第9話 家出する正義は我にあり
応接室から飛び出したわたしは、メアリーの制止すら振り切って自室に戻る。
当然、自室の入り口には鍵をかけた。
これで例えメアリーであろうとも、合い鍵を取りに行く必要があるので時間稼ぎはできるのだ。
わたしは急いでドレスを脱ぐとベッドへ投げ捨て、クローゼットを乱暴に開いた。
そこから動き易さを重視した旅装を取り出し、手早く着込む。
その上から必要最低限の装備や備品入れなどを身に付け、小さなショルダーバッグとポーチを手にした。
ポーチには弾薬を。
バッグの中に美容関連の小物やお財布を押し込み、バッグをたすき掛けして準備完了。
机の上から適当なノートを一冊取り出し、白紙のページを開くとわたしはそこに思いの丈を殴り書きした。
『あんな王子と婚約なんかしたくないので家出します』
風でページが閉じたりすると格好が悪いので、見開きページの上にインク壷を乗せる。
「さて」
最後にロングコートを羽織って、部屋の窓を開け放った。
眼下にあるのは裏庭だ。
正門からの死角になる場所である。
そろそろメアリーが到着しそうなので、とっとと脱出することにしよう。
わたしは窓枠に足を掛けると、そこから外へと飛び出した。
「お嬢さまぁぁぁぁぁぁ~~~~……ッ!?!?」
自室から聞こえてくるメアリーの悲鳴をバックに、わたしはそそくさと裏庭から敷地の外へと飛び出した。
そのまま町にある
そしてわたしは
ベルグラン駅の
「一等客室が使える列車で、一番発車の時間が近いチケットある?」
「え? あ、はい。少々お待ちください」
駅員さんはちょっと戸惑いながらも探し始めてくれた。
何ともなしに駅員さんを見ると、胸元の名札にはトニーという名前が書いてある。その横には『研修中』の文字も。
……あー……新人さんにちょっと面倒なこと頼んじゃったかな?
考えてみたら、自分が使いたい列車の席の空きは確認しても、空いてればどれでも良いなんてお客さんは少ないか。
そりゃあ、戸惑うのも無理はないわよね……。
「十分後に出発する、北部行きの列車なら空いておりますよ。
カウベリー駅からは内向線になりますので、外周りをしたいのであればカウベリーで乗り換えてください。
また、そのまま内向線として乗っていく場合でもキャシディ駅にて貨物車両の切り離しがありますので、長時間の停車を致します」
列車に乗れれば何でも良いから、細かいことは聞き流しながらわたしはうなずいた。
「その列車で構わないわ。とりあえずカウベリーまで一等客席のチケットを」
「かしこまりました。一万二千ガバロになりますがよろしいですか?」
「ええ。これでお願い」
駅員さんにお金を渡し、お釣りとチケットを受け取る。
「出発までお時間がありません。お急ぎください」
「ありがとう」
そうして北周りのカウベリー経由王都行きに乗車。
一等客室車両にある指定された個室に入ってようやく一息だ。
すぐに出発するみたいだし、発車さえしてしまえば追いかけてくる家の人たちだって簡単には追いつけない。
ロングコートを脱ぎ、ショルダーバッグともども壁に掛け、ソファに腰を掛ける。
「ちょっと、勢いよく飛び出し過ぎちゃったかな……」
一息ついたことで、ようやく思考も落ち着いてきたらしい。
さすがにちょっと反省する必要があるようなないような……。
「まぁとりあえずカウベリーまではゆっくりしよう。
その後どうするかは、到着してからってコトで」
とりあえず疲れたので、一眠りしようかな。
動き始めた列車の心地よい振動に身を委ねながら、わたしはゆっくりと目を瞑るのだった。
「……お腹空いた」
そして、空腹で目を覚ます。
寝ていたのは一時間くらいだっただろうか。
だいぶ気持ちも凪いできていて、ほんと勢いとはいえ家出はやりすぎたかなぁ……と思い始めている。
まぁそれはそれとして、ランチがほしい。
顔合わせのあとランチの予定だったから、何も食べてないんだよね。
一等食堂車へ行こうかどうか――そう考えた時、ふと脳裏に美味しいサンドイッチの噂が過ぎった。
最近の王国周遊鉄道の二等客室と三等客室の間にある売店車両で売ってるサンドイッチは、一等食堂車のサンドイッチより美味しいらしい、と。
「せっかくだし、試してみる価値はあるわよねー♪」
ショルダーバックからお財布だけ取り出し、腰のポーチに移してから、わたしはウキウキと部屋を出て個室に鍵を掛ける。
「~~♪」
一等客室の後部にある一等食堂車を抜け、関係者室の並ぶ事務車両へ。
さらにそこを通り抜け、第二貨物車両に通りがかった時――貨物室の前にたむろする怪しい連中がいた。
見るからにチンピラ。しかもなにやら地味な箱を、貨物室に運びこんでいる。
「おう。お前ら」
「うっすッ!」
え? え?
「テメェ、
待って。もしかしてとんでもなく最悪のタイミングだったりする?
「いやあの……わたしはその、第二売店車両に行きたくて……」
「あァン? 一等客室使えるような奴が、そんなとこに用があるワケねぇだろッ! 嘘つくならもうちっとマシな嘘を付きなッ!」
うあーん! 嘘つき呼ばわりされたーッ!!
「嘘も何も第二売店車両で売ってるサンドイッチが美味しいって噂だから確かめてみたくて……」
「貴族も富豪も、金持ってる
「それはあなたたちの偏見でしょうッ!? ここにいるわよッ!!」
やばい。まずい。信じてくれない。
それどころか、これ完全に敵性認定されてない??
「それがマジなんだとしても、どうにもならねぇけどな。
悪いが嬢ちゃん、大人しくしててくれや。アンタが見たのは、見ちゃいけねぇ光景ってヤツでな」
仕方ない。
わたしは盛大に嘆息を漏らしてから、両手を上げる。
「乱暴沙汰はゴメンよ。
ケンカを売って来ないなら、大人しくしてあげるわ」
「素直な女は嫌いじゃねぇぜ。
おいッ! 事務車両に空き部屋があったな。あそこを使えッ!」
言いながら、リーダーっぽい男はわたしのホルスターからマリーシルバーを抜いた。
「……ッ! 返しなさい。それだけは許さないわ」
「バカかお前。これから閉じこめる相手に、武器の携帯なんざ許すかよ」
「クソッタレがッ!」
わたしは周囲の男たちをふりほどき、リーダーから銃を奪い返そうとして――
「が……あッ!?」
ボディを思い切り蹴り抜かれた。
「げほっ、げほっ……」
「結構凶暴みてぇだから、気をつけて閉じこめておけよッ!」
「ク……ソッタレ……ッ!」
呪詛のようにうめいたところで、無理矢理押さえつけられた身体は動かない。
あーもー……。
大人しくしてるのもシャクだけど、これ以上は動きようがないので、わたしは、素直に空き部屋へと連行されるのだった。
そうして私はビリーと出会う。
運がいいのか悪いのかと言われたら、間違いなく運は悪いだろう。
だけど、ビリーと知り合えたことだけは、もしかしたら幸運と言って良いのかもしれない。
そろそろフェイダメモリアだ。
頭も冷えたし、そろそろふつうに帰りたい……。
無事に帰れればいいんだけどねぇ……。
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