カースト順位で能力が振り分けられた異世界に集団転移した生徒たちが、殺伐とした世界で必死に生き抜く中、ひっそりと最強へと成り上がります。【無秩序な終末世界にて】
ルクル
『第一章 追放、殺人未遂からの復讐劇』
第一節『能力覚醒』
001 『大規模異世界転移』
異変が発生したのは、夏期講習の真っ最中だった。
――
巨人が大地を踏みつけたような地響きが、学校全体を襲った。小さな悲鳴があちこちで湧き起こる中、担当教員が「地震だ」と口にして、避難行動を指示していた。ばちっと音がして、教室の電灯がふっと消える。消灯したというよりも、深い闇に覆われたような奇妙な現象だった。二度目の悲鳴が上がって、誰もが好き勝手に声を上げる。
「え、何!?」「何なの!?」「これどっきり?」「に、逃げ――」
落ち着きなさい、と。
何度も担任教諭が声を上書きしようとしているが、一度混乱し始めた教室を鎮めることは難しい。パニック状態に陥り駆けた教室を黙らせたのは、次なる超常現象。
「――きゃぁっ!?」
教室の中央に、雷が落ちたかのような爆音が発生した。いや、正確に言えば、中央というよりも真上。屋上に、落雷? それにしては、いささか衝撃が過ぎる。窓の外は、気が付けば暗闇に包まれていた。地震や雷ではない緊急事態だと、勘の良い数人の生徒が気付き始めていた。
「
根源を揺らす大振動は、明らかに地震とは違う異質なものだった。暴力的な現象に、一部の学生は腰を抜かして呆然としている。視線の先にあるのは、小さな光。広がり、膨らみ、歪み、空間を引き裂いて――。
――生徒たちを、教室を、学校を、その場にあるものを根こそぎ真白の光が飲み込んでしまった。
その現象を、後に彼らは口にする。
『大規模異世界転移』
かくして大勢の生徒と職員、及びその場に居合わせた者たちは、現代世界から校舎ごと消滅した。
◆
大崎イツキが目を覚ますと、何もない真っ白な空間が広がっていた。
「よぉ。さっきのやつで終わりかと思ってたけど、まだ一匹残っていやがったか」
「……え?」
何もない空間の中央で、ツギハギだらけのぬいぐるみが声を上げる。ついでに、ぴょこぴょこと腕を振っていた。
「えーっと、オオサキイツキだな。じゃ、状況を説明するからちゃんと聞いておけよ。面倒だから、一度しか言わねえぞ」
ぬいぐるみは、当たり前のように話を進める。理解が追いつかないイツキは、え、あ、う、と吃ることしか出来ない。
「お前ら、異世界転移したから、はいよろしく」
「???」
異世界転移、という言葉には聞き覚えがある。そういうマンガやラノベ、アニメが世間を賑わしていたはずだ。
「お前ら地球人は、こういうのが好きなんだろ? だから、吾輩が呼び出してやった。思う存分、楽しんでってくれや」
ぬいぐるみのくせに、足を組みながら偉そうに言う。
「……え、と……質問、いいか?」
「ああ」
わけのわからない現象を前にして、イツキは自らの脳を強引に納得させることにした。常識という概念を、ひとまずは心の奥に封じ込める。今、優先すべきことは、目の前の事象と向き合うことである。
「俺たちは……どうして、転移させられたんだ? たまたま、偶然……? やはり、世界を救えとか、そういう話……?」
「世界を救うだって! 素晴らしいなぁ、地球人は! 脳みそがトロけてやがるぜ!」
そう言って、ぬいぐるみは邪悪に笑った。
「残念ながら、人類は滅亡しちまったよ! お前たちが転移する世界は、魔王様が世界を支配する荒れ果てた地獄! 夢も希望もない、無秩序な終末世界だ!」
「は?」
今度こそ、イツキの脳味噌は凍りついた。
「は、はぁっ――!? 人類が滅亡って、どういうことだっ!? だとしたら、どうして異世界転移なんてものが――!」
