第8話大賢者、囚われる

キンコンカンコーン


授業終了のチャイムが鳴った。

さっそく俺は教室を出て逃げ始める。

今日は御門先輩も風紀委員もいないのだ。

学園に申請制度を設けたとはいえ、全学年の女子の半数が俺を狙っている。

男子生徒はみんな俺を目の敵にして助けてくれる奴はいない。

俺は組み付くメアを振りほどくと屋上へ逃げ込んだ。


途中見知らぬ女生徒に胸を貸して貰い、なんとか屋上についた。

屋上は鍵が掛かるからある意味俺の聖域みたいな場所だった。

そこにはいつものオアシスことアリスがいた。


「はい、君の分のお弁当」


「お、ありがとう」


彼女は弁当まで作ってくれる。

おかげで食堂や購買部まで行く危険を犯す必要がない。

俺は弁当箱のふたを開けると、その細部まで凝った内容に舌をならした。


「いただき―」


俺が食い始める前にアリスが俺を呼び止める。


「君に聞きたいんだけど、もう誰にするか決めたの?」


「決めたって何を?」


「お嫁さん候補だよ」


「う~ん、それなんだけど一人に決めたくないんだよね。いっそハーレム状態にしてもいいかなって」


「ふーん」


今迄笑顔だった表情がアリスから消える。


「早く食べないとお昼休みが終わっちゃうよ?」


「そ、そうだな」


俺は急いで弁当をかっ喰らった。

おいしいおいしいおいしい…おい…し、い…

俺の意識は何故か遠のいていった。



―???


「こ、ここは?」


「目が覚めた様ね、ジャック君」


ジャックは俺の本名だ。

この学園で本名で呼ぶのは彼女しかいない。

そう、幼馴染のアリスだ。


「ここはどこだ?何故こんなことを…」


俺は椅子に座らされ手足を括りつけられていた。

いわゆる身動きが取れないと言う奴だ。


「ジャック君が悪いんだよ?ハーレムを築きたいなんて言うから」


「待ってくれ、あれは冗談で…」


「信じられないなぁ。今だって複数の女の子を囲ってるよね」


「それは向こうが勝手に―」


「言い訳はもういいよ」


アリスは魔力で剣を作り出すと俺の喉元につき付けた。


「ここは旧校舎で誰も入ってこないの。御門先輩もメアさんも生徒会長もリーゼさんもいないから助けを期待するだけ無駄だよ?」


「く…やっぱりお前も賢者の力が欲しいのか」


「うううん、そんなもの要らない。私が欲しいのはゼロ君じゃなくてジャック君なんだから」


これはヤンデレって奴ですね、わかりません。

どうしてこうなった?今までそんな素振り見せなかったのに。

どうにかしてここから脱出しなきゃ。


「ジャック君は私だけを見てればいいの」


アリスは俺に抱き着く。

身体が触れ合った今がチャンス!


「転移!」


転移の呪文を唱えた俺は縛り付けられていた椅子の隣に転移した。

どうやら恐怖でテンションがだだ下がりして、思うように魔力が出せなかったらしい。


「おっと忘れてたよ、君に触ったらダメだったんだね」


「くそっ!どうすればいいんだ!」


今の俺の周囲にMPタンクになってくれる人間はいない。

そう思ってた矢先である。


「ふふふ、君は私を選ぶしかないの。さあ、受け入れて♡」


「冗談じゃない!俺はハーレムの王になるんだ!」


「まだそんな事言ってるんだね…じゃあ、お別れだね」


「え」


アリスが呪文を唱えるとまた俺の意識は遠のいていった。



―新校舎・屋上



「ジャック君、起きて、授業が始まっちゃうよ」


「ん…アリス?・・・・・・・・・アリス!?」


俺はアリスに膝枕されていた。

あれは夢だったんだろうか?そうに違いない。

アリスの顔だってにこやかな笑顔のままだ。

俺は立ち上がると教室へ急いだ。

…もしこの時少しだけでも注意深ければ気付けたかもしれない。

手首と足首の僅かな縄の跡に。

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