317話 運命の惑星で
連合標準時刻 火の節89日 午前10:42
目的地へと順調に進む機体の中は静まり返っていた。伊佐凪竜一は灰色の光の向こうの景色に釘づけとなり、クシナダはしかめっ面で何かを考え込んだまま動かず。
『再転移完了、ハイドリからの離脱を確認。現在高度は成層圏と対流圏の境目となる高度10万メートル付近です』
外界の景色を見れば、ついさっきまで見えた青く輝く巨大な球体は姿を消し、青い海と遠くに陸地が見える程にまで近づいていた。遠くを見れば地平線が見え、目を凝らせば陸地にポツリポツリと建物らしい何かが見え始める。まだオリンピア大聖堂の姿は確認出来ないが、それももう暫くの間の事。後一度の転移を挟めばその場所へと到着する。
最後で、最大となる戦いの舞台。
決戦の場所へと近づく気配を感じ取った伊佐凪竜一の顔色に緊張が浮かび始める。半年前に起きた地球と旗艦との戦い、旗艦の神アマテラスオオカミの封印、更にその引き金となったタケミカヅチ計画。全ての因果が集束する場所は、同時に悪意も集束する。大雷搭乗と同時にナビから聞こえた謎の声、巨大な悪意を持つ何者かは伊佐凪竜一にこの場所への転移を強制した。
「もしかして、緊張してる?」
背中からの心配そうな声に、伊佐凪竜一が振りむくと、僅かに陰るクシナダの顔が目の前に広がる。呼吸は心なしか早く、僅かに荒れる息遣い。心を読めずとも心境の変化がストレートに伝わる距離。それが、ましてや意中の相手となれば尚のこと。
「大丈夫」
と、彼は伝えるや前面モニターへと視線を戻した。時を同じくして、周囲が灰色に染める。再びハイドリが開き、大雷がその中を通過する。短距離転移用の灰色の門を抜けた先に広がるのは、決戦の地。
『当機は間もなくオリンピア大聖堂に到着します』
「アレが……」
無機質なナビの音声が操縦席に目的地を告げた。大聖堂が建つ首都アテナイは歴史的景観の保全を最優先事項とした施策を取っている為、1000年以上前の建築様式で建てられた家屋がズラリと軒を連ねる。結果、この区域自体が観光地としても栄え、星内外を問わず観光客でにぎわうのが例年の光景となっているが、更に婚姻の儀と重なれば人はさながら波の如く周辺を埋め尽くす。
曇天の下に広がる荘厳で美しい街並み。その中央には巨大な灰褐色の建造物が建つ。オリンピア大聖堂。旗艦アマテラスに建造されたレプリカよりも遥かに大きく、何より美しい石造りの建造物には色彩豊かなステンドグラスを始め、華美な装飾がこれでもかと施されている。
だが何より、大聖堂の正面口に存在する巨大な石造に注目が集まる。2000年前に流星と共に降り立った魔王を討伐した英雄ケラウロスが大聖堂へと繋がる大階段左側に堂々と立ち、右側には運命傅く幸運の姫ヘラー=デウスが祈りを捧げる。
巨大な像は大聖堂と並びこの星の象徴する建造物。その荘厳な佇まいと、それ以上に1000年以上前に建造されたとは思えない程の美しさが、この惑星の住民からの信仰の高さを如実に語る。
「そうね。アレが、最後の舞台よ」
「その後ろの大きな建物は?」
『オリンピア大聖堂の奥に見えるのはオリュンポス宮殿。当代と先代の姫君、そしてその伴侶、守護者を除く一切の立ち入りが禁止される当惑星最大の聖域です』
「だそうよ?」
「聖域?」
「そう、聖域。私達どころかウチの神様ですら立ち入りが許されない場所。
「やっぱり、誰も居ない」
伊佐凪竜一とクシナダが見下ろす風景の先には婚姻の儀の舞台となる大聖堂。普段ならば、さながら波の如く移動する人だかりと、誘導警備を行う守護者達がひしめいている筈だった。が、操縦席前面に広がるモニターの何処を探しても人の姿はない。まるで寂れたゴーストタウンの如く、熱気も喧騒も無い。
『聞こえるだろ?来いよ』
声が、聞こえた。同時、整然と並び立つ歴史的な建造物の直上に灰色の光が灯り、その中から一機の人型兵器が姿を見せた。家屋を無造作に踏み潰しながら主星へと降り立った改式は、そのまま無言でオリンピア大聖堂正面の大広場へと移動した。決戦の場だと、決着をつける場所はココだと暗に語る。
「済まない。先に降りる」
「知り合い?」
「腐れ縁だ。俺を殺そうとして、俺が殺したヤツだ。アイツとも決着をつける」
通信を寄越した男の声に、彼は半年前の因縁の1つに終止符を打つ決意を語った。逃げる事など出来ない、その男との決着は避けては通れない。
「そう……なら何も言わないわ。月並みだけど、頑張って……ナビ、後部座席一名転移準備」
『承認。転移準備完了、何時でもどうぞ』
「それじゃあ行ってくる」
「えぇ。私もオレステスを可能な限り引き付けておくわ」
「あぁ、クシナダも気を付け」
伊佐凪竜一はもう一度振り返り、死地に付き添うクシナダの無事を祈った。が、遮られる。クシナダは後部座席から身を乗り出すと彼の身体を後ろから抱き寄せ……
「死なないで」