「細けぇことは気にすんな。お前らはただ、荒廃した世界を生き延びてくれたらいい。ま、結構理不尽な世界だから、そこんところは気を付けてくれよな! あ、太陽が赤く染まったら、注意しろよ。夜の訪れとともに、人類の生き残りをぶち殺しに魔族が攻めてくるからな」
「ま、魔族が、攻め込むって――ど、どこに?」
「学校」
ぬいぐるみは、即答した。
「荒廃した世界の中で、お前たちは校舎ごと転移した。ゲームオーバー後の世界の中で、もう一度、人類を復興させてみろ。学校から始まる、文明再誕の創世記だ。どうだ? すげえ刺激的だろ? こういうのが、脳にキクんだよなぁ!」
「――っ!」
ぬいぐるみが口にした途端、イツキの脳に大量の情報が流れ込む。ありありと思い浮かぶ、転移先の荒れ果てた地平線。人類不在の世界に、学生服の生徒たちが彷徨い歩く。血染めの太陽が、魔族の訪れを知らせていた。最悪の化物が、生徒たちに牙を剥いて襲い掛かる――。
「まずは、これを渡しておこう」
彼方から、風を切って何かが地面に突き刺さる。
「――学生証だ。そこに、お前の順位と天職、及び特性が刻まれている。身分証明書みてぇなもんだ。困ったらそれを見ろ。大抵のことはそこに書いてある」
「順位って、何のことだ? まさか、試験の順位でも――」
「なわけねえだろボケ」
イツキの疑問は、一瞬で蹴っ飛ばされる。
「お前らは生徒で、ここは校舎だ。学校の順位っていやぁ、一つしかねえだろうが」
悪魔めいた笑みで、ぬいぐるみは言った。
「――
「……は」
咄嗟に、イツキは学生証を確認した。
――大崎伊月 30位 天職:仕立て屋
「……これは」
――やっぱり、と。
イツキは思わず、歯を食いしばる。
「わぉ、お前がスクール・カースト最下位かよ! 可哀想な奴だなぁ。天職は……仕立て屋か。もろに下っ端らしい生産職だな」
「し、仕立て屋!? そんなもので、荒れ果てた世界を生き抜けるとでも――」
「仕方ねえだろ、上が勝手に決めたんだからさ。よし、ええと……職業『仕立て屋』は……あれ? んん? おかしいな?」
それからぬいぐるみは、イツキを指差しながら何度も何かを唱えては、首を傾げる。
「……天職が、授けらんねぇ。やっべー、どこで手続きミスった? 誰だよ学生証を発行した奴……時間がねえ! さっさとこいつを送り飛ばさねえと……!!」
「……?」
「……バレなきゃ問題ねえか」
一人で納得したぬいぐるみは、再びイツキに指を向ける
「お、おい、大丈夫なんだろうな? 明らかに、問題が起きてないか?」
「気にすんな。オレとお前がチクらなきゃ、バレやしねえ。組織の失敗っつーのは、得てして揉み消されるものだ!」
「揉み消すって何!? 俺、ちゃんと天職は貰えるんだよな!?」
「うるせえ、黙ってろ。特別な天職を与えてやるから、俺の手続きに不備があったってバラすんじゃねえぞ! 俺とお前は、共犯だからな!」
「ふ、ふざけ――がっ!?」
全身に、電流のような痛みが走った。瞬く間に、意識が焼き切れる。
「……よし、確かに『仕立て屋』の天職を授けられたな」
全てが宵闇に包まれる刹那、イツキを見下ろすぬいぐるみの表情は――どこからどうみても、悪魔にしか見えなかった。
「それじゃ、説明は終了だ。めくるめく異世界転移生活を、楽しんでくれよな! 生きていたら、また会おうぜ!」
学生証に刻まれた、『天職:仕立て屋』の文字。
ハズレ中のハズレであったその不遇職には、極めて小さな文字が付け加えられていた。
――『限界突破』
手違いで行き渡った天職は、生産職というよりはむしろ、ユーティリティに特化した規格外の万能職だった。
◆
どうせ異世界転移するのなら、もっと豊かな世界が良かったと、大崎イツキは恨み言を呟いていた。
