第11話 足がなければ歩くしかない


「マスター、俺たちにも二人と同じランチを」

「あいよ」


 ビリーと一緒にお店にやってきた美人はナーディアさん。

 ナージャンさんの妹だ。二人は双子だけあって容姿はそっくり。


 どちらも長身で筋肉質でかつスタイルが良い――という岩肌人ロクシニアンの種族特性そのものの姿をした美人さんだ。


 そして妹のナーディアさんは、ナージャンさんとは逆の右頬にわずかな石膚があることと、岩肌人ロクシニアンにしてはやや控えめな胸――カナリー人の基準からすれば充分立派なんだけど――という違いがある。


 ただクールな表情と細いフレームのメガネを掛けているせいか、ビリーの横に立つ姿が出来る美人秘書って感じでカッコいい。


 余談だけど男性の岩肌人ロクシニアンは、筋肉の塊のようなガタイの良いマッチョが多いんだよね。

 岩山に住む種族だからか、ガッチリとした体躯になる必要があるのかもしれない。

 ……あれ? それだと女性の体型はむしろ生活しづらいような……?

 まぁ考えても仕方ないか。


「ナーデ、どうだったぁ?」

「思ったより換金できなかったわ」

「あらぁ……?」


 換金できなかった?


錆び付き協会デザーテッドギルドにお金がなかったんだ」


 ビリーの補足に、思わず納得してしまった。

 この町、人が減ってるらしいからなぁ……。


 町から人が減れば当然、依頼は減る。

 依頼が減れば旅する錆び付いた保安官デザーテッドシェリフの来訪数は減る。

 そうすると解決される依頼は減る。

 報酬の一部を手数料として徴収し、運営資金にしている協会からすれば、死活問題なのかも。


「実際に金があるかないかはともかく、その言い訳が成立してしまうくらいには、過疎化が始まってしまっていたみたい」


 ナーディアさんが嘆息すると、ビリーも困ったように頭を掻く。


「加えて、貸獣屋レンタ・ビストに馬やロバはおろか、陸走鳥モエーアも、乾走かんそうトカゲもいなかった」

「まさかうまやが空になっているとは思わなかったわ」


 貸獣屋レンタ・ビストが貸し出している動物や魔獣というのは、基本的には循環する。


 例えばここフェイダメモリアで魔獣を借り、アルトハニーランドの貸獣屋レンタ・ビストに返すとする。

 そしたら今度、アルトハニーランドの貸獣屋レンタ・ビストが、フェイダメモリアが目的の人に、その魔獣を格安で貸すワケだ。

 利用者は安く済むし、魔獣は元の貸獣屋レンタ・ビストへと返せるという寸法ね。


 そんなシステムを構築してあるにも関わらず、この町の貸獣屋レンタ・ビストの厩が空になっているという。


「それってぇ、誰かが乗って出かけた後、誰も連れて帰って来てないってコトよねぇ?」

「そうなるな」

「地上げ屋たちが、町に関する妙な噂を流しているのかな?」


 私が口にすると、ラタス姉妹が顔を見合わせ、難しい顔でうなずいた。


「ありえるわねぇ……」

「マスターは逃げないんですか?」


 マスターが追加のチキングリルを持ってきたタイミングでナーディアさんが訊ねる。

 それに、マスターは苦笑混じりに答えながら、チキングリルをそれぞれの前に置く。


「逃げるさ。ただ、それはまだ今じゃないってだけだ」


 そう言って厨房へと戻っていく。

 その途中で、ふと足を止めてマスターは振り返る。


「ああ、そうだ。お前ら。

 町のコトは気にすんな。お前らはお前らが成すべきコトだけをしろよ。

 町を気にして、自分たちの目的をフイにするような詰まらないマネだけはすんじゃねーぞ」


 言うだけ言うと、マスターは改めて厨房へと消えていった。

 その瞬間のマスターの後ろ姿、むちゃくちゃカッコよかったです。




 さて、ランチを食べ終わったので準備をしてすぐに出発することになった。


 いやぁ、元々はこの町の宿に一泊してから出発予定だったんだけど、貸獣屋レンタ・ビストで足を借りれなかったからね。


 だいぶ在庫の枯渇している雑貨屋さんで必要なモノを最低限揃えて、食料なんかは酒場のマスターに融通してもらって、そうして私たちはフェイダメモリアを出発した。


「ビリー。こんな急いで出発する必要あったのぉ?」


 ある程度、歩いたところでナージャンさんがそんなことを口にする。

