジャーは先頭にこそ立ってはいるが、それでも他のソルジャーたちと同じ後衛だ。

 だがソフィアが感じていたことは、ソルジャーたちも同じみたいだった。

 なぜこのような布陣になっているのか、わからないという感じでソフィアを見上げてきている。


 そしていつもと違うのはそれだけではない。

 医療チームらしきグループがディーヴァの外に待機しており、そこには魔力研究所の所長であるローランド・マリアスがいた。


「――――――シオン?……」 


 ローランド所長の脇を通り、ゆっくり前に出ていく。

 それはソフィアが知っているシオンの姿ではなかった。

 いつもと違うバトルスーツ姿で、シュティーナなどSランクソルジャーと明らかに同じ特注の物であることがわかる。

 腕や脚などにもMGAマギアらしき装備が施されていた。

 だがソフィアの目が奪われたのはそこではない。

 今まで一度も見たことがなかった変化。シオンの瞳が銀色に輝いていた。

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