「……何だよ、この世界は」
目を覚ましたイツキの周囲に広がるは、焼き尽くされた森の跡地だった。緑豊かな自然など嘲笑うかのように、焼け焦げた木が大地にしがみついている。真っ黒な石や瓦礫は地面に散らばっており、人が住んでいたような形跡が残されていた。もちろん、今はもう生活できるような状態ではないが。
「熱っ……!!」
焼き尽くされた森は、今も尚あちこちから炎が上がっている。ある程度炎に耐性があるのか、炎はおさまることもなければ、逆に燃え広がることもなかった。魔術で生み出された呪いの炎は、常識では存在しないもの。身の危険を感じたイツキは、すぐに炎が弱い方角へと歩き始めていた。
「……あのぬいぐるみは、どこいきやがった」
ろくな説明もされないまま、荒れ果てた異世界へと投げ出されてしまった。
――
あの言葉が真実であれば、文明再誕など気が遠くなるほど無理ゲーである。どうせ異世界に飛ばすのなら、わかりやすいチートが欲しかった。
「……そういや、天職とか言ってたな」
ポケットに入っていた学生証を取り出して、再確認する。
――大崎伊月 30位 天職:仕立て屋(限界突破)
「……限界突破?」
そんな文字あったか? と首を傾げる。よくわからないが、通常の天職とはやや趣の異なるものを、あのぬいぐるみは寄越してくれたらしい。
「……はぁ」
呆れながら、ため息を吐き出す。
「さっぱり理解できないな……」
髪を掻きむしりながら、焼けた森を抜けていく。
「せめて、他の奴らと合流しないと……あの口ぶりだと、クラスの全員が転移されたんだろうし……」
――30位。
クラス内カースト最下位に、一抹の不安を覚えつつも、仲間を探すしかなかった。
「――誰だ!?」
そして。
――異世界の脅威が、初めてイツキの身に襲い掛かる。
「……は?」
焼け爛れた肌に覆われた、人型の化物がイツキの前に姿を表した。食人鬼と呼ばれる、この世界ではポピュラーな怪物は、呪いの炎を身体に纏わせながら奇声を上げた。
――
「う、うわぁっ!?」
一種の興奮状態に陥った食人鬼は、一目散にイツキに襲い掛かる。人型でありながら、人ならざる異形の鬼。剥き出しにした牙が、否応なく殺意を伝えてくれていた。
「異世界初のエンカウントにしては、ちょっと凶悪過ぎだろ――ッ!!」
冷や汗を流しながら、イツキはすぐさま逃亡した。迷いなく背を向けることが出来たのは、本能的な判断。異世界に転移したという状況下でも、イツキは思考を止めることなく考え続けていた。
(狙われている! 獣のように素早い! だが、追いかけ方はあまり上手くない! 森の中ならば、小回りを効かせながら逃げられるはず……!!)
「――
思い浮かべた思考を斬り捨てて、後方の食人鬼に目を向けるイツキ。このまま逃げ続けて、本当に助かるのか? あの化物が、一匹だけだとでも? このまま派手に逃げ回って、敵を引き寄せることになるとは考えられないか?
「条件が、不利過ぎる。せめて、対等な勝負にさせてくれ」
落ち着け、落ち着け、と、状況を俯瞰する。異世界転移、天職、荒廃した世界、目の前の化物、クラス転移、周囲は焼けた森。圧倒的、情報不足。イツキの脳内に巡る、様々なキーワード。
「――――」
腹を括れ、覚悟を決めろ。
目の前の恐ろしい現実に、余計な恐怖を感じる必要はない。この場に不要な疑問を考える必要もない。
(これは、ゲームだ。ゲームだと思え。あくまで、ゲームなのだとしたら――攻略法が、必ずあるはずだ)
「――やってやるさ」
逃げ回ることを止めたイツキは、呪いの炎に抱かれた食人鬼に相対する。
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