第25話 涙で流して想い出に

すみません、お昼に予約してたつもりですがミスってました


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「じゃあ、次の質問よぉ」

「えぇ……まだあるんですか……」

「もっちろぉんッ!」


 何がそんなに楽しいのか、ナージャンさんはニコニコとうなずく。


「シャリアちゃんはぁ、結局何に悩んでるの?

 ビリーのコトが好きならぁ、いっそ今にでも押し倒してくればいいじゃなぁい」

「みんな姉さんみたいに単純じゃないんですよ」


 わたしが答える前に、ナーディアさんがジュースを飲みながらツッコミが入る。

 ナージャンさんはナーディアさんの方へと顔を向け、難しい顔をしながら首を傾げた。


「私たちが思い描くような貴族であれば、そういう人も多いのでしょう。

 でも、ビリーが言っていたじゃないですか。シャリアさんは、古き良き生粋の貴族だって。

 だからこそ、ビリーさんへの想いと、貴族としての矜持の板挟みになって悩んでいるのでしょう?」


 ズバりと言い当てられてしまった。

 結局、隠せている気になっていただけで、二人にはバレバレだったのかもしれない……。


「じゃあ、シャリアちゃんに惚れてるっぽいビリーがシャリアちゃんを押し倒さないのはぁ?」

「シャリアさんの誇りを尊重しているからでしょう?

 手を出そうと思えばいつでも出せたのにそれをしないのは――誇りと信念にまっすぐなシャリアさんが好きだからでは?

 手を出してしまった時点で、それをけがしてしまうコトになるからでしょう?

「大好きだからこそ、最初に自分の手で汚したくなるんじゃないのぉ?」

「何でもかんでも自分基準に考えてはダメですよ、姉さん」


 え? 待って。ビリーがわたしを?

 

「あれぇ? 気づいてなかったぁ?

 実はシャリアちゃんとビリーは両思いなのでしたぁ」


 このタイミングで、そんな情報欲しくなかった。

 余計に感情が拗れちゃいそうじゃない……。


「それでぇ、シャリアちゃんの気持ちはどうなのぉ?」

「わたしの……気持ち……」

「シャリアちゃんは何を迷ってぇ、何に悩んでるのぉ?」


 ……わたしは、ビリーが好きだ。

 何に迷っているのかと聞かれたら、ナーディアさんが言っていた通り、ビリーへの思慕と貴族の責務の狭間にいること。


 ……いや、本当にそうかな?

 答えはたぶん、最初から出てるんだ。

 ただ、それを感情が認めてくれなかっただけなんじゃないだろうか。


「シャリアちゃん?」


 ポロポロと涙が零れ出す。

 ああ、やっぱりそうだ。わたしはそもそも迷ってなんかいなかった。

 ただただ認めてしまうのが嫌だっただけだ。怖かっただけだ。


「わたしは、ビリーが好きよ……。

 だけど、わたしは……わたしはビリーを選べない……」


 選んじゃいけない――なんていう感覚もあったけれど、でもゆっくりと自問すればそれは違うと分かる。

 わたしの中には、最初からビリーを選ぶという選択肢が存在していないんだ。


 それを認められなくて、迷っているような気がしていただけだ。


「この恋慕は成就しない。ビリーに淡い想いを抱いた時点で、自覚はしてたの。悩む必要がないぐらい、最初から答えは出てたの。

 わたしはただ、ひとときの感情を楽しみたかっただけなんだと思う」


 考えようによってはひどい女だ。

 ビリーを弄んだようなものだと言われれば、否定ができない。


「ビリーが認めてくれた信念と誇りに従う限り、わたしはビリーを選べない。分かっているのに、感情のどこかがそれを否定しようとしていただけ」


 ナージャンさんに押さえられているので、涙は拭えない。

 ただただ、ポロポロと流し続けながら、自分の答えを口にする。


「婚約者と比べものにならないくらい良い男だと思うけど、わたしはビリーを選べない。

 だから、明日になったらみんなとお別れ。グランベル行きの列車に乗って領地へ帰るわ。

 ビリーが好きだと言ってくれた誇りと信念に従って」


 口にしたらスッキリした。

 迷っている気になっていたけれど、わたしにとっての答えはこれしかなかったのだから。


「はい。よくできましたぁ」


 ナージャンさんが、優しく笑って撫でてくる。

 昼間と違って、もう耐えられなくて。


 ポロポロどころではなく、滂沱ぼうだとなった涙を拭いもしないで、ナージャンさんに抱きついてしまった。


「いっぱい泣いて、いっぱい甘えてくれていいわよぉ。

 今夜はその為にシャリアちゃんのところへ来たんだものぉ。

 言ったでしょぉ? シャリアちゃんを泣かしに来たってぇ」


 ああ――本当に、二人にはとっくにバレバレだったらしい。

 ビリーへの想いだけでなく、わたしが選ぶだろう道すらも。


「初めてだったのッ、こんなに異性を良いな、好きだなって思ったのッ!

 絶対ダメだって分かってたッ! 最後は泣くって理解してたッ! だけど、止まらなかったッ! こんな短時間でこんなに想いが募るだなんて思ってもみなかったのッ!」

「うんうん。好きって感情は理屈じゃないからねぇ」

「姉さんの場合は惚れっぽいだけでしょう?」

「ナーデちゃん。余計なコトは言わないの」


 わたしがわんわん泣いている横で、二人は姉妹漫才をやっている。

 

 泣いて喚いて、その間ずっとナージャンさんは抱きしめていてくれて……。


「落ち着いてきたシャリアちゃんに最後に一つ聞きたいのだけどぉ」

「はい」

「最後の想い出作りにビリーを押し倒しにいったりはしないの?」

「魅力的なお話だけど、貴族としてその一線は越えられないかな」

「貴族って面倒くさいのねぇ」

「ええ。そうよ。面倒くさいから贅沢が許されるって話は前にしたじゃない。

 そしてその面倒から逃げてるクセに贅沢だけはするダメ貴族がいっぱいいるのはご存じの通り。

 だからわたしみたいな真面目な貴族が真面目に責務を果たさないといけないの」


 わたしの言葉に、姉妹は顔を見合わせると――なるほど、とうなずきあった。


 そして、ナーディアさんから離れて、グラスに残ったジュースを呷る。


「二人ともありがとう。だいぶスッキリしたわ」

「それはなによりです」

「お別れは笑顔が良いからねぇ」


 進むべき道は定まった。

 涙と一緒に流した思慕は、大切な想い出として胸にしまっておこう。


 明日になったら、みんなと笑顔でお別れだ。



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