第8話 ――故に、荒野の令嬢は家出した





 それは、わたしことシャーリィ・アスト・ベルが列車強盗に出会った日の午前中のこと――






「まぁ名誉なのかもしれないけどさー……」


 メイドのメアリーに着替えを手伝ってもらう途中、思わず言葉が漏れた。


「放蕩で軽薄で女好きのスケコマシって話じゃない」


 それは正直、あまり好みと言えない要素の詰め合わせだ。


「ですが大変見目麗しい方だと伺ってますよ?」

「見た目が良くたって、中身が微塵も伴ってないのは問題よ」


 この国の王族は基本的に女系だ。

 跡継ぎが男児しかいない場合、ふさわしい女性を白銀の弾丸が射抜くと言われている。


 ――で、運が良いのか悪いのか。その白銀の弾丸の犠牲者となったのがわたしである。


 そして今日は、その王子がわたしに会いにくるという。

 本来ならこちらから会いに行くべきなんだけど、王子が暇つぶしの旅行をかねてベル領に行きたいと言い出したらしい。


 でも別にわたしは興味がない。王子が婚約者ということにトキメキなんてものを感じないのだ。


 今、王家の跡継ぎにはウィリアム王子しかいない。

 とはいえ同世代の女性貴族はもっといるだろうに、どうしてわたしなのか。


「気がつけばお父様と陛下の間に約束が交わされて、会ったコトもないのに婚約者なのよ?」

「ですが、ベル領のような辺境の地ならいざ知らず――王都など中央に近いほど、貴族の政略結婚は珍しいモノではありません」

「分かってるわ。分かってるし、理解してはいるんだけど、グチらずにはいられないのッ!」


 優しく窘めるようなメアリーに、少し強めに返してしまう。

 そのことに対しても罪悪感を覚えながら、わたしは大きく嘆息した。


「ごめん。

 でも正直、噂通りの王子だとしたら、わたしは色々我慢できそうにない」


 謝りながら告げると、メアリーはわたしを着飾る手を止めて、自身の頬に手を当てる。

 そのまま困ったような思案するような顔で、しばし動きを止め……ややしてうなずいた。


「仰りたいコトは分からなくもありません。

 この地で生活していると、貴族も富豪も、放蕩や贅沢とは無縁ですからね」

「そうなのよ。

 なのに相手は、跡を継ぐ必要がないからと放蕩三昧、贅沢三昧だって言ううじゃない?

 自由にだって責任は伴うものなのに、そういうモノを気にする様子が微塵もない感じがどうにも……」


 放蕩も良い。贅沢も良い。

 だけど、自由に伴う責任と、王族としての責務を蔑ろにするような人と、わたしは一緒に生活出来る気がしないのだ。


「ええ、ええ。分かります。

 お転婆で跳ね馬でじゃじゃ馬なお嬢様であっても、その一線だけは守りますものね」

「あれ? 今、ケンカ売られた?」

「ですが、お嬢様――いいですか。これだけは言わせてください」

「な、なに……?」


 メアリーがわたしの前に回り人差し指をピッと立てながら、真面目な顔をして告げる。


「放蕩王子というお話は全て噂です。

 お嬢様も私も事実を知りませんし、実際の王子殿下をお目に掛かったコトもありません。

 噂に踊らされすぎるのはよろしくありませんよ」

「……そうね。それはその通りだわ」


 わたしとしたことが……。

 ついつい聞こえてくる噂だけで、件の王子を判断しちゃうところだった。


「気は乗らないけど、会って人柄を確かめるくらいはするべきね」

「はい。その意気です」

「出会いの場でのドレスというのは戦装束と聞いたコトがあるわ。

 メアリー、この跳ね馬わたしに相応しい戦装束をお願いねッ!」

「もちろんでございますッ、おまかせくださいッ!」




 そして――


「ああ、君がシャーリィか。

 じゃじゃ馬だと聞いていたけど、可愛いじゃないか。

 砂金色デューンブロンドの髪は地味だけど、ルビーや夕焼けを思わせるその赤い瞳はとても良い。美しく可愛い婚約者なら大歓迎だ。

 しかも強くて聡明だって聞くよ。こんな女性に守って貰えるなんて、王子冥利に尽きる。

 どうせオレはお飾りだけど、王族なりの権限はあるからね。贅沢はさせてあげられると思うよ?

