第50話 その口笛に一縷を賭けて
Mr.が手にする二挺の魔獣が号砲をあげ、その隙間をナーディアさんのブレスが埋めていく。
ダメージこそ与えられている。けれど、そのダメージもロボロシェードがひと鳴きするだけで回復してしまう。
千日手のようなこの状況にナージャンさんが混ざっても、大きくは変わらない。
そもそもこの千日手、わたしたちが圧倒的に不利だ。
物資も、体力も、精神も、霊力も、いずれわたしたちは底を尽きる。
だけどロボロシェードは、今のところその素振りが見えない。
星を守る獣だけあって、この世界に霊力が満ちている限り、無尽蔵なのかもしれない。
どちらにしろ、人間のわたしたちがロボロシェードの限界を上回るのは恐らく不可能。
――やはり、額の瞳を打ち抜く以外に勝利を掴む手段はない。
「よし、やるか」
わたしは静かに呟いて、マリーシルバーを通じ術式を展開する。
とはいえ、正直なところ、もう一度ゾーン・デトネイションを使っても普段よりも持続時間は短いと思う。
だから、その短い時間で確実な成果が必要になる。
その為の――盟友の唄ッ!
ビリーが口ずさむその口笛の音に、ロボロシェードが気がついた。
かの狼の視線がビリーに向いた。
何かを期待するような待ち望んでいるようなロボロシェードの表情を見るに、非常に申し訳ない気持ちになるけれど。
だけど、このチャンスをわたしもビリーも見逃すわけにはいかなくて……。
彼の口笛が止む。
彼の両目に霊力が宿る。
ビリーで終わればそれでよしッ!
終わらなければ、わたしの弾丸で終わらせるッ!
「
技を使うのに変質させた霊力によって紅に光る刃が鞘走った――ッ!
額の目を直接狙うは紅の
同時に、ロボロシェードの周囲に無数の刃が現れて、一斉に襲いかかるッ!
無数の刃に対応するように、ロボロシェードは触手を構えた。
それを見、Mr.がビリーの邪魔をしないようにベヘモスの弾鉄を引く。
号砲とともに放たれた弾丸が、ロボロシェードの後ろ足の近くを大きく抉る。
ロボロシェードはバランスを崩すも、それでも触手を振るう姿勢は崩さない。
技が終わればビリーの目は激痛に襲われる。
そこを触手で叩かれたら、彼はもしかしたら躱せないかもしれない。
そう思った時――わたしもまた、耳に残る口笛のメロディーをなぞるように、口ずさんだ。
口ずさんだまま、わたしはマリーシルバーを真っ直ぐに構える。
左手でグリップの下を支える基本姿勢。
わたしの口笛に気づいた、ロボロシェードの動きが止まる。
――
「
ビリーの放つ無数の刃が、ロボロシェードに届く。
顔を逸らし、額の目に届く攻撃だけ、ロボロシェードは器用に避けた。
ナーディアさんは再び氷の雨を降らせる。
後ろ足狙いの氷の雨。
ナージャンさんが冷気を纏ったムチを振るう。
前足狙いの
不思議と、ロボロシェードはそれを躱さない。
だけど――その双眸は真っ直ぐにわたしを見ていた。
口笛は、不思議とまだ吹いたまま。
集中力が高まり、世界の動きが緩慢になっているはずの中で、自分が奏でる口笛だけは、そのままふつうに聞こえている。
不可解な現象だけど、そのことを気にかけるのに意識は割けない。
余計なことへと気を向けた時点で、この効果は解けてしまうのだから。
ただただ口笛を吹きながら――わたしは、ロボロシェードの額を打ち抜くことだけに特化した存在になる。
なけなしの霊力を弾丸に込める。
同時に、自分のものではない霊力が、口笛に宿っていく感覚を覚える。
気にはなるけど、気にしない。
弾丸と霊力を一緒に放つ。
だけど、手持ちの技じゃダメな気がする。
貫通力はあるけれど、貫通させるだけじゃだめなんだ。
むしろ、額の瞳に打ち込むと同時に炸裂するような方がいい。
完全に破壊する方向の技が欲しい。
そういう風に、霊力を込められないだろうか……。
ぶつかった時に膨らんで、破裂するような霊力の形……。
引き延ばされた時間の中で、その思いつきを形にするように、マリーシルバーを通じて、弾丸へと霊力を込めていく。
ロボロシェードがこちらを見ている。
その双眸からは狂気が薄れ、理性と歓喜が宿っているようにも見えた。
同時に――さぁ撃ってこいという感じもする。
ならば、それに応えようッ!
「
準備はできた。
あとは、外さないように撃つだけだ。
狙いを付けて――
「ブレイク……シュートッ!」
――弾鉄を引く。
マリーシルバーの歌声が響く。
その
そして、その
ロボロシェードの額の目。そこに弾丸は突き刺さる。
だけど、貫通しきることはなく、弾丸はそこに中程で埋まるのを止め、ややしてそこに込められた霊力が炸裂した。
笑う。
星を守る狼は、頭を大きく弾かれながら、確かに笑みを浮かべていた。
――ヒトの子よ。
――言葉は無くとも、
――受け継がれし盟約の音、
――我はしかと聞き届けた。
わたしの耳に届いたそれは、幻聴かそれともロボロシェードの声なのか。
だけど、少なくともわたしはその声に、万感の思いが乗っているように感じた。
視界から色が戻る。
聴覚に音が戻る。
引き延ばされた感覚が元に戻る。
無理をさせすぎた脳が悲鳴を上げるかのように、強烈な痛みを発し始める。
あがった呼吸を整えることもできないまま、わたしは膝を付くけれど――
「よく、やって……くれた……。感謝……する……」
倒れたロボロシェードがそんな言葉を口にしながら、金色の粒子となって消えていく姿はしっかりと見えた。
「決着、ですかな」
「そうみたいですね」
「みんなでぇ、ハイタッチをぉ……って言いたいけどぉ、ビリーとシャリアちゃんはそれどころじゃなさそうねぇ」
うん。
ナージャンさんには悪いけど、さすがにちょっと意識を保てないくらい頭が痛くて痛くてたまらない。
……吐きそう。
あー……これは、倒れる……わ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます