第29話 一八人のSランクソルジャー

 ヴェルドの代表ソルジャーが発表された日、学園から正式に全メンバーが公表された。

 年代別代表一二名と、そのサブである八名のソルジャー。

 シオンは代表戦に出場が確定であったが、枠組みとしてはサブに入っていた。



「起きてる?」



 暗い部屋のドアを開けて、遠慮がちにソフィアが声をかけた。

 外ではまだ雨が降っていて、雨音で余計ソフィアの声が小さく聴こえる。

 ソフィアがドアを閉めて近づいてくるのがわかり、シオンは緊張していた。

 ドックン、ドックンと大きく胸が鳴るが、それはドキドキしているというより、震えているという方が心境に近いだろう。

 ソフィアはそのままベッドに入ってきて、後ろからシオンに腕を回した。



「ヴェルド、選ばれちゃったね」


「はい。あれじゃぁ、出るしかないですね」


「なにしろクラリス女王陛下からの推薦だもんね」


「あんなことしてくるとは思いませんでした」


「私もビックリしちゃった……でも、シオンは違うかもしれないけど、私はうれしかったよ。

 もう少しだけシオンの歌姫でいられるから」


「…………」


「ヴェルド………ユリアさんと出る?」


「……確かに規定はソルジャー側だけですけど、それなら仮病を使ってでも逃げます」



 ソフィアが回していた腕を離し、シオンの前に移動してきた。

 シオンのすぐ目の前でソフィアが見つめてきて、雨の音など聴こえないくらいシオンの胸は鳴ってしまっている。



「逃げちゃうの?」


「ソフィアさんと出るので、そうはならないですよ」


「うん。シオンは私のソルジャーだもん――――――」


「――――――」


「私の初めてだよ。シオンは?」


「僕も、初めてです」


「そうなんだ。きっと、忘れられないキスになるね」



 ここ数日の間、静かになることがなかった荒れた気持ちが、嘘のように穏やかになっていくのをシオンは感じていた。


 翌日からヴェルドまでの間、毎年恒例となっている特集が各局で組まれることになる。

 出場するソルジャーに関しては各国の学園で公表され、世界中でソルジャーの紹介や考察が行われていた。

 ラージュリア国内ではシオンとソフィアは元々騒がれていたのもあり、余計に様々な憶測が飛び交う。

 だが先日のDランクバトルフィールドのこともあり、憶測と一緒に少なからずシオンには期待も寄せられていた。


 今年ヴェルドが開催されるのは、人口七七〇〇万人と一番大きなエメリックという国だ。

 国家間の移動には航空路線が使われるが、これは誰でも利用できるものではない。

 アスラからの防衛という観点から、レールを敷く鉄道は国家間に関してはなかった。

 防衛という部分は航空路線も変わらないが、護衛に必ず風属性のBランクソルジャー以上が就くことになっている。


 そして現在各国は、民間での貿易に制限をしていた。これは他国の企業によって国内の企業が衰退することを避けるためだ。

 人類全体でアスラと戦っていかなければならず、各国の防衛力というのは全体の問題として捉えられている。

 それは一国がなくなるだけで人類全体の防衛力、生存圏が縮小するためだ。

 当然技術力なども各国が高い水準でなければならないため、新たな技術などで経済的な競争が国を跨いで起きてしまうと疲弊する企業が出てしまう。

 こういったことから貿易に関しては国が主導で行われていた。

 軍事技術に関しても企業に利益という部分で配慮はされるが、全て国家間で開示されている。

 このような情勢のため、他国に出ることなど通常はほとんどないことであった。



「私、飛行機なんて初めてだったわ。シオンはあるの?」


「僕も初めてです」



 ヴェルドには各国の政府代表が集まる。ラージュリア王国もクラリス女王が帯同している。

 これが飛行機が使われる理由でもあった。

 飛行機を降りてすぐディーヴァが視界に入ってきた。

 滑走路は軍の施設を使う。今は民間で飛行機が使われることはあまりないのと防衛という面からだ。


 ヴェルドには各国の政府代表が集まり、ラージュリア王国もクラリス女王が帯同していた。

 滑走路はどの国も今は軍の施設が使われているため、エメリックのディーヴァが目に入る。



「エメリックのディーヴァも大きいわね」


「どの国もソルジャーの損耗を抑えるのと、経験を積むために人数が多くなりますからね」



