第34話 風は追い風、今日の天気は曇りのち雨
悪徳の町ペイルダウンにたどり着いた。
恐らくは魔獣除けだと思うんだけど……金網で作られた背の高い有刺鉄線付きフェンスが、町をぐるりと囲んでいる。
もちろん、何カ所かには門があって、そこからは出入りできるみたい。
その門の一つに、わたしは立っているワケなんだけど……。
そこから町を見て感じたわたしの第一印象は――ふつうだな、だった。
先史文明の遺跡や遺物などがあちこちに残っている以外の町並みや、町の様子なんかはワリとふつうなのである。
まぁ町が有棘鉄線付きの金網フェンスに囲まれている点だけ見ると、ちょっとふつうじゃない気もするけど。
でも、分厚い雲の散る空をバックに、天へと伸びる折れた塔が乱立する様子というのは中々に迫力がある。
……そういえば、いつの間にか分厚い雲が増えてきてるのね。そろそろ降り出すのかな?
なんてことを考えていると――
「そっちの嬢ちゃん。今、ふつうだな? って思っただろ?」
「うえッ!?」
――突然、黒いスーツを着た門兵っぽい人に言われて、思わず変な声をあげてしまった。
人相は悪いものの、どこか人なつっこい感じのその男性は笑いながら話しかけてくる。
わたしの様子を見て思わず声を掛けたといったところか。
「そりゃあまぁ悪党ばっかりの町だってのは認めるけどよ。
だからって悪徳だけで町を維持なんて出来ねぇんだから、最低限の町らしい町は維持してるわけだ」
「なら、もしかしなくとも、ふつうに休憩や補給は……」
「出来るに決まってるだろ? ただまぁそういう町ではあるから、昼だろうが夜だろうが腕に自信があってもあんま一人歩きすんなよ」
入り口に立っている黒服のお兄さんは結構良い人なのかもしれない。
「商店が詐欺をしたりとかしないのかい?」
わたしがお兄さんと話をしているのを聴いていんだろう。
ビリーが横から訊ねる。
それに対してお兄さんは気を悪くした様子もなく、小さくうなずいた。
「そういう店が少なからずあるのも事実だ。だが、表通りの一等地にあるようなところはやらねぇよ。
ほかの町以上に、外との交流と外からの信用を任されてる店だしな」
「それを聞けて安心した。
無い無い尽くしでキャシディを目指すか、一度ここに立ち寄るかで意見が分かれてしまってね」
それを聞いて、こちらを心配するようにお兄さんは告げる。
「物資なしでここからキャシディまでの強行軍はさすがに大変だぞ。
悪いコトは言わねぇ。金があるならここで補給していけ。
表通りの店は仕入れが少ねぇ分やや割高だがふつうの品がふつうに揃う。裏通りにいけば――詐欺も多いのは確かだが――質を問わなきゃ何でも揃うぜ」
どんな町のどんな気質であろうと、ようするに付き合い方次第ってことかな?
「オススメの宿屋とかはあるかな?
男の少ない女所帯だからね。安心して泊まれる場所が知りたいんだけど」
「個人的なオススメで良いなら、この通りを真っ直ぐ進んで三つ目の宿屋だな。
元娼館の女主人がやっている宿だから、女の守り方って奴を心得てる」
情報収集をするにも拠点は必要だしね。
どこまで信用できるかは分からないけど、それでも無いよりはマシだろうと思う。
「色々ありがとう。助かったよ」
「良いってコトよ。とはいえ、住民みんながオレみたいなお人好しじゃねぇからな。気をつけろよ」
「それを言ったらどの町だってそんなもんでしょう?」
「おう。違ぇねぇや」
ビリーと一緒にお礼を告げてその場を離れる。
そして、少し離れた場所で待機していたラタス姉妹と合流だ。
意見が別れたって話はもちろんその場のでまかせだけど、二人が離れた場所で待機していたので、それっぽくは見えていると思う。
教えてもらった宿に部屋を取り、補給と情報収集をするという方針に二人も反対はしなかった。
門をくぐる時、門兵の黒服さんに軽く会釈をすると、向こうは気安く手を振ってきてくれた。
「うちはふつうの宿を目指してるんだ。娼婦は募集してないよ」
オススメされた宿屋に入った第一声がそれだった。
この人がお店の女将さんなんだろう。元娼婦というだけあってすごい美人さんだ。
そんな彼女に、ビリーは頭を下げる。
「ナージャンを見ての感想だったら申し訳ない。俺たちはふつうに宿泊客だ。
門で見張りをしていた人に、女所帯のパーティが安心して泊まれそうな宿を訊ねたらココを教えてもらってね」
「おっとそりゃあ失礼したね。
アンタがその顔でひっかけ騙して連れてきた美人どころを売りに来たのかと思ったよ。どの子も良い値が付きそうだしさ」
「そこは認めるよ。みんな美人で器量よし、しかも腕も立つ。用心棒として優秀さ」
「あっはっは。売り込むのはそっちかい。
でも、一人だけ用心棒より客を取りたそうな子がいるけど?」
わたしとナーディアさんは思わずナージャンさんを見る。
すると彼女は頬に手を当てながら、何やらクネクネしていた。
……まぁそっとしておこうかな。
「ところで、部屋は空いてる?」
「そうだったね。アンタと女三人の合計二部屋でいいかい?」
「問題ない。食事は付く?」
「別料金になるけどね」
「なら、それで。今日の夜と明日の朝とで」
「あいよ。うちは前払いだよ」
そうして、ビリーが女将さんにお金を払った時、バラバラという音が聞こえてきた。
「あらぁ、結構降ってきたわねぇ……」
「雨だなんて珍しいですね」
入り口を開けて外を見るラタス姉妹。
ドアの隙間から覗く風景は、大粒の雨がパラパラしていたと思えば、あっという間に強くなってザーザーと降り注ぎ始めている。
「女将さん。料金にランチも追加してもらっていいかな?」
「あいよ。さすがにこの天気じゃ出歩かないのが正解だよ」
どうやら補給も情報収集も、雨があがるまではお預けになるようだった。
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