 なにより、こんな田舎だと欲求不満になるだろう? そのじゃじゃ馬っぷり、ベッドの上で見せてくれないかな? オレが君を乗りこなして満足させてあげるからさ」


 ペラペラペラペラと薄っぺらい言葉を吐き続けるウィリアム王子。


 あーもーッ!!

 後半に至ってはただただ下世話なだけじゃねーかッ!!

 単にお前がヤリたいだけだろってーのッ!!


 聞いてるだけで血管が浮き上がってくるような言葉を延々と吐き続ける王子にいつまで我慢しなければならないのだろうか。


 マリーシルバーで眉間打ち抜いたらダメかな。さすがにダメか。こんなのでも王子だ。


 容姿を褒められるのは嫌じゃない。

 砂金色の髪デューン・ブロンドが地味だなぁって思うのは、わたし自身もそう思ってる。

 それに、実際ベル領は田舎だ。そこも否定する要素はない。


 この王子、言っていることは大きく間違えてはいないんだよね。

 ただひたすらに軽薄に感じちゃうだけで。


 まぁベル領に住む人間の地雷を踏まないのであれば、我慢くらいはしてやろう。


 わたしたちベル領の人間は、辺境に居ることを誇りに思っているのだ。

 すでに辺境伯なんて言葉が形骸化し、田舎貴族と同義のように扱われるようになった現代に至っても。

 わたしたちはベル辺境領と呼ばれるこの地に住むことを誇りに思っている。


 ここは凶暴化した魔獣の住処たる彷徨魔の砂漠デューン・ゲヘナに面した土地だ。

 ほかにも北のロクシス山脈の原住民である岩肌人ロクシニアンとの戦争で前線でもあった。そしてその戦いの終盤に彼らとの和睦を導いた領地でもある。


 わたしたちはそんな領地であることを誇りに思っている。

 今なお、国の剣であり盾であると、その信念を胸に生きている。


 田舎と揶揄されるのは気にしないが、その誇りを踏みにじるような行いや発言が地雷となる。


 故に、わたしはこの軽薄なノリを聞き流す。

 わたしたちの地雷に飛び込んでくるようなことがないなら我慢してやるッ!!

 そして、こいつとの結婚が逃れられない運命であるというのであればッ、結婚後ッ、徹底的にッ、調教してッ、根性をッ、叩き直してやるッ!


 せいぜい結婚するまで好きに生きればいいさッッ!!!!!


「こんな辺境の田舎貴族の令嬢のままなんて退屈だろう。

 君のように美しいレディは、都会の洗練された美こそが相応しい」


 ……なんて思っていた時間がわたしにもありました。


「君だけじゃない。この地に住む人たちはさ、こんな危険な地を捨ててもっと内側にくればいいんだよ。デューン・ゲヘナのお隣さんなんて危ないだけだろ?

 国境の番人なんてモノにこだわって、命を危険に晒すだけの無駄な土地に住んでないでさ、もっと安全を求めたらどうだい?」


 気がつくと、わたしはテーブルを蹴り上げていた。


「ベッドの上が好きすぎて寝言しか言えなくなったその口をとっとと閉じなさいッ!

 これ以上、聞くに耐えない薄っぺらな言葉を重ねるなら、岩肌人のロクシニアン勝鬨歌・ロキシィを……聞かせてやるんだからッ!」


 ヘラヘラしてるパパも、どこか無関心そうなママも、オロオロしている王子もどうでもいいッ!


「王子だろうが何だろうがッ、言って良いコトと悪いコトも理解できない人となんてッ、これ以上の会話を続けたくないッ!!」


 そうしてわたしは勢いのまま、応接室を飛び出していくのだった。


 ――やってられるかッ!!


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 次回の更新は明日の朝7時頃を予定しています。



【用語補足】

『白銀の弾丸が射抜く/はくぎんのだんがんがいぬく』

 白羽の矢が立つ――と同じようなニュアンスを持つ、この世界の言い回し。

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