 シオンたちは滑走路から用意されたバスに乗り、手配されているホテルへと移動した。

 一つのホテルにヴェルドに参加する国は一つとなっており、民間人の宿泊の制限はないが警備は厳重になる。

 各国の王、女王が宿泊するためで、クラリス女王も最上階のフロアを貸し切りで警備が敷かれていた。


 護衛も何人か連れてくるのが普通で、警備の人員とSランクのソルジャーが一人ついている。

 クラリス女王はシュティーナを護衛に選ぶことが多い。

 シュティーナは歌姫がいなくとも一〇〇%実力が出せるのでうってつけというのもあるが、実際のところは気楽だというのが理由であった。


 エメリックについたのが夕方というのもあり、シオンとソフィアは入浴を済ませてアイズと夕食を取ることにした。

 アイズはシオンたちと一緒に来ることはできないが、ヴェルドの時期は関係者やメディアが前乗りすることが多い。

 アイズも関係者として前乗りしており、シオンたちと同じホテルに宿泊していた。

 ソフィアは食事を取りながら、代表戦のスケージュールなどをアイズと共有していく。



「シオンさん、代表戦のヴァンガードワンなんですか?」


「学園側にそういう指示が出たみたいで」



 シオンは代表戦のヴァンガードワンで次鋒に配置されていた。

 ヴェルドの年代別個人戦は一勝で一ポイント加算されるが、代表戦は二ポイントになる。

 だがヴァンガードワンに指定されているソルジャーは、三ポイントの加算。

 ここで各国の戦略が変わってくるのが代表戦となる。

 どこもこの三ポイントは落とせないので、出る前に勝負が決まってしまう可能性がある三人目にヴァンガードワンは置かない。

 となると先鋒か次鋒になるわけだが、先鋒で確実にポイントを取りに来るところもあれば、わざと二番手のソルジャーにヴァンガードワンを任せて先鋒につけることもあった。


 三人が夕食を済ませシオンの部屋で話していると、緊急記者会見が生中継で流れた。

 映っているのはエメリック国王なのだが、その一歩後ろにクラリス女王など各国の代表者までもが並んでいる。

 そんな顔ぶれで記者会見など普通じゃないため、当然シオンたちは注目してしまう。



『今エメリックには各国一五のヴェルド代表が来ている。まずは彼らに自己紹介させてもらおう。

 私はアドリアン・エメリック。名前でわかると思うが、この国を預かる者だ。

 まだみなには伝わっていないが、現在我が国の感知システムがアスラを捉えている』


(なにかおかしい。速報よりも早い段階で、国王が記者会見をしてまでやることなのか?)


『感知しているアスラのなかには、Sランクのアスラも三体いる』


「「――――!」」


(多いな……)



 ソフィアとアイズが一瞬ビクッとしているのをシオンは気づいていた。

 だがそれは二人だけではなかったはず。Sランクのアスラがいるということは、バトルフィールドのランクがSになることを意味する。

 Sランクバトルフィールドなど、年間で一回あるかどうかという頻度だ。

 それが今回はSランクのアスラが三体。脅威度で言えば、クィーンが現れたバトルフィールドの次に高いバトルフィールドになるのは間違いなかった。



『明日、我々はこれを迎え撃つ。奇しくも今、エメリックには各国のソルジャー、歌姫が集まっている。

 我々は明日、ソルジャーと歌姫は人類の希望であることを世界に見せる。

 決して人類はアスラに負けたりはしない!

 明日のバトルフィールドは各国から集まっているSランクソルジャー、一八人で迎え撃つ!』



 カメラアングルが切り替わり、各国のSランクソルジャーが一列に並んでいる。

 各国代表の護衛に就いているソルジャーたちで、当然そこにはシュティーナもいた。

 いくつものフラッシュが焚かれ、カシャカシャとシャッターを切る音が絶え間なく聴こえる。



「すごい! あんなSランクソルジャーのなかに、シュティーナ様もいる」



 ソフィアはシュティーナがいるのを見て、完全にファン丸出しで興奮している。

 だがこのメンバーを見て、こうならない人の方が少ない。

 今Sランクソルジャーは世界で三九人だけで、その約半数が同じバトルフィールドに出撃するのだから。

 こんな豪華な出撃はヴェルドの開催国だったからできることであり、次があるかどうかもわからないことであった。

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