 それに対して、ビリーは少し悩んだ素振りを見せてから答えた。


「シャリアに対する手配が早すぎる。

 フェイダメモリアに目を付けた地上げ屋と、ベル家を目の敵にしている貴族が結託していた場合、宿を襲撃される可能性があった」

「あー……わたしのせいか。なんかゴメン」

「いえ。むしろシャリアさんのおかげで、相手の罠を抜けられたと考えるべきかと」

「元々ぉ、私たち姉妹の首にも賞金掛かってるしねぇ~」


 あ、そうなんだ。

 ちょっと驚きかも。


「それは意外かも。

 列車強盗したから、手配が掛かってるワケじゃなく?」

「ベル辺境領は、岩肌人ロクシニアンに偏見が薄いですから実感がないかもしれませんが……。

 土地によっては、まだまだ岩肌人ロクシニアンってだけで手配書が回るので」

「あたしたちも血を引いてるってだけで、やたら下に見られちゃうしねぇ。

 手配書が出回った理由もぉ、不当な地上げに抗議したら、なんか地上げにきた役人に暴行を加えたみたいな感じにされちゃったのよぉ」

「親の借金のせいだって向こうは言うけど、それ自体がうちの親をハメて作り出した借金ぽいんですよ」

「なんか、私たちの所有地のぉ、枯れ木の森がどうしても欲しいみたいなのよぉ」

「枯れかけとはいえ森には霊力源泉レイポイントもありますから。エネルギー資源目当てって感じでしょうけれど」


 二人は明るく口にしているけど、なんか結構ヘビーな話じゃない?


「だけど、借金を前提に土地を奪うつもりなら――金を用意すれば問題ないはずだろう?」


 彼女たちの説明を補足するビリーに、わたしは納得してうなずいた。


「だから列車強盗なんてしたのね。三人で」


 盗んだお金で支払いするのもどうかと思うけど、それはそれでこの国だとまかり通っちゃうからねぇ……。


 初代女王ジェーンがそもそもアウトローだったから、今なおアウトローの流儀がわりと許されちゃうのがこの国の良いところであり悪いところだ。


 もちろん度を超える行いは、ふつうに騎士や警察が出てくるけどね。


「ビリーはあくまで協力者ってだけなんだけどねぇ」

「別の目的があったようですが、それも達する方法で計画立ててくれたんです」

「二人には悪いけど、都合がよかったんだよ。列車強盗に協力するの」

「利害の一致ってヤツよぉ。問題ないわぁ」

「そうですよ。むしろ助かってるくらいです」


 ビリーの目的って、たぶんアースレピオスよね?

 彼はあの国宝をどうするつもりなんだろう?


「お金も貴金属や宝石も盗みだせましたからね。

 どこかで換金して、キャシディにある銀行に耳を揃えて持って行く。

 約束の時間まではまだ余裕がありますから、私たちの土地はそれで守れます」


 ナーディアさんはそう口にするけど――


「キャシディねぇ……」


 あそこの領主、あんま良い噂聞かないけど……そんな領主が暮らす町の銀行との約束。どこまで信用できるかな?


「あらぁ? シャリアちゃん、何か思うところがあるのぉ?」


 ナージャンさんの問いにわたしはうなずく。


「あそこの領主――キャシディ伯爵って、以前、うちにちょっかいを掛けてきた時にパパに返りうちにされたんですけど……。

 その時から妙に恨まれてるんですよねぇ。パパだけでなく、うちの家族全員……」

「それってただの逆恨みでは?」

「完全無欠言い訳不要の逆恨みですね」


 ナーディアさんの苦笑に、わたしも苦笑を返した。

 いやほんといい迷惑なんだよね……。


「キャシディに関してみんな思うところがありそうだけど。

 とりあえず、キャシディを目指すにしてもまずはアルトハニーランドに行かないとね。

 そこまで行けばさすがに足が手にはいるはずだ」

「足があってもなくても、アルトからニューハニーランドに向かいます」


 ビリーとナーディアさんの言葉に、わたしはうなずく。


「キャシディに行くなら列車に乗る必要があるもんねぇ」

「わたし、手配されてるけど列車乗れるの?」

「問題ないんじゃないか。普段からわりと乗ってるよ。手配犯」

「わりと乗ってるんだ……」


 あっけらかんした口調で出されたビリーの言葉というのは、個人的には驚愕の事実だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る