第43話 枯れ木ざわめく森の中
「何かしらぁ……この感じ……」
「いつもの森のようで……何か違う……」
馬に乗って森の中を駆けるのは難しい。
なので、二人が入り口と呼ぶ場所のそばに馬を置き、わたしたちはそこから森の中を進んでいた。
かつては緑あふれる綺麗な森だったのだろうけれど、今は半分くらいが茶色というか褐色だ。
さらにその茶色や褐色の中の半分が、葉や花を失った枯れ木なのがまた、どことなく寂しさを感じさせる。
だけど、二人が感じている違和感というのはそれとはまったく別なのだろう。
「
「霊力が乱れて……まるで森全体が緊張しているみたいねぇ……。あるいはこれってぇ……星そのもののぉ……?」
二人が感じている感覚そのものは理解できない。
だけど――
「ビリー……」
「分かってる。霊力の乱れとか緊張とかはよく分からないけど、空気が張りつめているっていうのは分かる」
どうやらビリーも気づいているみたいだ。
風に揺れる木々のざわめきとは異なる――得も言えぬざわめき。
耳ではなく、全身で感じるかのようなそれが、イヤでも緊張感を生み出している。
「二人とも、この森の
「分かるも何もぉ……」
「自宅の裏庭にある古井戸ですので」
「なるほど。なら、最短距離で道案内を頼むよ」
ビリーの言葉に二人はうなずくと、足早に動き出す。
わたしとビリーも、慣れない森の起伏に足を取られつつ、追いかけていく。
その道中――わたしたちはそれを見た。
「ああぁ……長老樹がぁ……」
「そんな……」
二人が長老樹と呼ぶ大きな木。
何の木だか分からないけれど、名前の通り長い月日を生き延びてきただろう立派な木が、黒く染まった大地から湧き出る触手のようなモノに巻き付かれていた。
「森を出た時はこんなモノなかったのに……」
「黒触ってこんな短期間で広がっちゃうモノなのぉ……?」
そして巻き付かれた場所から徐々に黒く染まっていっている。
長老樹の枝のうち、完全に黒く染まった枝についた葉は、まるでそういう形をした粘液みたいになっていた。
「いや……ゆっくりと広がっていくモノだ。
これはすでにステージ2に近い。だけど、二人が森を出たタイミングを想うと、少しばかり成長が早すぎる」
ヒラリと落ちることはなく、糸を引きながらポトリと地面に落ちると、形を失い黒い粘液になって地面に染みゆく。
当然、その液体は地面の雑草などを犯し、それらを同じような黒い液体状の雑草っぽいモノへと変化させていく。
「気になるコトはあるけど――みんな、ここから離れよう。
黒化した物質は大気に毒を撒くと聞く。黒触近くでの長居は無用だ。
ヘタしたらオレたちもあの粘液状の黒い物質に変わってしまうかもしれないぞ」
きっと二人にとっては想い出の地なんだろう。
ショックを受けて固まる二人だったけど、ビリーの鋭い声に正気を取り戻したみたい。
沈痛な面もちのままうなずいた。
「ここを突っ切る方が早かったんですが……」
「迂回ルートを行くわぁ……さすがに通り抜けられそうにないしねぇ……」
これが黒触。
生き物の在り方そのものを捻じ曲げるような、星の病。
目の前にしたことで分かる。
どんな悪党だろうと見つけたら適切に対処できるだろう人へ何らかの手段で連絡するという話は、あながちフカシではないんだろうってことを実感した。
こんなものを、キャシディ伯爵は放置したって言うの?
「シャリア、行くぞ」
「ええ」
名前を呼ばれ、わたしは
ビリーの横まで軽く駆けると、彼はこちらへ向かって小さく囁く。
「シャリア、あの黒触はたぶんどこかから移植されたモノだ」
「そんなコトができるの……?」
「分からない。だけど、そうでないと説明が付かない気がするんだ」
「なら、キャシディ領内で見つかった黒触ってヤツね」
「だろうな。これをする為に、キャシディ伯爵は放置していたのかもしれない」
「でも、どうしてこの森に……?」
「たぶん、アースレピオスだ」
先行するラタス姉妹の様子を伺いつつ、わたしたちは小声で話し合う。
「え?」
「あれは、黒触の近くで使う為のモノだったはずだからな」
「それなら、そもそも黒触を見つけた地点で使うんじゃ……」
「そう。ただ使うだけ、実験したいだけなら、それでもいいハズだ」
「でも、やらなかったってコトは……この森で、あの黒触に使うコトに意味があるってコトかしら?」
「そうだね。それこそゴルディの言っていた
「カギとやらは良いのかしらね?」
「ゴルディも言ってたけど、本人に聞くしかないだろうね」
そうして、わたしとビリーは同時に嘆息する。
「ビリーさん、シャリアさん、そろそろ着きます」
「ブッチャーさんとやらぁ、絶対に許さないんだからぁ」
何であれ、ラタス姉妹の生家の裏庭にいるだろうキャシディ伯爵に聞くしかないか。
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