アクアリウムに浮かぶ私
砂藪
彼の趣味
私の夫は、趣味も暇潰しの道具もなにも持っていない人だった。
だからというわけではないけど、私はそれを気に入って、彼にプロポーズをした。だって、趣味も暇潰しの術も知らないなら、全ての時間を私に費やしてくれると思っていたから。
最初の頃はそれでもいいと思ってた。
始まった新婚生活、彼は私のために仕事以外の全ての時間を使ってくれた。暇だからという理由で家にいる間の家事は旦那が全てやった。
「ねぇ、本当になにもすることないの?」
「家事はしてるし、一緒に映画は観てるよ?」
彼がしたいことはないのかと質問をしようにも、少し的外れな答えが返ってくる。確かにそれは私が望んでいる答えだったけど、やっぱり、物足りない。
だって、他のこともしたいけど、やっぱり私を選ぶっていう過程がほしくなってしまったから。
「なにか見つけましょうよ、あなたの趣味。私がいなくなった時になにもすることがないとつまらないでしょう?」
彼が今までどんな風に過ごしてきたかは知らないけど、趣味がないなんて寂しい人生だと思った。
「趣味って自分のしたいことだろう? それなら、君を見てるだけで僕は満たされるよ」
「その言葉は嬉しいけど……なんでもいいから手を出してみたら?」
彼は「君を見てるだけじゃダメなのか……」と少し困ったように頬を人差し指でかきながら笑った。
インドアの趣味もアウトドアの趣味も、彼と一緒に片っ端から試した。でも、彼は「君と一緒にするとなんでも楽しいよ」と私に対しての模範解答をするだけ。それだけじゃつまらないって思った私は意固地になって、彼が私以外にも好きになれるようなものを見つけようとした。
趣味探しから、一年経過して、私はそろそろ飽きてきた頃、彼はテレビの前から動かなくなった。テレビでは「アクアリウム特集」なんてものが流れてて、彼はじっと水槽の中で揺れる水を眺めていた。
「気になるならやってみなよ」
どうせやるなら手は抜けない、と彼はアクアリウムを作り始めた。
アクアリウムって絶対に魚を入れるものだと思っていたけど違っていたみたい。彼が水槽の中にいれるのは水槽の下に敷き詰める小石とちょっとした岩。海藻もいれない。
不思議だなと思っていると彼は水槽の中に入れている岩の形が違うと言って、取り出しては新しいものを持ってきていた。なにがどう気に入らないんだろう。
ある日、彼はにこやかな笑顔で包みを手に帰ってきた。
「やっと、アクアリウムに入れるものが見つかったんだ!」
「ああ、納得がいく形のものを見つけたの?」
彼は子どものように目をキラキラさせながら頷いた。彼が熟考を重ねて選び抜いた岩がどんなものなのか知りたくて、彼がアクアリウムに買ってきたものを入れるのを眺めることにした。
「これこれ! この形が欲しかったんだ!」
彼は包みから作り物の頭蓋骨を取り出すと、小石が敷き詰められているだけのアクアリウムに落とした。
小さめの無骨な髑髏のぽっかりと空いた空洞と目が合う。
「これが……欲しかったの?」
「ああ、君がいなくなった時に僕がすることがなくてつまらなさそうって言ってたでしょ? だから、君がいなくなった後はこれを眺めるつもりなんだ。もちろん、今、中にいれてるのは君の代わりだよ」
私の代わりに、アクアリウムに入っている髑髏が、じっと私のことを見つめていた。
アクアリウムに浮かぶ私 砂藪 @sunayabu
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