第12話 令嬢と強盗、荒野を行く


 かつては旧ハニーランドとフェイダメモリアを繋いでいた線路跡。その脇に作られた道を往く。


 視界に映るものは、申し訳程度しかない緑と赤茶けた大地。それから石と岩と錆びてボロボロの線路だけ。


 日が暮れ始めても、わたしたちは少し無理して歩いた。

 少しでもフェイダメモリアから距離を取っておきたいというビリーの意見を採用した形だ。


 とはいえ、所詮は徒歩。稼げた距離としては微々たるものだろう。

 だけど、その僅かな距離が重要な影響を与えるかもしれないというのも理解は出来るんだよね。


 そうは言っても、完全に夜になってからは野営準備が難しくなる。

 ほどほどのタイミングを見極め、闇が完全に深まる前に、野営ポイントを見つけて、火を起こした。


 ようするに今日はここまでだ。


「強行軍みたいなコトにつきあわせて悪かったな」

「理由はちゃんと説明して貰ってるから大丈夫よ」


 謝るビリーにわたしがそう返せば、ラタス姉妹もその通りだとうなずく。


 話がそれだけなら、わたしは夕食の準備だ。

 堅い干し肉を削って小さな鍋に入れ、さらに水と干し野菜を入れて火に掛ける。


 干し肉は堅くて塩辛い。でも水で煮込めば、塩気と肉のうまみがよく出てくれるので調味料はいらない。

 干し野菜はそのまま食べれるけど、これらも煮るとしっかりと味が染み出してくるんだよね。

 なので、干し肉と干し野菜は一緒に煮てあげると、それだけで美味しいスープになる。


 携帯用の黒パンは非常に堅くて、そのまま食べると口の中の水分が奪われちゃう。

 でもスープがあれば、それに浸しながら食べやすくなるし、何より美味しく食べられる。


「手慣れてるな」

「うちの領地じゃあ、貴族だからって偉そうにする余裕はないから」


 感心するビリーにそう返すと、ラタス姉妹は不思議そうな顔をする。


「そうなんですか? 田舎とはいえ貴族であれば多少贅沢をしているものだと」

「辺境領――今じゃ田舎と同じ意味にされちゃってるけどね。実際のところは、ちょっと違うんだ。

 辺境領の領主とその一族は――この国、カナリー王国の防人さきもりさ」


 ナーディアさんの疑問にビリーが答えると、ナージャンさんは意外そうな顔をした。


「そうなのぉ? 貴族ってみんな偉そうにしてるってイメージだったけどぉ」

「偉そうにしたり、贅沢を楽しんでたりするのも、全ては国を守る為さ。

 国に危機が迫った時は、偉そうにしたり贅沢してたりしてた分を、国や国民を守るコトで返すのが、大昔の貴族の在り方だったんだけどね」


 最後にビリーが嘆息するのを見れば、現状の貴族に対する彼の考え方が見えてくる。


「ベル辺境伯とその一族は、今もなおそれを体現してる一族だよ」

「もっとも贅沢する余裕なんて無いし、偉そうにするのも性に合わないんだけどね。

 でも貴族として生まれた以上、果たすべき義務と責務は理解しているつもりよ」


 正直、ビリーはちょっとベル家を買いぶりすぎな気もするけど。


「それにしても、意外ねビリー。

 その手の感覚が残っているのって――貴族の中でも、良識派と呼ばれる人たちくらいだけど?」

「その良識派貴族がパトロンなんだよ。

 そこの奥様やお嬢さんに食事に誘われたりして、そういう話を聞かされる」

「そういうコト」


 だから彼は、列車強盗なんて無茶ができる。

 よほどのヘマをしない限りは、そのパトロンがビリーの罪をもみ消してくれるワケだ。


 そして恐らく、その家は王家との関わりも深い。

 そうでなければ、ビリーに国宝アースレピオスの奪還依頼なんてするはずがないもんね。


 あと、食事に誘われるのは間違いなくビリーの顔がいいからだと思う。

 ビリーは着飾って、貴族っぽく振る舞えば、かなり見栄えるだろうし。