耳元にそっと囁いた。彼女らしくない、本音だ。伊佐凪竜一は返答代わりに背中から回された彼女の手を握り締める。思わぬ反応にクシナダは僅かに驚くが、名残惜しそうに寄せていた華奢な身体を離すと、灰色の光に包まれる伊佐凪竜一を見送った。灰色の残光が、透き通る様に白い肌を撫でる。
「よーし。んじゃあ頑張りますか!!」
先程までの儚さから一転、クシナダは前部座席へと移動、機体操縦を手動に戻すとオリンピア大聖堂を周回し始めた。目的は一つ、オレステスの黒雷を足止めする為。山県大地との戦闘中に挟撃されない様、武装の無い大雷で時間を稼ぐ無謀に彼女は身を投げ入れる。
※※※
連合標準時刻 火の節89日 午前10:45
伊佐凪竜一を出迎えたのは青空を半分以上埋める白い雲から射しこむ暖かい陽光、暖かい風、そして無数に植えられた観葉植物。映像では伝わってこないが、風に乗る甘い香りも感じているだろう。地面を踏みしめる度に感じる地球と全く同じ土の感触、足元には大量の緑に紛れて咲き乱れる美しい花々が目に飛び込み、風が吹き抜ける心地よい音が耳。
その最後……石造が破壊、崩落する轟音と衝撃。風光明媚な景色の一角が、悪意に蹂躙される。まるでデモンストレーションといわんばかりに改式はケラウロスの石造を破壊すると、悠然と伊佐凪竜一の前に移動した。
「準備は?」
「問題ない」
改式からの声にジャケットを脱ぎ捨てた伊佐凪竜一は且つて友人だった男が搭乗する巨躯を睨みつける。
「じゃあ、始めようかァ!!」
改式が、待ちわびたこの時を前に歓喜の雄たけびを上げた。搭乗者の名は山県大地。今より半年前まで地球を実行支配していた
そんな結末が、そのまま双方の未来をも決定した。いや、運命を大きく歪めた。片方や英雄、片や犯罪者。
地球全土の通信網を管理維持していた清雅は、その中枢である神"ツクヨミ"を強奪する決断を下した当時の旗艦アマテラスと戦う選択を下した。戦いの理由を知った地球側は当初こそ英断と称賛したが、終戦するや態度を一変させた。一強多弱の世界情勢は清雅への潜在的不満を貯め続けていたようで、弱者へと転落した清雅を悪しざまに罵った。
死からの蘇生という奇跡を成しえた男が蘇生直後に見たのは地球人の醜い有様。男は、ただ清雅という立場から世界を救いたかっただけ。が、結果として世界は救えず、挙句に憎悪を向けられた。そんな一方、英雄と称賛される伊佐凪竜一の姿が嫌でも目に入る。同情するつもりはないが、歪むなというのは無理な要求だろう。
奇妙な位に対照的な2人の人生は半年前の戦い以前から決して、最後まで交わる事はない。銀河を挟んだ反対側に建つ、もう1つのオリンピア大聖堂でも戦いの幕が開く。この戦いが、全ての終わりの始まりだ。
『婚姻の儀まで後20分程となりました。また、今日この日は年に一度だけ二つの衛星と恒星が重なる日でもありますが、生憎の曇天により確認は出来ません。そして、今日この日は連合にとって最も目出度い日であるのに肝心の大聖堂周辺には近づく事も叶いません。旗艦アマテラスを救ったと言う二人の英雄の乱心、そして凶行を鑑みたのではないかといった憶測を始めとした様々な情報が飛び交っておりますが、一体何が原因で大聖堂周辺を封鎖するのか、その理由は未だに分かっておりません。ここから分かる事と言えば、遥か遠くから灰色の光が幾つも灯った事位です。恐らく姫君が到着したのではないかと思われます』
レポーターは数分前にこのように現状を伝えた。誰も彼もが現状の異常さを理解しており、どこもかしこも遠方からこの場所の様子を窺っている。この星だけではなく、儀への参加を表明した星と何が起こるか傍観する星も同じく。ただ、何かが起きるのを待つ。
そんな中、大聖堂前の戦いの火ぶたが落とされた。大聖堂周辺に爆発が起き、そして土煙が吹き上がる。更に無数の衝撃が周囲に伝播し、歴史と伝統を粉微塵に破壊した。生身の伊佐凪竜一と、改式を操る山県大地の激闘は熾烈を極めた。
不意に始まった戦闘に、遠方から眺めるしか出来ない市民は驚き、不安を口にし始める。聖域とまで呼ばれた場所で何かが起こったのだから当然だ。程なく、誰もが同じ結論を頭に描き始めた。堕ちた英雄がココに来た、と。
広がる動揺は、瞬く間に運命の日を踏みにじられた怒りへと転化した。初めはポツリポツリと聞こえた怒号はすぐさま周囲に伝播し、子細を伝えるレポーターの熱の籠った弁舌により一気に爆発する。
大聖堂周辺から、そして連合のあらゆる場所から噴出する怒りは報道を通し怒涛の如く伝播し続けた。大聖堂周辺の様子は連合中に遍く行き渡る。フタゴミカボシも、それ以外の惑星も、旗艦アマテラスも、地球も、連合に関わる全ての場所に戦いの光景が届けられると、戦場に届く怒号はさらに激しさを増す。
「ハハハッ。見ろよ!!聞けよ!!コレがお前の決断の末だ!!笑えるだろ?笑えよッ!!もうお前の傍には誰も居ないッ!!」
その言葉に、向けられる無数の悪意に、大聖堂周辺に突如として出現した無数のディスプレイに、大聖堂正面口で死力を尽くす伊佐凪竜一は戦いの手を止めた。
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