「そろそろいいかな」


 喋ってる間に、スープは良い感じなっていた。

 それをみんなに配ると、それぞれに口に運び始める。


「美味しいわぁ!」

「本当に。保存食も手の加え方しだいなのね」

「シャリアがいてくれると、ご飯は安心だね」


 自分でも一口食べる。

 うん。美味しい。旨くできて本当によかった。


 食べながらも雑談を続ける――というか、わたしが話したいことがある。


「そうそう。昼間には二人の事情を聞かせて貰ったんで、わたしの事情も少し話させてくれないかな?」


 そうして夕餉を楽しみながら、わたしは家出した理由と、家出からビリーと出会うまでの流れを語るのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「――と、いうワケで今ここにいます」

「ハイスピード転落人生」

「走馬燈を置き去りにして失踪する疾走感」

「平穏貴族スタートからの指名手配タイムアタック」

「よーしッ、全員そこになおれぇぃッ!!」


 あーもーッ!!

 こちとら好きで超速ブラックリストインしてないんだってのーッ!!


「それにしてもぉ、シャリアちゃんは戻る気まんまんなのねぇ」

「その婚約者は嫌だったんじゃないんですか?」


 ナージャンさんとナーディアさんの疑問はもっともだ。

 まぁだけど――


「政略結婚も、結局は貴族の義務みたいなモンだしね。

 帰った時に婚約が解消されてないなら、素直に受け入れるわ。

 婚約者の軽薄な性根は、徹底的に調教してやればいいしね」

「……シャリアちゃんからの調教……アリね?」

「なにが?」


 ボソりと呟かれるナージャンさんの言葉にわたしは思わず半眼になる。


「わたし、そういうプレイも全然イケるわぁ! むしろシャリアちゃんにしつけて欲しいわねぇッ!」

「とりあえず姉さんは黙っててください」


 ナージャンさんの言葉にかぶせるように、ナーディアさんがうめく。


「まぁでも真面目な話、あの女王陛下なら大丈夫でしょ。婚約解消になんてならないんじゃないかな?」

「ビリーは直接お会いしたコトが?」

「あるよ」


 ……ふーん。


「じゃあ今回の一件は直接依頼を賜ったワケね」

「シャリアってそういうところ、本当に貴族だね。

 ところどころ抜けてるのに、押さえるべき場所は押さえてて、意外と抜け目がない」


 ピリリ――と、わたしとビリーの間に緊張が走る。

 ちょっと踏み込みすぎたかな?


 その緊張感の中、ビリーは少し挑戦的な笑みを浮かべると――


 こいつ……ッ!!


 腰元の剣に手を伸ばすッ!

 そんな気がしたので、わたしも自分のホルスターへと手を伸ばしているんだからッ!


 そして――

 お互いが得物を抜き放ち、相手にそれらを突きつける。


「うわ。本気で悔しいんだけど」

「今回はわたしの勝ちねビリー」


 言いながら、わたしたちはそれぞれに武器を納める。


「今の不意打ちに反応できるなんてどんだけだよ」

「気配が切り替わった瞬間がわかったからね」

「じゃあ、勝者の特権として不寝番一号の栄誉をあげよう。

 俺、一眠りするから順番きたら起こして」


 そう言うと、ビリーはそそくさと布団代わりの布にくるまった。


「これは……答えを誤魔化されちゃった感じかな?」


 まぁいいか。無理に聞き出す話題じゃないし。

 ふぅ――と息を吐いて、ラタス姉妹の方へと視線を向けると……。


「…………」

「…………」


 二人は互いの手を握りあいながら、プルプルと震えてドン引きしていた。


 おおう。

 お互い殺気も出してたし、ちょっと怖がらせちゃったかな?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る